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白い羅刹と鬼討ちの剣  作者: 玖音
第一章 朧なる者達
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第五話 困惑

 鼓動が一気に早くなる。

 白髪の鬼……セツキが、冷たい眼差しでこちらを見ている。

 このままでは、せっかく生きていた命までもこの男に奪われてしまう……!


「待て、ユヅキ! こいつはお前の命を助けたんだ!」


 里人の一人が声を上げる。


「……へ?」


 助けた……私を?

 鬼である、この男が?


 一体何を言っているんだ。

 こいつは鬼だぞ?


 訳が分からない。

 鬼が人を助けるなんて話、聞いた事もない。

 鬼にとって人間は、ただの食料で。

 相容れない存在のはず……

 何故、助ける? 頭が混乱する。


「里が襲われて、俺達もただ黙ってやられてたわけじゃねぇ。皆で反撃しながら、安全な場所へ避難しようとしてたんだ。そしたら、炎に包まれてるはずの里なのに、妙に寒くなってきてよ……寒気の強い方へ行ってみたら、お前を見つけたんだ」


「最初は、この白髪の鬼がお前を襲ってるんだと思ってさ。ユヅキを助けねぇと、って襲いかかったんだ。そしたら足が凍りついて、動けなくなってな……食われちまうと思った時に、こいつが言ったんだ。「この女を助けたければ大人しくしてろ」、ってな」


(……!?)


「よくよく見たら、たくさんの鬼が凍りついててよ。信じ難いが、どうやらこいつが鬼を凍らせてくれたらしい」


 馬鹿な。


 だが、里人達が嘘をつく理由はない。

 語る口調は戸惑いを含んでいるが、どうやら本当にあった事らしい。


 しかし、まだ信じられない。


「貴様、どういう……いや、まずどうやって私を助けた? 私は心臓を貫かれていたんだぞ?」


 不審感を露わにしたまま疑問を口にする。

 そう、そもそも私はすでに致命傷だったはずだ。

 鬼じゃあるまいし、心臓を貫かれて生きていられるわけがない。


 少し間を置いて、白髪の鬼……セツキが、静かにその口を開いた。


「……まず、お前の出血を止めるために心臓の穴を凍らせ、徐々に全身を凍らせて仮死状態にした。その後、俺の肉の一部をお前の心臓の穴にあてがって、少しずつ氷を溶かしながら妖力で俺の肉片とお前の心臓を一体化させて穴を塞いでいった……血はすでに少し流れていたから、まだ身体はダルいだろうがな……」


 淡々と語るセツキ。


「なっ……」


 自分の肉片を、私の心臓に?

 それはつまり……自分の肉体を削り取ってまで、私の治療をしたという事か。


 一体どういうつもりで……?

 理由が分からない。

 そもそも……


「……森で私に出会った時、私を食べる、と言っていなかったか?」


「あの時は、ラシャが近づいてきているのを感じていた……そんな時、いきなりお前が現れた。あぁ言えば、人間の女なら間違いなく逃げると踏んでいたんだが……お前は予想に反して向かってきた。まったく、とんでもない女だ……」


 ……嗚呼、なんだ。

 要するにアレか。

 こいつは、私を危険から遠ざけようとして、あえて私を脅かしたという事なのか?


 つまりは、私の勘違いだった、と……


 それにしても遠回しなやり方だ。不器用にも程がある。


 よくよく思い返してみると、ラシャと戦っていた時のセツキは、ラシャの攻撃が私に向きにくいような立ち位置をキープしていたような気がする……もしやそれもあって、余計に本来の動きが出来ていなかったのではないか。あの時は必死だったため、そんな事に気がつく余裕はなかったが。


 鬼のくせに……なんで。

 訳が分からない。


「ユヅキを治療した後によ、こいつ俺達の凍った足を元に戻してから、里を回って残った鬼を退治し始めたんだ。同じ鬼なのに何でか分からなかったけどよ……でもよ、それで生き残れた連中が大勢いるんだ」


