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Ep5: 君の見る世界




 空は透き通るような青だった。


 人々は茫然とそれを見上げて、揃ってはっと息を吐いた。

 今まで見ていた風景と違う。

 今まで眼前に広がっていた色は赤。

 町を焼き尽くす炎と、飛び散る鮮血。

 そして恐怖の渦の中心には、小さな小屋と白い兎が立っていた。


 今は違う。


 首を切られた者も、焼かれた者も、町から逃げていった住民も、全ての人間が何事もなかったかのように、傷ひとつ無く、茫然と立ち尽くしている。

 

「……夢?」


 ぽつりと呟いた傭兵ががくり膝を突いた。首に手を当て、じわりと脂汗を滲ませる。

 弾むように子供の泣き声が上がる。

 それを皮切りに、その場にいる人間達は感情を爆発させる。

 恐怖への絶叫。今無事でいる事への安堵。色とりどりの感情が入り乱れる中、それを振り払うようにパンと手を叩く乾いた音が青空の下響き渡った。


「ソウ。『夢オチ』デス」


 ざわり、と全員の間に共通した感情がわき上がった。

 恐怖。

 今まで見ていた『悪夢』の中心に立っていた小屋は、今もそこに居た。


「ギャグ漫画の特権。『全て夢でしたので無かった事でお願いします』。無茶苦茶な展開でもねじ込める万能ツールデスね。多用すると話の軸がブレるので諸刃の剣デスが……お楽しみ頂けマシタか?」


 誰も答える事も、動く事ができない。

 ただ恐怖しながら、町の住人達は小屋を見つめていた。


「カズ兄。完全に滑ってるっぽくない?」

「……あまりにもサクサク人が死にすぎると最早ギャグ! ……というシュール展開でウケをを狙いツツの復讐達成の一石二鳥を狙ったのデスが、失敗デシタ? 夢オチで後腐れも無くて皆ハッピー! とはいきまセン?」

「それ、登場人物からしたら洒落になってないからじゃない?」

「オウシット! それデス! 確かに殺されて笑うとか無理デスネ!」


 小屋はあちゃあと額(?)に手を当て、辺りに視線を振りまいた。

 そして、戯けた様子で腰を折る。


「……デハ、今までの不幸が実は全部夢デシタ~! 皆無事でヨカッタネ♪ ッテナ感じデ、皆様笑顔でハッピーエンド! それで許して下さいナ?」

「ごめんね皆さん。うちの兄、クズなんです」

「辛辣な妹に胸キュン!」

「うわぁ。気持ち悪い」


 ふざけているような掛け合いを見せつけられ、次第に住民達も強ばった身体を動かせるようになっていた。

 しかし声はあげられなければ、動く事もできない。

 全く異質の『狂った』悪魔。何をきっかけにまた危害を加えられるか分からない。

 そんな住民達の心を知ってか知らずか、カズラとクサリコはくるりと同じ方向を向いた。


「さてジェントルマン。これにてワタシドモはお暇致しマスが、今後は恨みを買うコトの無きヨウ」

「嘘でもいいから私にくれたお世辞を誰にでも振りまいてね~」

「また夢で遭うことがなければ良いデスね?」


 腰を抜かし茫然としているドミヌスに向けウインクを送って、二人は更に方向を変える。


「デハ少年。帰りマスヨ」


 復讐を願った少年、ナキ。

 カズラはへたり込んだ彼に手を差し伸べた。

 ドミヌスと同じように呆けた様子でソレを見上げるナキ。気持ちの整理がつかず、言いたい言葉が見つからない。


「お望み通り、『あの光景』は夢の彼方に追い遣りマシタヨ? 何かご不満デスか?」


 その言葉でナキは気付いた。

 彼はただ、ナキの願いを全て叶えただけだ。

 そして今訪れた現実を前にして、ナキに不満などある筈もなかった。


「……別に」

「宜しい。立てマス?」

「何ならお姉さんがおんぶしてってあげようか?」

「……自分で立てる」


 しんと静まり返っていた大衆は次第にざわめき始め、去り行く二人の不審者と少年の背中を見つめていた。あまりにも衝撃的な僅かな間の出来事は本当に夢のようで、しかし確かな現実であった。

 ぽつりと誰かが呟いた。


「……悪魔」


 後に生まれる『決して悪い事のできない町』。

 悪さをした人間の夢に、悪魔が現れ悪夢を見せる。

 

 そんな噂が広がるのはもう少し後のお話。


 

   ----




 奇妙で愉快な復讐劇はあっさりと幕を閉じた。

 ふらふらと歩く小屋と兎の後ろから彼らの背中を見つめてナキは考える。


 こいつらは何者なのだろうか?


