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プロローグ: 見下ろす場所から

こちらは「エンジェル・フォール!」の番外編となっております。

世界観は同じですが、登場する主人公は別なので、また別の物語として進んでいきます。

本編も読んでいただけたら嬉しいですが、本編を読まずとも楽しめるようにしていきたいと思っておりますので、よろしくお願い致します。


『お元気ですか? 私はいい感じに腐っています』


 この世界の空は、丸いキャンバスに描き出された偽物なのだという。

 本当の空と全く同じ色で、同じ明るさで、そして同じ広さで描かれた景色は、私にとっては本当の空と大きな違いを感じるものでもなくて、ただほんの少しだけ、あの暖かさが懐かしくも感じて、何だかとっても不思議な気持ちになる。

 眩しい絵空事の空の下、私はまっさらな手紙の上に筆を走らせた。

 何処かもの悲しい陽気の中、書き出しで手を止めた手紙と睨めっこ。そんな退屈な私はチューリップの咲く花畑の中心で、ガーデンテーブルを挟んでやってくる今では随分と慣れてきた気配に気付いた。

 

「クサリコ。こんな所で何をやってるの?」

「ご機嫌よう、トイチ君。ちょっとお手紙を書いているの」

「見れば分かるよ。相手は誰?」


 何処かいじけたちくちくとした雰囲気があるけれど、でもちらりとほんのり優しい空気を持った男の子は、ぶすっとした様子で手紙を覗き込んできた。

 彼の本当の名前は分からないけれど、此処ではトイチと呼ばれている。私が今まで見てきた中でもずば抜けて重々しい年季を感じさせつつも、でも子供っぽさも残した不思議な人。

 嫌いでは無い。むしろ好き。

 そんな彼から、私は手紙を隠す必要性も感じずに、恥ずかしげもなく文面を晒した。

 うん? と首を傾げた後に、トイチ君は怪訝な表情を作った。


「……この書き出しはどうかと思うよ?」

「そう? 私は気に入ってるんだけど」

「腐ってるって、何処の挨拶だよ」

「そうかな? まぁ、実際問題私は腐ってるからね」


 ぐっとトイチ君の空気が熱くなるのを感じた。どうやら少し機嫌を損ねてしまったようだ。はぁ、と溜め息をひとつ、ガーデンテーブルの向こう側の椅子に腰掛けて、トイチ君はじろりとした視線を私に突き立てる。


「行き過ぎた自虐は他人も不快にする。クサリコはその位理解してると思ったけど」

「ごめんなさい。お気に召さなかった?」

「ああ、不愉快だね」


 ふと私からトイチ君の視線と意識が逸れたように感じた。

 特に何も無い場所をちらりと伺い、少し喉元で留めた言葉を吟味して、トイチ君はほんの僅かな間だけ黙った。とは言っても、不自然に感じる程の沈黙ではなく、言い淀んだ、と表現する程度の言葉の詰まり。

 言い辛い事なのかな、と私が少し首を傾げて、ようやくトイチ君は溜め込んだ言葉を吐き出した。


「クサリコは、別に腐ってなんかないと……思う」


 照れ臭そうな、それでいて優しい言葉だった。

 私だって、直接触れ合わずとも、少しくらいは人情の機微に触れられる。

 私はトイチ君の手にほんの少しだけ伸ばしかけた指先を引っ込めて、どんな表情で答えたらいいのか分からずに、苦し紛れに小さく笑った。


「ありがとう」

「べ、別に礼を言われるような事は言ってない」

「じゃあ……ごめんね?」

「謝れとも言ってないっ!」


 どうやら余計に怒らせてしまったみたい。『此処』に立ってもまだまだ私は未熟なようだ。

 ほんの少しおかしくなって、やっぱり私はくすりと笑った。


「トイチ君の言葉は嬉しいよ。でもね、私は腐った人間なの。……いや、もう人間ですらないんだっけ?」


 上を見上げて、私は確かめる。人間のものではない、力を込めるとぴょこりと動く白い耳。頭の上から生えたそれは、以前は作り物だったけれど、今では本物になってしまった兎の耳。

