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白い羅刹と鬼討ちの剣  作者: 玖音
第一章 朧なる者達
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第六話 災厄

 里を出発して三日。


 当初、里に向かう鬼の援軍と鉢合わせになるのではないか、という意見もあったが、セツキが「俺ならば近づいてくる鬼の気配を察知出来る」と言うので、セツキに先頭に立ってもらい、大勢の鬼の気配を感知したら進路を変えて進もうという話になっていた。


 そんなわけで一行の先頭は、先に述べた理由でセツキと、現時点でセツキを覗けば最も戦闘力の高い私の二人が担っていた。


 私も他の里人よりは動けるとはいえ、まだ傷が治ったばかりで本調子ではない。

 森の奥に進むにつれ野生の鬼の数も増えていくので警戒は怠れなかったが、先頭のセツキや私、まがりなりにも鬼討ちの一族の人々が遅れを取る事はなく、これといった弊害もなく鬼を退治しながら順調に進んでいった。


「大分歩いたな。そろそろ森を抜け、街道に出る頃だろう。……っと、セツキは数日前森を通ったから距離感は分かっていたか。森に入る前はどういう道のりで来たんだ?」


「……玖雅国(くがのくに)の都から街道を南に下る事二日、日桜山(ひおうざん)を越え、草原地帯を一日歩き、その後更に山を二つほど越え、雪原を二日かけて歩き、街道を東へ進み、最後にこの森を三日かけて進んできた」


「あ~……やはりそれくらいはかかったか。かなりの辺境だからな、この地域は……よく辿り着いたものだ」


「最初は漠然と里の方角だけ思い出して歩いていただけだったが、進むにつれ、道に関してはかなり鮮明な記憶が蘇ってきたのでな」


 という事はやはり、セツキは鬼討ちの里へ来た事があるのかもしれない。

 だが、少なくとも私が暮らしている間にセツキのような鬼が里を訪れた事はない。

 鬼は人よりも長い寿命を持っているため、ひょっとしたら私が生まれるより前の出来事なのかもしれない。


「しかし、玖雅国か。やはり“朧”は、都を中心に活動しているのだな」


「あぁ……とある将軍と癒着し、色々とえげつない事をやっている」


「しょ、将軍!?」


 予想以上に大きい話に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

 ずっと辺境の里で生きてきた私でも、都の将軍が帝の次……実質、二番目に偉い役職である事くらいは知っている。

 その将軍が鬼の組織と癒着……これは、かなりの大事件なのではないだろうか。


 セツキもその一員として、人に仇なす事をしていたのだという。

 今の彼からはとても信じられないが、事実は事実。だが昨日、話を聞いた限り、彼は記憶が戻ってきた今、過去の自分の行いを後悔しているように思える。


「朧は元々、遙か昔から様々な国でそれぞれの時代の権力者に取り入り、歴史に裏から関わる組織だった。……だが、今までの歴史を振り返ってみても、ここまで大胆に戦や(まつりごと)に関わろうとしているのは、今の頭領の代になってからのようだな」