 天使か、悪魔か、それともただの不審者か。

 きっと聞いても彼らは真面目に答えてはくれないのだろう。


「どうしマシタ少年? 浮かない顔デスヨ?」

「……どうして、前を向きながら分かるんだよ」

「何せコメディデスから」


 くるんと小屋が後ろを向く。カズラが振り返ったわけではなく、小屋だけが後ろに回ったようだ。

 一瞬小屋の入り口がぎらりと光ったように見える。カズラの目が光ったのかと思い、思わずナキはぎょっとした。首がぐるっと回ったように錯覚した。


「何に文句がアルんデスか少年。ワタシはアナタのお望み通りにコメディしたダケだというノニ」

「別に文句なんか……」


 ぴたりとカズラが足を止め、今度は小屋はそのままに下の身体がぐるりと回った。今度こそ小屋の入り口でぎろりと目が輝き、小屋男がナキにぬっとすり寄った。


「なら、スマイル! デショ」

「スマイル! だよね」


 兎女も頬に指を当て、口角を持ち上げながらぬっと迫った。

 身を捩らせ、ナキがふんとそっぽを向く。

 

「つれないデスねェ」

「ナキ君の笑顔、見てみたいんだけどなぁ」


 再び二人の不審者がナキに背を向け歩き出す。

 別に、不満や文句がある訳じゃない。

 でも笑えない。

 ナキの胸の奥でどうしてもカズラの言葉が引っ掛かる。


『君にはどんな世界が見える?』


『君はどんな世界を見たい?』


 彼の目には、世界は面白おかしく見えているのだろうか?

 あれだけ強い人間が見ている世界はどれだけ明るいのだろうか?

 ナキの目には曇った空しか見えない。淀んだ、見ているのが辛い世界だ。

 

 じゃあ、自分はどんな世界が見たいのだろうか?


 ナキは考える。

 分からない。


「どんな世界が……」


 どうしても見えてこない『見たい世界』。

 ナキは自分があまりにも世界を知らない事を知った。


「『見えないから見たい』」

「え?」


 カズラがぽつりと『素の声』で呟いた。


「焦るコトはないデスヨ少年。キミの人生は始まったバカリなのダカラ!」

「そうそう! 今まで辛かった分、きっとこの先ハッピーが待ってるよ!」

「何故ナラこんなワタシ達が天使とか呼ばれちゃう世界ハ」

「ギャグ漫画の世界に決まってるから、ってね!」


 ナキも少し目を通した、愉快で戯けた『コミック』の世界。

 魔法よりも不思議な世界。

 此処が本当に、そんな世界なのだろうか。

 信じられなかった。


「サテ。少年の目的も果たした事デスし……ワタシ達はドウシマスかネ、クサリコ」

「そだね。帰ろうにも帰り方とか分からないし」

「マァ、帰る必要性もありマセンし。適当にコノ世界を観光シテみまショウカ」

「賛成! 楽しそう!」


 小屋と兎は楽しげにけたけたと笑う。

 この世界を楽しそうと言える彼らが素直に羨ましいと思った。


「という訳でコレにてお別れデスね少年」

「……え」


 思わず間の抜けた声を出す。

 しかし考えれば当然だった。

 復讐の為にナキは彼らを喚び出した。ナキの目的は果たされた。

 彼らにこれ以上、ナキと共に居る理由はない。

 

「キミには帰る場所がアルのデショウ? 小さな少年少女達が待ってマスヨ」


 ナキには守るべき子供達がいる。ドミヌスに復讐したところで、彼らが幸せに暮らしていける訳ではない。

 ナキはその時点でも自分が何も見えていなかった事に気付かされる。

 

「大丈夫。これからはあの町の人達を頼るといいよ。きっととってもいい人になってるから」


 クサリコが笑顔で言う。きっと少年少女達が虐げられる事はないのだろう。

 ナキの未熟な考えの先も、彼らは見通しているのか。


 彼らには、どんな世界が見えているのだろうか?