 空は偽物になってしまったけれど、呪いのような作り物の兎の耳は本物になってしまった。あまりにも滑稽すぎて、悲しいを通り越して可笑しくなってくる。やっぱり私はくすっと笑った。

 吹き出す様に笑ってしまい、私はうっかり忘れていたトイチ君に意識を戻す。やっぱり不機嫌そう。私は慌てて取り繕う。


「ああ、自虐ではないの。別に私は私が嫌いな訳ではなくて、ただありのままの事実を言っているだけなの」


 今の呪いが頭の上の耳だとしたら、生まれながらの私の呪いは、きっと生まれ持ったこの名前なのだろう。


「私はどうしようもなく腐ったクサリコ。救いようのない腐った子」

「……いや、クサリコの『クサリ』は、じゃらじゃらとした方の『鎖』でしょ。豆腐の『腐り』じゃないよね?」

「確かにね。でも、私のクサリは確かに『腐った』クサリなの。ちょっとややこしいかな?」


 トイチ君は眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた。


「クサリコの言う事は意味が分からない。いや、君自身が何なのか分からない。君が此処に来てからずっと気になってた」


 トイチ君が言わんとしている事は分かった。

 この世界に来てから知った事だったけれど、『私達』の生まれた環境や考え方、生き方は少し普通とは違うらしい。それを教えられた時は少しばかりびっくりしたものだった。忘れかけていた事をふと思い出す。

 兄はそれを理解していたのだろうか?


『ワタシ達はどうしようも無い奇人変人イカレ変態ですヨ』


 楽しげに兄は語っていた。

 私と同じでクズで、クズで、どうしようもないクズで救いようのないクズの兄は。


「うーん。どうしよっか。綺麗に纏めてお話は出来ないけれど……」


 私は手元で踊らせていたペンを置き、指先をトキ君の手の甲にまで伸ばそうとした。

 しかし、思い留まる。

 

「そだ。手紙の宛先も教えてなかったし……じゃあちょっとだけ、自分語りでもしようかな? 思い出しながらだから、だらだらとしたお話になっちゃうかもだけど……嫌?」


 手紙のネタにも困っていたし、少しばかり記憶を辿って、あの頃を思い出してみてもいいかもしれない。トイチ君とも付き合いが浅いけど、これから永くお付き合いする仲だ。私の事を知って貰って、距離を縮めるいい機会だろう。

 ……お話を聞いて貰えればの話だけれど。


「嫌じゃないよ。どうせ仕事のない時は暇だから」


 顔を逸らしたトイチ君の体温がほんの少しだけ上がった。

 懐かしい。

 『あの子』も同じような態度で、同じように暖かくなっていたっけ。

 『あの子』に何処か似ているトイチ君にお話するのなら、たくさんの事を思い返せるかも知れない。


「それじゃ、ちょっぴり思い出の蓋でも開けようかな」


 腐った私の、蓋をしてしまいたくなる腐った人生。


「取るに足らないお話だから、飽きたらいつでも言ってね?」


 意味を成さない赤い瞳をそっと閉じる。見えない景色を閉ざす事に、何の意味もないけれど、私は誰かの物真似をして、記憶を辿るフリをした。


 絵空事の空の下、物語の世界を見下ろし、私は虚構のようだと言われる人生を振り返る。




 ――――それは、天使と呼ばれたとある兄妹の、不思議な世界を旅した記憶





前書きにもありました通り、こちらはメイン執筆中の作品「エンジェル・フォール!」の番外編にあたるお話です。


登場人物にスポットを当てた本編に対して、こちらは世界観に重点を置いて物語を進めていくことになるかと思います。

なので、本編未読の方でも用語などに困らないような進め方をしていく予定です。

本編とはどういう関係に位置する物語なのか? などは次第に分かっていくかも?


本編メインで進めるので、こちらは基本的に不定期更新です。

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