「……そうか」


 話を聞く内、どうやら私を刺した鉤爪の鬼は、セツキが倒してくれたらしい事が予想出来た。


 だが結局、理由が分からない事に変わりはない。

 頭は混乱したままだ。


 何故、こいつはこの森へ来たのか。

 何故、鬼が鬼を殺すのか。

 何故、人間を助けたのか……聞きたい事は山ほどある。


 だが、理由はどうあれ、確かな事実らしい事が一つだけある。


 こいつは生き残った村人の、そして私の、命の恩人……という事だ。


 さっき決めたばかりなのに。全ての鬼を狩る、と……

 この憎しみが消える事はない。


 だが、それでも……借りの出来てしまった、こいつにだけは。

 その誓いが、果たせないではないか。


 私は目を閉じ深呼吸すると、躊躇いながらもセツキの目を見て、次の言葉を口にせざるを得なかった。


「……すまなかった、セツキ。礼を言う……皆を、私を助けてくれて、ありがとう」


 少し驚いたような顔をするセツキ。するとすぐに、バツが悪そうに目を逸らした。


「……俺も森でラシャに殺されそうになったところを、お前に救われた……その借りを返したに過ぎん。そもそも俺が里の近くまで来なければ、里が襲われる事はなかったかもしれん……恨まれこそすれ、礼を言われるような事じゃない」


 心なしか俯いているようだ。

 だが、その言葉には素直に頷けなかった。


「いや……遅かれ早かれ、いつかはこんな日が来ていたのではないかと思う。里は次々に人が出て行って弱体化し、辺境の里だからと襲われる危機感もなかった……鬼討ちの里などという、鬼にとっては鬱陶しい存在、嗅ぎ付けられたらすぐにでも襲われて不思議じゃなかったんだ」


 私の言葉に、他の里人が無言で俯く。どうやら私ほどではなかったにしろ、薄々似たような事は感じていたらしい。


「そんな時にお前がいなければ、里はそれこそ全滅していたかもしれない。だからやはり、礼を言わせてくれ。守ってくれてありがとう。……穢れた鬼などと言って、すまなかった」


 森での自分の発言を思い出しながら、それを恥じる。

 あの状況では仕方なかったかもしれないが、誤解は誤解だ。素直に非礼を詫びれなければ、剣士の名が……それ以前に、人としての名が泣く。


 他の里人もまだ戸惑いを隠しきれないまま、口々にありがとう、と感謝の意を述べ、セツキに頭を下げた。


 セツキは少し居心地悪そうに身じろぎしながら、天井に視線を移す。


「……腹が減ったな……何か食べるものはないだろうか」


 それがこの男……セツキなりの照れ隠しなのだと感じ取り、私は不覚にも少し、笑ってしまった。




 ******




 皆、疲れきっていたため、ひとまず腹ごしらえを済ませてから休む事になった。

 幸い、村を襲ってきた鬼はセツキの助力もあり、すでに全滅しているそうだ。

 部下が戻ってこない事を知れば、あの紅い鬼……ラシャが援軍を送ってくる可能性もあるが、一日や二日で到着するような距離ではないだろう。少しくらいの猶予はあるはずだった。