「……なぁ」

「ハイ? 何デス? 少年」


 その言葉は、ナキ自身にも思いも寄らぬ言葉だった。


「……お前達が叶えてくれる願いは……ひとつだけなのか?」


 何を言っているんだ、と口に出してからナキは視線を伏せた。

 彼には守るべき子供達が居る。

 それに、カズラとクサリコには、ナキの願いをひとつであろうと叶える義理はない。

 それは我が儘。自分唯一人だけを満足させる為だけの願いだ。

 少し、驚いたようにカズラは固まり、クサリコはぽかんと口を開いてナキを見ていた。


 断られたらおしまい。


 いや、それで良いんだ。

 ナキはそこで初めて口元に笑みを浮かべた。

 正しい形に戻る。いや、それよりも素晴らしい世界を彼らはもたらしてくれた。

 きっともっと暮らしやすくなる。飢えに苦しみ、寂しさに泣き、寒さに震える日々は終わる。

 

 カズラとクサリコは顔を見合わせる。

 そして、カズラがゆっくりとナキへと歩み寄った。

 小屋を被った頭が寄せられる。暗い入り口の奥底で、黒い瞳が僅かに光を帯びたように見えた。


「ひとつだけデス」


 予想していた通りの、当然の答えが返ってきた。

 しかし、続く言葉は予想外のものだった。


「で、願いはなんデス?」

「……え?」


 思わず口が開いてしまう。間の抜けた顔のナキから顔を離し、カズラは小屋の顎に手を当てた。


「だから願いはなんデスか、と聞いてるんデス。願いを叶えて欲しいんデショ?」

「え? だ、だって……さっき……」


 願いは叶えられた。

 ドミヌスへの復讐。そして、思っていたものと違ったその結末を、「無かった事」にして貰った。

 更には子供達の平穏まで取り戻して貰ったのだ。

 なのに、何故?

 ナキの心中をいち早く察したのは、クサリコだった。彼女はぽかんと立ち尽くすナキの肩に腕を被せて、のし掛かるようにしてけらけらと笑った。


「だって、あれは本当の願いじゃなかったんでしょ? それを無かった事にしたのも、カズ兄がうっかりそれを叶えちゃったから、尻ぬぐいしたってだけ。たまたまその結果として、ちびっ子達も助ける事になっちゃったってだけで、私達はナキ君の願いを叶えてないでしょ?」

「そういうことデス」


 カズラがうん、と深く頷く。


「でも……だって……」


 願いをもう一つ叶えてくれる。

 彼らはそう言っているのだ。

 しかし、ナキは目を泳がせる。

 駄目だ。僕の願いが叶ってはいけない。

 誰も幸せになんてならない。誰にもいいことなんてない。

 ただ、ただ僕だけが。


 そんな事を考える彼にクサリコは耳元で囁いた。


「『誰か』だけじゃなくて、ナキ君も、幸せになっていいんだよ?」


 ぎゅっと胸が締め付けられる。

 ナキは目元が熱くなるのを感じた。

 へへ、とクサリコは笑う。


「ま、私達に着いてきたところで、幸せになれるって事もないんだけどね」

「オヤオヤ。ソレが少年の願いデスか。インタビューサンキュー、マイシスター」


 クサリコは気付いていた。見透かしていた。

 ナキの心の奥底にある、沸き上がるような願いの招待を。

 否定されると思っていた。しかし、彼女は認めてくれている。

 そして、『彼』もまた、ナキの『期待』を裏切った。


「少年。ワタシ達と行きたいデスか? ソレが君の願いデスか?」


 カズラは拒むことなく問う。

 違うんだ。

 ナキは首を横に振る。

 掌を目に当て、何故か溢れる熱さを隠そうとする。


 しかし、胸の奥で沸き上がる熱までは、抑えきれなかった。


「……行きたい。カズラと、クサリコの見ている世界が見たい。……僕も、もっと、世界を、知りたい……!」


 初めて吐き出した本音。

 カズラは「クク」と怪しく笑って、首を大きく横に振った。


「駄目デスね少年。其処は『小さい少年少女達の為に、もっと多くを学びたい』とでも言っとくべきデシタ」


 駄目。一瞬びくりとしたが、「デモ」とカズラは言葉を続けた。


「そう言いたいトコロデシタが。その位の我が儘が年相応デスヨ、少年。君は今まで良く頑張りマシタ。君より小さな少年少女の前、弱音も吐けなかったデショウ? 我が儘も言えなかったデショウ? 子供らしく過ごせなかったデショウ? 君は、『子供の権利』を行使する事無く、上っ面だけの大人にならざるを得なかったのデショウ?」


