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見えない友達は油揚げがお好き!  作者: いば神円
一部【八百万美術大学】
6/40

『6』六月下水曜夜、前編

 *


 タクシーを使えば目的の『文房具八百万店』には十分ほどで到着し、マロは顔見知りの運転手に代金を多めに払う。

「コンビニで時間潰してもらっといてもええです?」

「そんな、坊ちゃん気にせんといてください。時間の潰し方は慣れてますんで…」

「まあまあ」

 そう言って、マロは運転手に休憩を促し、駐車場から文房具店に向かう。ちなみに文房具店の隣は二十四時間営業のコンビニだ。なかなか広いこの文房具店は美術大学が近いおかげか、大抵八時には閉まっている時間帯より一時間長く営業している。開店も八時と早い。朝一に焦って買い物をしにくる大学生の為だと伺える。

「いらっしゃいませー!」

 店員の終わりが近づいて故のハイな声調の出迎え声が聴こえた。そのままその声の元、黒縁眼鏡をかけた髪を後ろで少し高めにシュシュで結んだ店員に声をかける。

「すんません僕、油絵の具の予約してた舞心(まいしん)いいます」

「あ、は、はい舞心様ですね!少々お待ちください」

 受け応えした女性の店員が奥の部屋に入っていき舞心はそのままその場で待つことはせずに、姿が見えなくならない程度に辺りを見回す。新作の文房具は何が出ているか、店員がお勧めする商品は何か。ポップをチラ見しながらぐるり。

 『な、なんと〝ズレない〟コンパス新登場!』紙に穴を開けず、その上でブレることなく円が描けるという文面を見て、値段を見ずに購入決定。基本この店の商品は全部カードで一括払いするので、手持ちが足らなくとも問題ない。ちなみにこの金は舞心の副業で溜まっている金だ。親のスネかじりなわけではない。


――…明日使っちゃろ…


 少しウキウキしながら店内の先に顔を向ける。後ろから扉が開く鈴の音の音がした。舞心はなんとなく後ろを振り向く。女の子が息を切らせながら店の中に入ってきている所だった。

 閉店十五分前。噂にきくアレがエコバックか、新聞に包まれた白ネギが薄水色のバックから覗いている。新聞の先から頭だけ出したネギの緑色の頭部分が少し欠けていた。頬を朱色に染めた女の子は店員を探しているのだろうか、キョロキョロしている。どうやらレジの店員ではなく、店内を動く店員の方がいいようだ。しかし、この最後の時間帯、レジとさっき頼んだシュシュの子のみ。その子は今、舞心の商品の作業中だ。


――…モノが言えんタイプやろか…


 女の子は深呼吸を店内ですると、探すのをやめて奥に入ってくる。眺めていた為一瞬目が合い、頭を軽く下げられた。知り合いかと思ったが、ただ、すれ違いの挨拶だったらしい。女の子はそのまま隣を過ぎて店内奥に向かっていった。


「お待たせしました舞心様」

「あ、はい」

 声をかけられて店員を見る。

「八百万社の十二色セットと個々でバーミリオン、コンポーズブルー、セルリアンブルー、ウルトラマリンディープ二本ずつ、八百万社特製ホワイト缶600ml、キャンパスボード小Bサイズ五枚、中Aサイズ三枚でよろしかったですか?」

「はい、あとそこのコンパス足してくれる」

 ショウケース内のコンパスを示すのを見て店員が驚いた顔をする。

「あ、は、はい、ありがとうございます。色はいかがいたしましょう?」

「色やったら、青か朱やね」

「お兄さんはこのクリーム色が似合うと思います」

「……」

 キョトンとして横を見るとショウケース内を真剣な瞳で見つめる女の子がいた。ネギバックは重いのか、下に置かれている。

「千代子ちゃん…!」

 店員が慌てて声を上げた。名前を知るところによると、知り合いらしい。

「ホンマ?クリームなんて初めて言われたわ」

「おにいさん、白狐っぽいから」

「お」

 千代子は嬉しそうに微笑むと自分の前髪を上げて額を見せてきた。

「ふふ、その眉の感じ白狐っぽくて、すんっごく可愛いね」

「なん、からかっとるん?」

 素朴な千代子の整った眉毛を眺めながら、そういうとキョトンとした顔をされた。

「……」

「……」

 無言で見つめあう。店員からは、どこか戸惑うような空気が漂っている。


 コンコン。


 どこからか高めの声のような、咳払いが聴こえてきて舞心はハッとした。女の子相手に何をしてるのかと思い、愛想笑いを見せる。

「かんにんな、ええよ、その色にするわ。くれる?」

「ありがとうございます!では、お会計はあちらで…」

 最後の言葉は店員に言って、お会計に向かおうとすると千代子が何かに気づいたように呟いた。

「もしかして…」

 一瞥すると薄黒い瞳が意思をもってこちらを向いている。

「狐って、言われてからかわれてきたんですか?」

「え」

「ちょ、千代子ちゃん…」

 店員が小声で止めようとするが、千代子はなお呟いた。

「でも、狐は…可愛いですから、綺麗で、こう、胸がきゅんとするといいますか、可愛いですから!」

「…うん?」

「自信もって、大丈夫です。可愛いですから!私、大好きですから、大丈夫です!」

「…ぐ」

 息が一瞬止まる。真剣な表情から顔を反らす。

「…ぶはっ、ふ、ふふ」

 笑い出すと止まらない。

「ふはは、あはは、あははははは!」

 店員が片手で自分の頭を支えタメ息を吐く。千代子は目をパチクリとさして舞心を見つめる。

「ふはっ、ひ、必死になに言うと思いきや…!なんや、あんさんほんまもんか!天然記念物とかあっかん、あかんわー!」

「?」

 笑われて、少し考えたのだろう、千代子はコクリと頷いた。それを見て、にやけたまま耳を傾ける。多分、『天然じゃない』そんな否定が返ってくると思って。


「はい!ほんとに狐が大好きです!」

 満面の笑みでそう返されて舞心は笑顔のまま固まる。

「白狐は今、数少ないですもんねー」

「も、ちょ、千代子ちゃん…」

 店員も我慢しながらも笑っている。

「…ふふ、ふはは、そうきたんっ!?やば、腹筋いた、割れてまう…」

「えっ」

 驚いて、自分の腹に手を添える千代子。無意識なのだろうが、それがまた笑えた。


「ぶっ!もう、かんにん、かんにんしてーあはは…!」






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