 休んでいる間、皆で今後の方針を話し合った。まず、この里に居ては危険だ。

 里は捨て、ある者は都に登った息子や娘を頼りに都へ向かう事になり、ある者は今回の事を教訓にし修行の旅に出ると言い出した。

 つまり、鬼討ちの一族はひとまず散り散りになるという事だ。

 生まれた時から暮らしてきた里が無くなってしまう事は寂しく、耐えがたい感情がこみ上げてくるが、私ももういっぱしの鬼討ちだ。

 感情を優先すべき状況でない事は、百も承知だった。


 命があるだけありがたい。

 死んでしまった者達には申し訳ないが、最低限の弔いを終えたら、それぞれ旅立つ事に決まった。


 セツキにも聞きたい事はあったが、疲れていたためそんな気力もなく、里人達との話合いが終わると、私は自然と眠りに落ちた。




 ******




 リー……リー……と。

 鈴虫の音が聴こえる。


 少し肌寒い。

 どうやら今は夜のようだ。


 食べて休んだおかげか、身体のだるさは大分マシになっている。これなら立って歩くくらいは出来るだろう。


 私はゆっくりと起き上がると、辺りを見回した。里人達も眠っている。

 だが、そこに白い頭……セツキの姿はなかった。どこへ行ったのだろうか。


 立ち上がり、玄関へ向かうと外へと続く戸を開けた。


 星空が空一面を覆っている。

 見渡すと、あちこちが凍りついてキラキラと月の光を反射している。

 これは、セツキが鬼を退治した痕跡だろう。


 当のセツキはというと……民家の入り口の横に座り込み、夜空を見上げていた。

 その横顔がどこか寂しげに見えて、私は胸が少し痛くなるのを感じた。


「……そんなところに居ては、風邪を引くぞ。いや、鬼が風邪を引くかは知らんが……中で休まないのか?」


 セツキの隣に腰を降ろす。


 セツキはチラリと私を一瞥すると、すぐにまた夜空へと視線を戻した。


「…………」


 無言。


(……き、気まずい……)


 何でもいいから返事をしてほしかった。

 だが、おそらく元々口が達者な方ではないのだろう。


 どうしようかと戸惑ってセツキの顔を横目で見ると、何か違和感を感じた。さっきまでセツキの顔にあったはずのものが……二本の角が、ない。


「お前、角を隠したのか? 里の伝承で聞いた事があるよ。世の中には人の世に紛れるため、妖力で角を隠す鬼もいると」


「……里を襲ったのは鬼だ。命を助けられた相手とはいえ、同じ鬼族の特徴が残っていては嫌な気分になる者もいるだろう。せめて、角くらいは隠した方が良いかと思ってな……」


「ふむ……なるほどな。その……優しいんだな、セツキは」


「……そんなんじゃない」


「…………」


 再び沈黙。


 マズい、話が続かない。

 他に何か話題はないかと考えていると、ふと疑問を思い出した。


「あ~……その、セツキは何故、この森へ来たんだ? ……あっ! 別に責めてるわけじゃないぞ。さっきも言ったが今回の事は、お前が来なくてもいつかは起こっていた事だと思ってるからな……」


 しどろもどろになりながら、必死に言葉を紡ぐ。

 忘れていたが、私も生来、決して口が上手い方ではなかった。

 これではセツキを落ち込ませてしまうだけではないのか。


 軽く自己嫌悪に陥りかけていた時、セツキがふと、口を開いた。


「……俺も、他の鬼と同じだ。人を幾人も殺した事がある。何故か食べたいとは思わなかったから、食べた事はないが……命を奪ってきたのは確かだ」


「……!」


 突然の告白。

 確かにこいつは鬼だし、それは普通ならば至極当然の過去だと言えるだろう。

 だが、私達を助けてくれたこの鬼に関して言えば、それは違和感のある過去に思えてならなかった。


「俺には幼少の頃の記憶がない。気づいた時には“朧”という、鬼で構成された組織に属していた……その組織は永きに渡って人の歴史の裏で暗躍し、要人の暗殺や戦の手伝い……単純な略奪も行っていた。俺も組織の一員として、それらに参加していたんだ。それが当然の事のように、何の疑問も抱かずに……しかも幹部として、な」


「“朧”……最近、都を騒がせているという噂の組織か」


 頷くセツキ。


「だが、ある時……俺の脳裏に突然、とある光景が浮かんだ。さっき襲われたこの村のように、家々が炎に包まれ……人々が殺される光景。っと……すまない」


 自分の言葉で先ほどの光景を思い出させてしまったと思ったのか、セツキが謝罪してくる。


「……いや、良いんだ。続けてくれ」


 確かに思い出してしまったが、セツキの話の重要な部分なのだろうと感じ、湧き上がってきた色々な感情を飲み込む事に努める。


「最初は、俺が人里を襲っている記憶なのだと思った。だが、違った……その光景では、俺は襲われる側だったんだ。襲っていたのは見た事もない化け物だった。俺と一緒に、大勢の人間が襲われていた」