 ナキの目から涙が止めどなく溢れた。

 そんな事を言われたのは初めてだったから。

 そんな優しさを受けたのは初めてだったから。


「ワタシ達の前では子供で居なサイ。ワタシ達もマダマダ子供ナノデ、大人らしくは振る舞いマセンが。兄さん姉さんくらいには、なってあげても良いデショウ」

「私、弟が欲しかったんだよね! 願ったり叶ったり!」


 クサリコがくるりと回ってナキの前へと回り込む。

 カズラが再び威圧感のある顔を寄せて、クサリコと肩を並べる。

 クズの兄妹は、声を揃えて手を差し伸べた。


「願いを叶えよう、マイブラザー」


 その手を取ってはいけない。それは悪魔の誘いだ。

 そうナキの頭の中で天使が囁いた。

 しかし、ナキの手は、誘われるままに悪魔の手を取っていた。


 そして、わっ、と賑やかな声が周囲から近寄ってくる。


「ナキ兄ちゃん! いってらっしゃい!」

「お土産まってるよ!」

「旅のおはなし、いっぱい聞かせてね!」

「お、お前達……どうしてここに!」


 それはナキが面倒を見てきた子供達。

 ドミヌスへの復讐に向かう際に置いてきた筈だったが、何故か此処まで着いてきていたのだ。

 わいわいと、ナキを見送る言葉を並べる子供達に、ナキは驚き、怯み、戸惑っていた。

 そんな中、一人、幼い少女がナキの服の裾を引いた。


「ナキ兄。私達なら大丈夫だから。行って、いいよ」

「……ユイ。でも……」

「大丈夫だって。ほら!」


 少女ユイが懐から取り出したのは、透明な掌サイズの何かだった。

 不思議なそれを小さな手がぎゅっと握ると、水が飛び出しナキの顔にぴちゃりとかかった。

 思わずナキがすっころぶ。


「わ!」

「へへん。凄いでしょ! カズラから貰ったの! 私も魔法、使えるよ!」


 水が飛び出す魔法の道具。

 子供達はぞろぞろと、それぞれ大事そうに不思議な道具を取り出していく。

 恐らくそれらは全てカズラが与えた『魔法の道具』なのだろう。


「マ、今の『水鉄砲』に限らず、ソレなりに使えるモノは渡してマス。多分、大人をビックリさせる程度は楽勝デショウ。モノによっては意識を飛ばしたりもデキマスヨ」

「お前、いつの間に……」

「ソリャマ、少年少女達をほったらかしにもデキマセンしネ。護身用に、あと暇つぶし用にと事前に準備はしてたんデス」


 本当に、ナキは自分の至らなさを思い知らされる。

 子供達は隠れていれば大丈夫だろう、その程度にしか考えていなかった。

 しかし彼は違っていた。適当に見えて、色々な事を考えているのだ。

 またも自責で目を伏せるナキだったが、今度は早々にカズラが彼の額を指で弾いた。


「痛っ!」

「イチイチ拗ねナイ! 失敗は糧にスルものデス! 反省は、立ち止まる為のモノではナク、前へ進むためのモノデスヨ!」


 カズラが大きく両手を広げた。


「学びなサイ少年! コレから世界を見に行くのは、同じ過ちを繰り返さない為デス! 君がより正しいと思える選択をする為デス! 世界をぐるっと見て回り、小さな少年少女の元に戻ってきた時、君はキット、胸を張って彼らと向き合える事デショウ!」


 背中を押される。子供達だ。

 代表して、少女ユイがにかっと笑った。


「ナキ兄も、『しあわせ』になって」


 それと同時に小屋が叫んだ。


「イエス! バッドエンドなんて、魔法と夢の世界には似合いマセン! あるのはいつでもハッピーエンド! 悪い結果ナンテ、ある筈がナイ!」


 少年少女達も、カズラに合わせて「いえす!」と叫んだ。


「クサリコが本の読み方教えてくれたんだ! ナキ兄が帰ってくるまでに、凄い魔法覚えてやるからな!」

「頑張れ、ポチ君!」


 クサリコとハイタッチする少年。 


「私、キャンディの雨を降らせる魔法を作るよ!」

「飴の雨! キャンディレインとはナイスジョーク! 是非トモ、また会った時は、オカシな魔法を披露していただきたいものデス! これは先行投資という事で……ホワイトデーのお返し宜しくデス!」


