表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い羅刹と鬼討ちの剣  作者: 玖音
第一章 朧なる者達
6/31

第四話 炎上

 己の持てる全速力で森を駆け、里へと急ぐ。


 これほど全力で走った事はないというくらい、ただひたすらに、ただがむしゃらに。


 息が切れても、足がもつれてきても関係ない。


 早く。速く。疾く。迅く。


 皆の命が摘み取られてしまう前に--!







 どれくらい走ったか……気が付くと遠目に、煙が上がっているのが見えた。里の方角だ。

 ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。


(頼む、皆無事でいてくれ……!)




 ******




 炎に包まれる民家。


 見知った里人達の死体。


 その死体を貪る大量の鬼達。


 里は、地獄絵図だった。







「……よう、ユヅキ……無事、だったか……ゲホッ……」


「……シュウ、シュウ!」


 地面に仰向けに倒れていたのは、里を出る時に話していたシュウだ。

 周りには何匹かの鬼の骸--

 そして、ケイタやサブの遺体も横たわっていた。

 視線を下に下げると、シュウの下半身が……なかった。


「ははっ、ヘマっちまったよ……こんな事、なら……ちゃんと鍛錬しとけば……良かったな……」


「もう喋るな……シュウ……!」


 シュウの身体を抱き起こす私の目から、涙が零れ落ちる。


「……ばっか……早く、逃げ……」


 言い掛けたまま、シュウは私の腕の中で息耐えた。


「……ぁああああああーーーっ!!」


 絶叫が、里に木霊した。




 ******




『ゲハハハハ、ヨワッチイ奴シカイヤシネエゼ!』


『マッタクダナ兄弟、ハゴタエナサスギダゼ!』


 数十匹の鬼達の中でも特に大きな、牛の頭と筋骨隆々とした肉体を持つ二匹の鬼……牛鬼達が、棍棒や斧を片手に里人の亡骸を踏みつけていた。それぞれの武器には、ベットリと血が付着している。

 その二匹の元へ、フラフラとした足取りで一人の少女が歩いていく。


「…………貴様ら……その汚い足を今すぐどけろ」


 俯きながら言い放つ。


 二匹の牛鬼はそれを聞き顔を見合わせると、盛大に笑いだした。


『ゲハハハハァッ! アタマデモワイテルノカ? テメェモコノ棍棒デツブシテヤラァ!』


 二匹のうち一匹が、私目掛けて棘のついた巨大な棍棒を叩きつけた。

 私はそれをかわして牛鬼の懐に入ると、振り下ろされた牛鬼の腕を一刀両断した。


『グギャアァァアッ!!? オ、オレノ腕ガアァッ!!』


『コノヤロウッ、フザケヤガッテ!』


 もう一匹の牛鬼が、巨大な斧で横なぎに斬りかかってくる。私は姿勢を極限まで低くして前方に走り、頭上スレスレで斧をかわすと、突進した勢いそのままに牛鬼の腹部に刃を突き入れた。


『ゴハァッ!! バカナ、ニンゲンノブンザイデェェ!!』


「……貴様らはいつもそうだ。人間の分際で、たかが人間が……そうやって、罪のない人達の命をいくつ奪ってきた? 私達は家畜じゃない。大人しく貴様らの餌になると思うな……」


 私は返り血を浴びながら、ゆっくりと顔を上げた。その双眸には、憎悪が色濃く宿っている。


「今度は私が貴様らを、狩り尽くしてやる!!」


 二匹の牛鬼目掛けて走り出す。二匹の牛鬼は傷つきよろめいているものの、生命力が強くまだ動けるようだ。

 先ほど傷つけられたため、二匹は慎重に連携を取りながら拳を叩きつけ、斧を振りかざして来た。

 また、周囲をうろついていた屍鬼級の鬼達も集まりだし、同時に襲いかかって来る。

 私は修羅の如き動きでそれらをかわしながら、鬼達を斬り刻んでいった。







 二匹の巨体と、屍鬼級の鬼達の骸を見下ろしながら息を切らせる私の方へ、一匹の鬼が近づいてくる。


「……これは驚きだ。お前はなかなか強いな……お前ほどの剣士の肉であれば、ラシャ様への献上品にふさわしかろう」


 線の細いその鬼は、両手に鉤爪を装着している。

 ……爪を見て、先ほど森で会ったあの紅い鬼の嘲る顔を思い出し、拳を握り締める。

 雰囲気からして、明らかに今倒した二匹の牛鬼よりも格上の鬼だ。おそらくは獄卒級だが、その中でもかなりの実力者だろう。

 だが、関係ない。私は全ての鬼を殺すのだから……!