「……ふむ」


 確かに、歴史の裏で暗躍する組織のはずが、最近鬼討ちの里のような辺境にまで届くほど噂が広まっているのは違和感がある気がする。

 元々鬼討ちの里には、伝承として歴史の裏で暗躍する鬼の組織がある事は伝わっていた。他でもない、鬼討ちの一族がそれらと対峙する機会もあったからだ。

 だが、伝承に“朧”などという名前は出てこない。おそらく時代によって、組織の名称が変わっているのだろう。

 しかし最近は伝承ではなく、噂で聞くほどに組織の存在が有名になりつつある。何か良くない事を企てているのではないか……そんな気がしてならなかった。


「……そういえば、頭領はどんな鬼なんだ? 屈強な鬼の集団を統率するのだから、さぞかし凶悪な大鬼なのだろうな」


 私のあまり豊かでない想像力で精一杯浮かぶのは、身の丈10メートルはある全身が筋肉の岩のような大鬼だった。


「……女だ。朧の頭領は」


「なるほど、やはりそうか。自己中心的な鬼の集団を従えるのにはやはり腕力が……って女っ!?」


 私は目を丸くした。


 いや、確かに女性で素晴らしい戦士はたくさんいる。他でもない自分だって女剣士だ。

 だが、荒々しい鬼共の頭領となるとやはりイメージが違う。女だてらに頭領を努めるのだから、よほどの腕力が必要とされるだろう。

 私は再びその豊かでない想像力で、今度は山姥(やまんば)のような形相の牙を生やした女の大鬼が出刃包丁を振りかざす様子を思い浮かべて青ざめた。


「……多分、お前が思ってるような感じじゃない。もちろん、頭領は時代によって違う。だが女の頭領は、組織の長い歴史の中でも珍しい例のはずだ……特に妖力が桁違いでな」


「……なるほど」


「女の頭領が……将軍に取り入って……なんかいやらしいな、グヘヘ」


 今の下卑た台詞は、私のすぐ後ろを歩いているとある里人のものだ。

 私とセツキはそれを聞いて、しばし無表情で歩き続けた。


 ******


 日が落ちて辺りはすっかり暗くなった。もうすぐ森を抜けられるが、今夜はここで野宿する事になった。

 おそらくこれが、里の皆と一緒に居られる最後の夜だろう。森を抜ければ街道に出る。そこからの行く道は分かれ、それぞれの目的地へと向かっていくのだ。

 とはいえ一番多いのは、都へ向かう里人だ。そのほとんどの息子や娘や兄弟が、都で警護職についている。

 里が滅んだ事を伝える必要があるし、他にアテもないのでこれは仕方ないだろう。


 私は、違う道を行く里の者それぞれと今までの思い出や、これからの話、そして感謝を述べたりしながら最後の夜を過ごした。

 そうして夜は更け、皆が段々と眠りにつき始めた頃、私は岩に背を預けて座っていたセツキに話しかけた。


「セツキは、頭領に会いに行くんだよな」


「……あぁ。俺は自分の過去が知りたい。もしも今までの価値観が、頭領に植え付けられた偽りの価値観だったなら……俺は頭領を許さん」


 淡々とした口調だが、静かな怒りを感じる。

 自分の人生を弄ばれたかもしれないとなれば、それは怒りも湧くだろう。

 だが何故か、それは頭領に対するものだけでなく、セツキ自身にも向けられた怒りでもあるかのように感じられた。


「……俺の事よりお前は、これからどうするんだ」


「私か? 私は……そうだな。ひとまず、都まで皆を送って行こうと考えている。

 私は他に身寄りがないので、そこからどうするかはまだ決めていないが……

 だが、他の若者のように、都で警護職に就くという選択肢もあるだろう」


「そうか……お前ならば上手くやっていけるだろう。頑張れよ」


 励まされた。


 ……なんだろう。何か胸の辺りがモヤモヤする。

 何だか少し寂しいようなそんな気もする。

 一体どうしたのか、私は。


「ありがとう。明日からも長い、そろそろ寝よう。おやすみ、セツキ」


「あぁ……おやすみ」


 よく分からない感情を処理しきれないまま、私は横になった。


 ******


 一行は森を抜け、街道に到着した。

 当初の予定通り、全体の三分の一ほどの村人は、都以外の目的地へ向かうためここで別れる事となる。


「達者でな、みんな」


「あぁ、お前達もな。またいつか会おう」


 挨拶を済ませ別れると、私達は都の方角へ向かって広がる雪原へと向かう事にした。遠回りすれば雪原を通らなくても済むが、三倍は時間がかかってしまう。雪原を突っ切るのが、都へ向かう上で一番の近道だった。 

 元々、雪原を通る予定だったため、里を出る前に最低限の防寒具は各自持参してきていた。


「よし、行くか」


 この雪原は基本的に一年を通して雪が積もっている事が多く、冬場はかなりの積雪量となる。

 今は雪は降っていないが、数日前に吹雪いたのか、見たところ大分積もっているようだった。

 雪に足を取られ、行軍の速度が低下する。だが、それでも都へ向かうならこちらを通る方が早い。


「セツキは冷気を操る力を持ってるんだよな。寒さは感じるのか?」


「……普通に寒さは感じる。が、妖力を身体に纏えば寒さを緩和は出来る」


「ふぅむ……便利だな」


 私も気を操る事は出来るが、全身に纏わせるといった技術は半端なく集中力を必要とするため、苦手としている。

 気の達人となると、全身を鋼のように強化して指先一つで刀を受け止める、といった芸当も出来ると聞いた事がある。剛体法、と言うらしい。


「おわっと!」


 雪に足を取られ、転びそうになる。

 とっさにセツキが私の腕を掴み、危ういところで転倒を免れた。


「大丈夫か?」


「……む。すまん」


 少し顔が火照っている気がする。

 風邪でも引いたのだろうか?


