『4』十二月上土曜朝
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手作りの朝ごはんを久々に食べた。今日は休日出勤の為、少し遅めに出れる。何も言わずとも部屋を片付け始める妹。
「……」
温かいお茶を飲みながら、そんな姿をぼんやり眺める。妹が肩までかかる髪を揺らしてこちらを向く。微笑む笑顔はまさに。
――…俺の天使…
もし、これで血の繋がらない最近のラノベ設定があるのならば、俺は妹と結婚したい。嫁にして、好きな絵が描けるようアトリエつきの一軒家を用意して…。
「お兄ちゃん」
「ん」
「この後、駅まで送ってもらってもいいかな?」
「ああ良いよ、家まで送ろうか」
今からなら間に合う。
「ううん、そのまま買い物とかして帰るから、駅で…いつもありがとね」
ニコニコしながらそう言ってくる妹。
――…癒される…
俺が家通いの大学生の時、母が他界し、歳の離れた妹は十歳だった。それからは父子家庭で。ほぼ家に帰らない父を待つ間、家の家事は分担でしていた。とは言っても俺は料理はせずに、たまの洗濯物、トイレ、風呂磨きやゴミ捨てが主だったが。大学が忙しいを理由に部屋の掃除、料理全般は妹に任せていた。(母の手伝いをしていた妹の方が俺より断然料理が作れ。本人も自主的に動いていた。)今思うと小学生にほぼ任せてしまうという、かなり勝手な兄貴で、妹はよく捻くれずに育ったと思う。
今の仕事が本格化して家を出たが、母が他界してからの妹の作る料理が俺の舌に固定され。今や家庭の味として思い出すは素朴ながらも妹の作る料理。
「兄ちゃん、これ、お弁当箱なかったからアルミに包んだサンドイッチと小さいタッパに入れたオカズだけど…いいかな?」
「え!お弁当作ってくれたのか!」
「うん、見た目悪いから、ごめんね」
妹に差し出された品を見ると、サランラップに包まれた上にアルミで包まれたサンドイッチと、新聞で包まれて輪ゴムに止められたオカズ入りタッパーがあった。
「…っあっ!いいよ、全然いいよ。にいちゃん久々の愛妻弁当に感激っ!」
「わ、サンドイッチ潰れるよ!」
立ち上がって、妹を抱きしめると慌ててそう言われ。勢いあまって、サンドイッチが曲がっていた。
「もう、あれだな、にいちゃんと一緒に住めばいいんじゃないか?あそこを出て行く費用は出すし」
コンコン。
「駄目だよ、兄ちゃんの彼女さんが困るでしょ」
「いないから平気だ」
「未来の奥さんに私、嫌われたくないよ」
「独身でいようか」
「え、やだ、姪っ子か甥っ子と遊びたい」
「えー」
妹の頭を撫で撫で。
「私、多分結婚できないから兄ちゃん頑張って」
「……ふ、ふふ」
思わず笑い声が漏れる。そうか、結婚する気ないか。そうか、そうか。
「ほら、兄ちゃん昔よくラブレター貰ってたよね?今もちゃんとカッコいいし、大丈夫だよ」
「はは、ふふ、にいちゃんカッコいい?」
「うん、モテると思う」
「そっかー千代子から見て俺はアリかー」
コンコン。
「うん、空手の名残で今も体系いいし、弁護士さんだし、顔も爽やか系だし、真面目で不潔じゃないしこんなに優しいし、なんで彼女さんがいないのか不思議」
「え~へへへ」
コンッ。
「にいちゃん頑張って稼ぐからさ、独り身の俺の嫁に来てくれよ千代子ー」
「え、嫁はいけないよ」
「あ、じゃあ、彼女にさー」
バシリッリッリッ!
いきなり頭にもふっとした温かく弾力のある衝撃が三回きた。身体が前のめりになる。
「???」
妹によりかかる形になり。
「あー!サンドイッチ…!」
妹が胸の中で嘆いた。柔らかい黒髪がサラサラと俺の肌を撫でる。あ、良い匂い。同じ石鹸使ってるのに、不思議だ。
――…じゃなくて…!
身を起こし、周りを見渡す。いつも通りの俺の部屋。
「……」
「…兄ちゃん?」
妹を抱きしめかえして、辺りを警戒する。
「そんなに痛かった?」
「え」
妹を見下げる。妹の片手にはいつのまにかソファーのクッションが握られていた。
「ごめんね、叩いちゃって」
「…千代子が?」
「うん、片手は空いてたから」
見るとソファーに新聞に包まれたタッパーが転がっている。いつの間にかタッパーを置いて、クッションを持ち、俺の頭を。
「兄ちゃん」
クッションをソファーに置き、片手を伸ばしてくる。背の高さがあるので、少し身を下げる。妹はソッと俺の頭を撫でてきた。
「……」
一瞬にして、辺りに沸いていた俺の警戒心が消えた。
――…あー…子供作らなきゃOKとかで、法律改正されないかな…