02話:帰りたい
バロック様式、新古典主義に詳しすぎる系JK
明日から働いてもらう
魔王を自称する男はそう言うと、私を部屋に案内して去っていった
ここが今日から私の部屋・・・・・・教室ほどもありそうな広い部屋にいくつかの家具が置いてある。ベッドに机、立派な本棚と箪笥。キッチンまで付いている。
なにかをする気にはなれず、私はそのままベッドに寝転んだ。自分のベッドよりも硬いスプリングがぎしっと押されて軋む。随分の間、使われていないのか布団は埃っぽい臭いがした
ベッドに寝転がってじっとしていたが、頭はさえるばかりで眠気は訪れない。腕時計に目をやると11時48分を指していた。これは朝の11時なのかしら、夜の11時なのかしら。召喚されてからそんなに時間は経っていないと思っているが、窓の外は暗く、満月が夜空に浮かんでいる
赤みかかった月に、男のことを思い出す
私をここに召んだ男のことを・・・・・・
「なんで私なの?」
小さな疑問を口にしながら、ゆっくりと起きあがる
魔王なんていうものにかかわったことはないし、城の管理者なんて勤まるはずもない。だいたい何をすればいいのかもよくわからない
小さい頃、お姫さまになってお城に住みたいと憧れたことはあるけど、その願いを誰かが半分だけ叶えたなんてことあるのかしら? それとも小学生の時にゲームで魔王を倒した報いが今になって返ってきたの? ずいぶん神様って理不尽で仕事が遅いのね
ため息を吐きながら、スカートの皺を手で丁寧に伸ばしていく
朝、起きた時は新しい出会いとこれからの期待に胸がどきどきしていたのに、今は起きた奇妙な出会いとこれからの不安に心臓がどきどきしている
ジジッ、唯一の光源である燭台がベッドチェストの上で焦げた音を立てる。あまりいい材料を使っていないみたい
そういえば、しっかりと見てはいなかったけど、あの最初に召喚された場所も通ってきた通路もずいぶんと古めかしい作りの建物だった
この部屋だってそうだ。壁は平積みの赤レンガに、陣切の窓台とアーキトレーヴ。間隔の狭い柱に部屋を中央で区切るバットレス
古い城を大切に使っているのか、それとも金持ちの道楽で湯水のように金を使って建てたのだろうか。まさかあやしげな魔法で過去にタイムスリップしたわけないわよね
ベッドから降りると、窓まで歩いて行って外になにか見えないか目を凝らす
月が出ているおかげでわずかに明るいがそれでも暗がりの中、ほとんど何もわからない。せいぜいここが一階で、外に木が植わっているぐらい
カーテンをかけてしまえば、それもすべて見えなくなった
振り返ると、さっきまで寝ころんでいたベッドの上に鞄が置かれている
高校に何を持っていけばいいのかわからなくて、筆記用具とスケジュール帳を詰めた鞄。学校指定の革の学生鞄に青色のスクールバック。教科書すら入っていないピカピカの鞄
そういえば、今日の帰りにお母さんとケータイを買いに行く約束だったのに・・・・・・。今頃、私がいないこと心配してるのかな
私の持ち物は着ている制服。それにお父さんが入学祝いに買ってくれた可愛いピンクの文字盤の腕時計と鞄が二つ
学生鞄を開ければ、入学のしおりが入っていた。入学式の流れとか部活の勧誘記事が書いてあった。本当だったら、9時前には学校について、それで入学式に出て、教科書買って、割り振られた教室で席の近い子と仲良くなれるかなって緊張しながら自己紹介を交わして、お昼ごはん食べて、それで教科書重~いって文句言いながらお母さんと帰って……
きっと晩ごはんはいつものお決まりの巻き寿司なんだろうなぁ。きゅうりばっか残ってお父さんがそれをツマミにしながら野球観て、ご飯が足りなくなって最後は海苔を半分にしてみたり、弟は巻くのが下手ですぐにご飯とか具とかこぼして・・・・・・
小さくお腹がくぅ、って鳴いた
こんな環境に陥ってもお腹はすくんだ
のろのろとした動きでスクール鞄を開けると、中からお弁当を取り出す
ウサギが描かれた巾着袋は小学校の時に使ってたやつだ。子供っぽいからやめてって言ったのに、これしかないからって持たされたやつ
もう高校生だから手伝うって言って、がんばって握ったおにぎり。不格好な三角形で、口にいれる前から崩れてしまった。中身は梅干しと若菜
甘い卵焼き。チューリップの唐揚げに、おかかが和えてあるブロッコリーとプチトマト。デザートにオレンジもついてる
私の好きなおかずばっか
お母さんがきっと好きなものを選んでいれてくれたんだ
「・・・・・・帰りたいよう」
一度、泣きだしてしまったらもう止まらなかった。子供みたいにおかあさん、おとうさんと泣きながら、それでもがんばってご飯を食べた。きっと明日からはきつい現実が待っているから
お母さんの作ってくれたお弁当は、泣きながら食べてもやっぱり美味しかった
私は最後の一粒まで残さずに食べると、部屋についていたキッチンでしっかりと洗ってから、布団にもぐりこんだ
首に手をやると指先には無情な首輪の感触
夢はなにもみなかった