 そうして進む事、約半日。

 雪がちらついて来たかと思うと、冷たい風と共に降る量が増し、徐々に吹雪いてきた。


「……まずいな、これは」


 防寒しているとはいえ、急ごしらえに過ぎない。

 吹雪いてくる可能性も予想はしていたが、季節的には春の入り口だった事もあり、ここまで激しくなるとは想定していなかった。


「皆、ちゃんとついて来ているだろうか」


 視界が悪く、隊列の後ろの方は白に覆われ見えない。

 おそらくは大丈夫だと思うが、不安が募った。


「……ひとまず進むしかない」


 セツキが歩みを進めながらそう告げる。


 確認しに列の後ろへいちいち戻っていたらキリがないし、確かに現状それしかない事は明らかだった。


 吹雪の中を進むうち、方向感覚も失われつつあった、その時。


「……!」


「どうした、セツキ?」


 セツキの表情が変わった。

 怪訝に思い、辺りを見回す。……すると、何か空気が重くなったような感覚を覚えた。

 なんだ……この感覚は?ざわざわと本能が告げている。何かおぞましいものが近くにいると。


「……上だっ!」


 セツキが叫んだ直後、二つの黒い影が隊列の前方と中程目掛けて落下してきた。


「あれはっ!?」


 雪原を揺らす轟音。

 崖の上から落ちてきたらしい“それ”は、絶望の姿をしていた。


『HARURURURURURU……』


 黒い巨体に巨大な顎と牙。

 その口から、酸の唾液が滴り落ちている。


「死龍だっ! ユヅキは後ろの奴を頼む!」


 言うと同時、セツキが前方の死龍へと駆けだした。


「死龍……!」


 伝承でその名を聞く事はあっても、 実際に見るのはこれが初めてだ。

 死した龍に数多の呪いや怨念が宿り、化け物として生まれ変わった存在。

 そうそう人の世に現れる事は珍しいという……その稀な存在が、一度に二匹も。

 しかもよりによって、自分達が雪原を通っているタイミングで。

 なんという不運か、と嘆いたのは一瞬。前方の死龍はセツキに任せ、私は後方の死龍目掛けて走り出した。


「う、うわあぁぁ~っ! 助けt」


 一人の里人が叫びながら、死龍の巨大な顎に噛み砕かれて飲み込まれた。

 他の里人が散り散りに逃げ出す。

 果敢に戦おうとする者もいたが、相手にならず食われてしまった。


「くっ、やめろぉ!」


 雪に足を取られ、助けに入るのが間に合わなかった。他の里人を守ろうと、私は更に里人を襲おうとしていた死龍の大きく開かれた顎を刀で受け止めた。


『GuruaAAAAAAAAAA!!』


「ぐっ、このっ!」


 刀身に炎を宿す。死龍の顎の一部が溶け落ち、その違和感から離れる死龍。

 すると死龍が突然背を向けた……と思いきや、そのままの勢いで長い尾を叩きつけてきた。


「……っ! なんという重い衝撃……!」


 かろうじて刀で受け止めたが、私の五倍はあろうかという巨体から繰り出された一撃に、みしみしと身体が悲鳴を上げる。

 再びこちらを向いた死龍が、私目掛けて突進してくる。

 私も死龍目掛けて走り出すと、衝突の寸前に跳躍し、死龍の頭上に乗った。


「仲間の敵! くたばれぇ!!」


 頭上から思い切り刀を突き入れる。


『AAAaaa……aruaaaAAAA!!』


 死龍が咆哮を上げながら暴れ回る。

 脳天を貫いたというのに、まだ死なないのか。

 いや、死龍というくらいだからもう死んでいるのだろうか。

 必死で刀にしがみついて落ちないように耐えていると、死龍が崖の岩壁目掛けて走り出した。私を叩きつけるつもりらしい。


「うっ……!」


 跳び降りようと思ったが間に合わない。

 次の瞬間、壁に叩きつけられるはずだった。

 だが、死龍の動きが突然止まり、そのまま私の乗っていた死龍の頭が胴体から離れて落ちた。


 前方を見ると、セツキが刃を振るった後だった。どうやら死龍の首を切断したようだ。

 そのまま、その死龍はもはや動く事はなかった。


「セツキ!」


 死龍の頭から刀を引き抜いて跳び降り、セツキの方へ駆け寄る。


「前方にいた死龍は……?」


「倒した。……間に合わなくてすまなかったな……」


 散り散りになっていた里人が、恐る恐る戻ってくる。

 中には親しい者が食われた瞬間を見て、むせび泣く者もいた。


 また、救えなかった……


「……近くにいたのは私だ。助けられなかったのは、私のせいだ……」


 俯き拳を握り締める私の頭に、セツキがそっと手を乗せる。


「……行こう。確かもうしばらく進んだ先に、洞窟がある。そこで死んだ者を弔ってやろう」


 私はコクリと頷くと歩き出し、里人達へその旨声をかけていった。


 ******


 しばらく進むと、セツキの言った通り洞窟の入り口が見えた。

 一行は洞窟に入った途端、疲労と安堵から崩れるように地面にへたり込んだ。


 死んだ者の身体の一部を回収していた私が、手頃な岩を簡易的な火葬台として遺体をそこに乗せ、火を起こす。皆で火葬台を囲み、弔った。

 炎の揺らめきを見つめるていると、抑えきれない涙が零れ落ちてくる。


 その後、地面に彫った穴に遺骨を納めると、皆で洞窟内に落ちている木を集め、火を着けて焚き火を始めた。


 パチパチと燃える火を皆で囲う内、疲労と暖かさから数人が眠りに落ちていく。


「見張りなら俺がやるから、お前も寝ろ。疲れているだろう」


 セツキがそう声をかけてくる。


「……セツキの方こそ疲れているだろう?」


「俺は鬼だからな……人よりも体力はある。この程度ならば問題ない」


「……ありがとう。では、お言葉に甘えて少しだけ……起きたら見張りを代わるよ」


「あぁ……分かった」


 セツキが頷くと、私は微笑んで地面に横になり、衣に身を包むと目を閉じた。







 疲れていたせいかすぐに寝息を立て始めたユヅキの姿を見つめながら、俺はひとりごちる。


「何故、あれほど多くの死龍が……俺が来た時の一体だけではなかったのか……? 本来、一体発生するだけでも稀な存在だというのに。何かがおかしい……」


 違和感を拭えないまま、俺は洞窟の外へと注意を向けた。

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