 思わず息を呑んだ。

 化け物……と聞いて思いつくのは、鬼……もしくは、“死龍”と呼ばれる存在。


 死龍は私も直接見た事はないが、時折人の世に現れては人を喰らう化け物だと、伝承で聞いた事がある。

 鬼であるセツキが同じ鬼に襲われるとは考え辛いから、もしかしたら死龍に襲われていたのではないだろうか。


「夢にしては現実味があり過ぎた。その時、感じたんだ……俺は、何か大切な事を忘れているのではないか……と。それから急に、今まで自分が人を殺してきた事が、何故だか恐ろしい事だと感じるようになった……そして俺は、“朧”を抜ける事を決めた」


「…………」


 どういう事かはよく分からないが、それはきっと、セツキが忘れていた過去の光景なのではないかと感じる。

 同じ種族であるはずの鬼を殺してまで人を助けた理由は、その辺りの過去が関係しているのではないだろうか。

 確かな事は言えないが、なんとなくそんな気がしてならなかった。


「それから度々、いくつかの光景が断片的に脳裏に浮かぶようになった。その光景の一つに、この里へと続く道が浮かんだんだ。もしかしたら、ここへ来れば俺の過去が分かるかもしれない……そう思ったんだが……」


「この里の? そうだったのか……」


 だからあの森にいた……

 そこへ、おそらく組織を抜けたセツキを始末するための刺客……ラシャが追って来たのだろう。


「すまなかった。刺客が追ってくることは予想していた事だというのに……こんな事になるとは、思っていなかった」


「……気にするなと言ったろう。それで、何か思い出せたのか?」


「いや……残念ながらこの里の事は思い出せなかった。だが、違う光景を思い出した」


「違う光景? それは一体……」


 風に揺れるセツキの、肩くらいまでの長さの白い髪を見つめる。


「“朧”の頭領が、俺に向かって語りかけていた光景だ。こう言っていた……「お主はもはや、我ら朧の一部。くだらない俗世間など捨て去った、希代の鬼として生まれ変わったのだ」……と」


「……!」


「里に来るまで、そんな言葉をかけられた事は忘れていたが……おそらくあの言葉は、何かの暗示か洗脳に近い類のものだったのかもしれん。頭領は、そういった事を得意としていたからな。……俺は頭領に会いに行く。奴ならば、俺の過去を知っているやもしれん……」


 決意を秘めた紅い瞳が、月を見つめる。


「……そうか」


 私も同じ月を見上げ、セツキの語ってくれた出来事に思いを馳せた。




 ******




 夜、セツキと話した後、もう一度屋内に入るよう勧めたが、結局セツキは中に入ろうとしなかった。


 何となく私だけ戻るのも(はばか)られ、気づいた時にはセツキの肩に頭を預けて眠ってしまっていた。

 朝起きてそれに気づいた時には、焦って「ふぁっ!?」と変な声を上げてしまったが、その時にはセツキも眠っていたため、幸いその声は聞かれずに済んだのだが。


 しばらくして起きてきた里人達と共に、私は死んでしまった里人の遺体を燃やして弔ったり、骨を埋めるための穴を掘ったり、遺骨を穴に納めたりを繰り返した。

 セツキはその間、鬼が近づいていないか見てくると言い、辺りを警戒してくれていたようだ。

 結局私達はその作業に半日を費やし、終わった頃には日が傾きかけていた。


 だが、あまりのんびりもしていられない。こうしている間にも、もしかしたら鬼の援軍が向かってきているかもしれない。

 まだ日が落ちきっていない内に、ひとまずは皆で都の方へ出発する事になった。


 森には餓鬼など野生の鬼が生息しているため、少人数での行動は危険と判断し、少なくとも森を抜けるまでは都に行く者もそうでない者も、共に行動する事が決定したのだった。


「俺も都に用がある。この際だ……お前達に付き合おう」


 そのセツキの提案に、意を唱える者はいなかった。正直、セツキほどの鬼が味方になってくれれば、護衛としてこれほど心強い者はいない。


 そうして私達は身支度を整えると、生まれ育った故郷を……鬼討ちの里を、後にしたのだった。

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