『5』六月下水曜授業
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いとこのタカは『八百万美術大学』に来る為に本土の端の南側からやって来た。タカは親戚との関わりあいで、行事の度に合う。その度に、行事に関してマロ眉にしなければいけない自分の眉を見て、マロと愛称をつけてきた。物心ついた頃からなので、今は慣れて同じ大学になり大学の人間がその名前でしか呼ばなくなっても違和感はない。
「マロ先輩ーおはようございまーす」
「きゃーマロちゃんの絵って本当綺麗ー」
「ほんまやねー」
「マロさん、この色合い何を混ぜてるんです?」
部屋に入ってきた後輩達を見る。まだ入りたての彼らは浮き浮きとして、楽しげに話しかけて部屋に花を咲かせた。
「君ら、そろそろ人体クロッキーの時間やない?」
八百万美術大学の授業方針は、大抵大まかな専攻を入学前決め、そこから細かな 専攻を一年生中に決める。その為、一年生は必須科目があり、その中でも人体クロッキーの授業はミッチリ。月、火、水は基本的にデッサンに終わる。
他にも、絵を描くにあたっての紙の張り方(これは最初に数回やるだけ、次の年の春忘れた生徒が先輩に泣きつく風物詩が見られる)各々の授業の基礎を木曜にし(午前、午後と別れて週毎に変わる)金曜のみ専攻した科目を行う。特待生は別という、特別枠も存在するが基本はこんな形になっている。
「きゃー!本当だ!」
「遅れる、遅れる」
「水曜日の先生厳しいからやだよねー」
「ほんまに」
「じゃあまたお昼にねー」
和気あいあいの花が部屋から去っていく。
「いやーかわいのう、マロはどれが好みじゃ?」
「んー選べんなあ」
「なん、巨乳ちゃんじゃろ」
「タカはなぜか僕を巨乳好きにしたがるよなー」
「だって、貸し借りしたブツも付き合っとた女もそうだろー」
「たまたまやー」
「タマタマ挟んでパッフッパッフゥ~♪」
「はい、そこ、下品な歌歌わない!」
奥にいた四年目の先輩が眼鏡を光らせ指摘してくる。ちなみに、三年制か四年制にするかは選べる。タカと自分は四年制を選び、三年生目で比較的自由な時期だ。この期間は自由な創作意欲を伸ばす時期だとかで先生にも放置され。そして別枠のサークル活動というものに力が入ったりする。
「そういやさ、俺らが入ってるサークル」
「うん」
筆を紙に走らせながらタカの言葉に頷く。
「マロちゃんのお力で一年生殺到だってー」
「ほんまー」
「あ、軽っ」
「一年生は忙しいやろ」
「まあ、俺らみたいに特別枠じゃないかぎり、一年からサークル活動はできんよな」
筆を止めて、バーミリオンヒューを取りだす。ひしゃげたチューブ。無理やり搾り出しながら絵具入れの箱に視線を向ける。見ると、コンポーズブルー、セルリアンブルーヒュー、ウルトラマリンディーブもひしゃげて、予備がない。そろそろ新しいのを買わないといけない。画材道具は自分の足で買いに行くのが好きなので、今日あたりサークルを早めに抜けて行こう。
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「マロちゃん先輩~帰っちゃうの~?」
「やだー寂しーい」
基本知識を覚える課題で忙しい一年がなんとかやってきて、タカに指導を受けながら立ち上がったマロに声をかけてくる。
「マロは画材買いに行くんだってさ」
「でも、もうちょっとー」
「そうですよー」
「九時には閉まるんよ、今すぐ行かな」
「じゃあ、一緒に帰ろっかな」
「あ、あたしもっ」
「タクシー待たしとるんやわ、ごめんな」
「えー」
「しゅーん」
「ほら、俺と一緒に帰ろーぜ」
「んーマロちゃん先輩も一緒がいいなー」
腕時計を見ると二十時二十五分。半に門前にタクーを呼んだから、行かないと。鞄を肩にかけて、行こうとすると一人が腕に絡んできた。
「じゃあ、一緒に乗っちゃおうかなぁ?」
薄い服装をした女子。乳房を押し付けてくる。そこに関しては悪い気がしないが、一緒に発言は少し引く。金が無いわけではないが、図々しいのは好きではない。
「今日はごめんな、明日以降にしてな」
頭をポンポン撫でて、離してもらう。分かりやすい積極さは、頑張ってると思うし、悪い気はしない。時間に余裕さえあれば、ホテルに行ったってかまわない(割り切った遊びでだが)。
「ほら、タカがファミレス連れてってくれるってさ」
「うわ、おまっマロ…!まあ、いいけどな!」
オーバーリアクションをするタカを売り、部室を出る。
後ろからタカの『一人、五百円までですよ!』の声と『先生バナナはオヤツに入りますか?』のショートコントが聞こえた。