「いくぞ小娘、覚悟を決めるがいい!」


 鉤爪の鬼が一瞬で眼前に迫る。

 速い。鉤爪が下段から繰り出される。

 刀で鉤爪をいなすが、上段からも鉤爪が襲いかかる。

 間一髪で後ろに跳び回避すると、鉤爪の鬼がすぐさま側面に回り込み、鉤爪で突きを繰り出してくる。


 無駄のない動き。おそらく速さは私とほぼ互角だが、私は森での戦いや、そこから里への全力疾走、更に先ほどの二匹との戦闘で疲弊しきっていた。

 だが、今の私を突き動かすものは鬼への憎悪だけ。

 身体が疲れていようとも、鬼共が里を蹂躙し続ける様を黙って見ている事など出来ない。

 この命尽きるまで、戦う事しか選択肢はないのだ。


「はあぁぁぁぁーーーっ!!」


 気合い一閃。私は刃に炎を纏わせ、鉤爪の鬼の胴に斬りかかる。


 だが、やはり疲れが祟ったのか、思うように踏み込みきれなかった。

 浅い傷が鬼の胴に入るが、致命傷にはほど遠い。

 ニヤリ、と鉤爪の鬼が笑った。

 私の心臓がドクン、と脈打つ。


「終わりだ小娘、死ねぇっ!」


 体勢の崩れた私の心臓を、鉤爪が深く貫いた。


「かっ……はっ……!」


 吐血し、地面に倒れ込む。

 血が体から流れ出ていく……力が入らない。


「お前は強い剣士だった……だが所詮はこれが、人間の限界だ。強者の糧となれることを誇りに思いながら死ぬがいい」


 鉤爪の鬼が勝ち誇った笑みを浮かべる。


 嗚呼……

 結局自分には、何も守れなかった。

 里も、里の人々も。

 ケイタも、サブも、シュウも……

 死んでしまった。


 悔しい……

 力のない自分が。

 鬼共が勝ち誇り、のさばるこの世界が許せない。

 だが……もう。


 力が、入らな……







「……凍りつけ」


 この、声は……


 白髪の鬼……


 私を食べに、わざわざこんなところまで追ってきたのか……


 身体がパキパキと音を立てて凍りつき、みるみる冷たくなっていく。


 なぜ、すぐ食わないのか……


 ……あぁ、そうか。

 冷凍保存して、非常食にでもするつもりなのかもしれない。

 所詮、私達人間など……鬼にとっては食料に過ぎない……


 そんな事を考えながら、私の意識は途切れた。







「……なんだ、貴様は……?見たところ鬼のようだが……」


「………………」


「その小娘はラシャ様への献上品だ。悪いが、貴様に食わせるわけにはいかんぞ」


 見知らぬ男に警戒しながら、鉤爪の鬼が少女を運ぼうと近づく。


 だが、男は少女の前に立ち、その行く手を遮った。


「……なんのつもりだ?」


「悪いな……こいつは俺の獲物だ」


 鉤爪の鬼が地を蹴り、男の眼前へと移動してくる。


「……貴様、ふざけるなよ。どこの馬の骨ともしれん奴に、我が主への献上品をやるわけがなかろう……去れ!」


 鉤爪を男の顎先へ向け、威嚇してくる。


「……その主ならば、尻尾を巻いて逃げ帰ったぞ。お前達を置いてな……」


「あぁ!? 何を言って……」


 そっ、と。鉤爪の鬼の肩に、男は手を置いた。


(……!!? ば、バカな……警戒はしていた……! だが、動いた気配など微塵も……!)


 驚愕に見開かれた鉤爪の鬼の肩から、パキパキと音がする。


「なっ、なんだ、これは……身体が凍って……動かな……!?」


「お前に恨みはないが……恨むなら、お前の主を恨むんだな」


「……この力……ま、まさか……組織を裏切ったという、あの“白い羅刹”……!」


 言い終わらない内に、鉤爪の鬼は全身凍りつき……息絶えた。




 ******




 ひどく寒い……


 身体がだるくて動かない。


 これが……死か。


 ここは死後の世界なのか……


 死んでもなお、こんなに寒いなら……

 やはり私は、死にたくなどなかった。

 里の皆も、きっと今頃寒い思いをしているのではないか……


 心臓が痛い。

 身体は寒いのに、心臓の辺りだけが妙に熱くも感じる。


 そもそも、死んだのに心臓が痛くなったり、熱くなったりするものなのか……?


 何かがおかしい。

 私は、死んだのではないのか……?


 試しに、うっすらと瞼を開けてみる。


「……ぉ……目を……たぞ……!」


 何か聞こえる。目が覚めたばかりだからか、よく聞き取れない。


「……丈夫か……おい、ユ……キ……しっかりしろ、ユヅキ!」


 はっと目を見開く。


 何人かの里人が、心配そうにこちらを覗き込む顔がある。


 里の生き残りがいたのか……良かった……


 ホッと息を吐く。起きあがって無事を喜びたいが、身体はまだだるく、動かない。

 視線だけで辺りを見渡すと、どうやらここがまだ襲われていなかった民家である事が分かった。私は布団に寝かされ、他にも何人かの怪我人が横になって治療を受けているようだ。


 生きていた。

 死んでしまった里人もいるけれど……

 まだ生きている人がいた。

 私も、まだ生きていた。


 しかし、何故……


 私は確かに心臓を貫かれたはず……

 あの鉤爪の鬼はどこへ?


 疑問ばかりが頭をよぎる中、ふと視界に映った……白い髪。


「……何故貴様がここにいるっ!?」


 白い男が私を見降ろしている。

 里の生き残りを殺しに来たのか!


「皆、逃げろっ!!」


 動かない身体を呪いながら、自分に出来る精一杯はそう叫ぶ事だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