 小屋の入り口からキャンディの袋を取り出して、少女にぽいと放り投げるカズラ。子供達が一斉に袋に群がった。

 わいわいがやがや、元気な少年少女を見ながら、カズラとクサリコがぐいとナキに顔を寄せる。


「ホラ、こんなにも少年少女は元気デス。少年のヨウにウジウジなんてしていませんヨ」

「だからほら、ナキ君もスマイル! 君に涙は似合わないぜ! 一緒に、トゥギャザーしようぜベイベー!」


 本当に、行っていいのか?

 もうそんな問いを口にする気にもなれなかった。

 ぐいと袖で涙を拭い、ナキはぐっと拳を握る。


「……別に泣いてないからな! それと、お前達! 僕がいないからってはしゃぎすぎるなよ! ちゃんとご飯分け合えよ!」

「はーい!」


 パンと手を打つ音が響く。

 

「グッド! コレにて一話はハッピーエンド! ライスシャワーの代わりに一つ、ご要望の『飴の雨』を! ワン、トゥー、スリー!」


 ボン!

 カズラの掛け声と共に、虹色の煙の爆発が起きる。

 それと同時に上を見上げた子供達の頭上から、色とりどりの丸いお菓子が降ってくる。

 同時に嬉しい悲鳴が空へと響いた。


「痛い痛い痛い痛い痛い!」

「固い!」

「ベタベタする!」


 ……否。嬉しくない悲鳴が響いた。 


「シット! 飴の飴は思うよりも嬉しいモノじゃないみたいデス!」

「コラ! 食べ物で遊ぶなクズ兄!」

「妹に怒られタ! というワケで、少年少女は『飴の雨』を振らせる時は、十分にご注意を! 無計画に使うと……こうなりマス!」

「本当になんでもありなんだな……」


 改めてカズラの魔法の滅茶苦茶さに開いた口が塞がらないナキ。

 「イエス」と一言、その開いたままの口に飴玉をひとつ放り込み、カズラは顔をナキにぐいと寄せた。

 暗い小屋の入り口から、僅かに黒い二つの光が覗く。初めて見た『黒い瞳』は、どこか虚ろにも見えたが、綺麗な宝石のようにも見えた。


「さて、少年。改めて聞きまショウ。『君はどんな世界が見たい』?」

「……まだ、分からない」

「ケレド! キット! 君が見たい世界は、陰鬱で絶望に満ちた、地獄のような場所ではない筈デス!」


 カズラは大きく腕を広げた。


「誰しも本当に見たいノハ! ハッピーエンド! シアワセイッパイの世界ノミ! 時には他人の不幸を喜ぶ輩も居るデショウ! ソレデモ、自身が身を置くナラバ! 笑顔になれる喜劇コメディの世界が一番だと思う筈デス! 違いマスか? ネェ、少年!」


 少し言い淀むが、ナキは自身の感情に嘘を吐かずに答える。


「……うん」

「ヨロシイ! それではハッピーエンドに向けた冒険の始まりデス!」

「それじゃあ行こうかナキ君!」


 不思議とその奇妙な小屋男に言われると、大丈夫な気がした。

 何故か何もかもがうまくいくような、そんな気持ちになった。



 少年ナキは、差し伸べられた二つの手を取る。



 ここから、少しどころか大分奇妙な小屋と兎と、一人の魔法世界の少年との、長いようで短い旅が始まる。


 いってらっしゃい、と見送る子供達に手を振り、進み出す三人の次なる目的地は……


「はてさて、まずは何処を目指したモノか……」


 カズラが小屋に手を突っ込み、一本の木の棒を取り出す。そして、それをぽいと放り投げた。

 くるくると宙を舞った木の棒が、地面にかつんと落ちて、ぱたりと横たわる。

 棒の少し尖った方向をカズラとクサリコはビシッと指差し、声を揃えて言った。


「あっち!」

「適当だな!」


 何が安心なものか。あれは気の迷いだった。

 やっぱり不安だらけの旅を予感し、ナキは早速頭を抱えた。




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