01話:召喚先は魔王城!?
召喚先イメージ:ロンドン・旧聖ポール大聖堂
私、加藤 春香。16歳
この春からめでたく女子高校生になりました。可愛い制服に目を奪われて以来、中学の先生にも両親にも無理だって言われた難関高校目指して猛勉強をして、見事、憧れのA高校に合格できました!
合格発表で自分の受験番号をみたときには思わず夢かと思って、頬をつねっちゃいました。でも痛いほっぺのおかげで、現実だってわかって喜びのあがり飛び上がってしまって、周りの人に笑われてしまってすごく恥ずかしかったなぁ
そんなことを考えながら私は桜並木の登校路を歩いていた。私の名前でもある春の香りが、風と一緒に辺りを包んで、まるでピンク色の道を歩いているみたい
嬉しさに緩むほほを押さえながら、くるりと一回転すれば、憧れていた赤いチェックのプリーツスカートがふわりと膨らんだ
さあ、学校に行かなくちゃ!
高校ではどんなことがあるんだろう? 部活はなにに入ろうかな? 友達たくさんできるかな? ・・・・・・カレシとかできちゃったりするのかな?
浮かれた気分でろくに足元もみたいで踏み出した一歩は、地面にぽっかりと空いた穴に踏み出され、春香はそのまま、穴に落ちていった
人を一人飲みこんだ穴は、まるで夢か幻のように消えた
「きゃあああああっ!」
スカートがめくれるのも気にせず、口から悲鳴が漏れる。私は今、真っ暗な穴の中を一直線に落っこちていた
なんで? どうして?
そんな疑問ばかり頭の中を駆け巡って、走馬燈の一つも回らない。ただ落ちている恐怖に悲鳴をあげるばかり
どこまで落ちるのかわからないまま、落ち続けているとやがて落ちていく先が明るくなっているのに気が付いた。もしかして、私ってば落ち過ぎて地球の反対側に出ちゃうのかしら?
春香は徐々に明るくなる光に、ぎゅっと目を閉じた
「きゃっ」
思っていたよりも軽い衝撃に短い悲鳴が出た。ずーっと落ちてきたはずなのに、お気に入りのクッションから転げたくらいの痛さしかなかったのが不思議だった
「ふむ、・・・・・・人間か」
ぎゅっと目をつむったまま床に寝転がる私の耳に誰かの声が聞こえた。誰だろう、聞いたことのない声。若そうなのにすごく落ち着いてて、パニック気味な脳みそにもしっかりと届いて、耳に残る響きの、男の人の声
私は声の主を確かめようと、ゆっくりと眼を開けた。まず映るのはぼんやりとしたオレンジの光に照らしだされた木の床。学校の床みたいに小さな木の欠片がたくさん敷き詰められて星模様のモザイクを作ってて、すごく高そう
ここはいったいどこなんだろう。さっきまで私は桜並木の中を歩いていたのに、なんで室内にいるの?
不安に鞄を抱きしめながら、上半身を起こして声の聞こえてきた方を向く
そこには、上から下まで黒尽くめの服を着た青年が立っていた
少し青っぽい黒髪に真っ白な肌、目はガーネットみたいに真っ赤。カラコンでも入れてるのかしら? お人形さんみたいに整った顔は、大好きな少女漫画のどんなヒーローよりもカッコ良かった。普通ならマントをつけてる人なんて変な人にしかみえないのに、彼がしているとファンタジー映画の登場人物みたいでばっちり似あっていた
「あなたは?」
落ちてきたドキドキとカッコイイ人を前にしたドキドキが混ざって、もう心臓が口から出ちゃいそうっ
なんか変なトコはないかなって、あわててちゃんと正座に座り直して、乱れた髪を手櫛で整える
相手の答えを待ちながら、ちょっと辺りを失礼にならない程度に見回してみる。まるでお城みたいに高い天井に横断アーチを描く立派な石柱。ジャリが重なるアーケードの上にはギャラリーが広がっていて、アーチボルトの奥に窓があるのが見える。窓の外は夜のように真っ暗だった
そういえばこの部屋はずいぶんと暗い。辺りを照らすのは壁にあつらえられた燭台の灯りだけ。本当にここはドコなの?
「我は魔王。お前を召喚した者」
疑問でぐるぐるな頭にイケメンさんの声が届く。まおう? 召喚? この人はなにを言ってるのかしら
どんなリアクションを取ればいいのかわからず、ぽかんと自称魔王さまを見上げていると、彼はマントに隠れていた右腕を持ち上げた。その手には男の瞳によく似た色の赤いリングがあった
「あ、あの・・・・・・わたし、」
言葉は続かなかった。まるで手品みたいに空中に浮いたリングは、私の頭の上まで来たかと思うとくるくると回りだした。すっぽりかぶれば首まで通ってしまいそうなリングがいったいマントのどこにしまわれていたのだろう
「名は?」
「私の名前? 加藤春香、ですけど」
【我、チャンダルル・ハイレディン・パジャが告げる】
青年が不思議な響きのする音の羅列を口にする。笛の音に似た母音だけで連ねられた言葉が朗々と広い室内に響く。知らない言葉なのに、なぜか意味がわかる
言葉が重ねられるうちに、くるくると天使の輪みたいに頭上で回っていたリングが下りてきた。それの動きを眼で追う。間近でみるリングは赤いガラスを固めればこんな風になるんだろうという、艶やかな光を放っている。だけど蝋燭の光に反射するそれは、ガラスではありえない深い色と品があった。血のような赤はパイロープにもルビーにも見える。だけど、まさかここまで大きな宝石があるはずはないので、イミテーションか合成、よくてエンハンスされたスピネルだろう
リングは目線よりも少し下、ちょうど首のあたりで下がるのをやめた。そこに位置にいられるとなんだか首がざわざわして落ち着かない気分がする
【加藤春香を我が城の管理者に】
「え、私っ!?」
私の名前を呼ばれると同時にリングが赤く光りだした。戸惑って立ち上がろうとした瞬間、リングはきゅっと縮み、首に巻き付いた。ガラス光沢に冷たい感触だと思っていたが、肌に触れたリングはほんのりと温かかった
首筋に手を伸ばせば、指二本分の太さの薄い輪がぐるりと首を一周しているのがわかった。これってつまりは首輪・・・?
「これ、なんなのよ!」
外れないかと、ひっぱったりしてみたけど、ゴムみたいにやわらかく肌に張り付いて首の動きに合わせて形を変えるくせに、一寸たりとも肌から離れない
首輪をはずすのを諦めると、立ち上がって男を強く睨みつける
うう、立ち上がって自分と比べてみると結構相手の背が高くて、黙ってても威圧感があって負けそう。でも、なんの説明もなしに召喚?なんかして、首輪をつけたことは許さないんだから。それに早く帰らないと、学校に遅刻しちゃうじゃない!
「はやくコレをとって、私を元の場所に帰してよ!」
入学式から遅刻なんてみんなに笑われちゃうじゃないの!
「契約により、そちらの時間で10年は帰れない」
「10年って、なによそれ。私はそんな契約しらない!」
「契約はすでになされた」
初めは落ち着いているように聞こえた男の声。どこまでも平坦な感情のない声は冷たかった
そして、私は魔王城のたった一人のメイドになったのだった