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「あのね、ミーナ。
考えて来たんだけど・・・」
「あ、その前に私もお知らせしたいことがあるんですけど・・・」
夕食の片づけをしながら口を開いた院長が、何を言おうとしているのか察した私は、咄嗟に言葉を遮った。
遮られた院長は、トレーに食器を載せていた手を止めて口を噤む。
わずかに眉間にしわを寄せる仕草は、シュウとよく似ている。
一緒に過ごす時間を重ねていくごとに、彼と院長の間に繋がるものが見つかって嬉しい。
けれど、今は彼女の眉間にしわを作っているのが自分だと思うと、少し申し訳ない気持ちになってしまう。
私は急いで言葉を続けた。
「赤ちゃん、男の子でした」
キッチンからは、シュウが食器を洗う音が聞こえてくる。
彼は耳がいいから、もしかしたら水の音の合間に私達の会話を聞いているかも知れない。
そんなことを考えながら院長の顔色を窺った私は、彼女がぽかんと口を開けたまま固まっていることに気がついた。
「あの、あの・・・?」
慌てて目の前で手を振ると、院長が何度か瞬きをする。
「・・・男の子・・・」
「・・・もしかして、女の子が良かったとか・・・?」
呆然と言葉を繰り返す彼女を見て、胸の底の方に暗いものが落ちてきた。
想像を自分で呟いて、なんだか胸が苦しくなる。
勝手に傷ついた私は、院長の口から出てこようとしている言葉が怖くなって俯いてしまう。
すると同時に、ふんわりと優しく柔らかい香水の匂いに包まれた。
院長の腕が横から伸びて、私を抱きしめている。
「ごめんなさいミーナ。違うのよ。
ちょっと、びっくりして・・・」
囁きに、こくんと頷く。
そして、ちらりと横目に院長の顔を窺う。
初めて会った時よりも、目じりのしわが増えた気のする彼女は、ほんのりと微笑みを浮かべたまま、目を伏せていた。
「そう、男の子なのね。
性別が分かるくらいだから、予定日も近いということなのかしら・・・」
「えっと、それはまだ・・・。
次の検診で、聞いてみますけど・・・」
「入院の準備もしなくてはいけないから、分かるなら早めに知っておいた方がいいわ。
あとは・・・」
院長の穏やかな声に、本当にがっかりされているわけではなさそうだ、と思えた私は、胸を撫で下ろして頷いていた。
そして、私を抱きしめている腕がそわそわと落ち着きを失っていくのを感じ取って、私は思わず声を漏らす。
「・・・え?」
思わず声を漏らすと、私の心配をよそに、彼女は楽しそうに声を弾ませた。
「名前よね!」
「楽しそうですね」
いつまでたっても追加の食器がこないからなのか、シュウがやって来た。
彼はちらりと私と院長を一瞥して、目を伏せる。
「・・・あなた、知ってたのね?
お腹の子が、男の子だっていうこと」
いくらか鋭い視線を彼に向けた院長が言い放って、彼は苦笑した。
「・・・父親ですから」
「どうして黙っていたの?
のけ者にするなんて、ひどいわ」
何の話なのだろうと様子を見ていると、ふいに彼が手を伸ばした。
食器を載せたままになっていたトレーを引き寄せた彼は、その大きな手で次々にテーブルに残っていたお皿を回収していく。
一瞬の沈黙を、お皿同士がぶつかる音が埋めた。
「のけ者になど。
アッシュにもジェイドにも、リアにすら教えていませんよ」
ため息混じりに彼がそう言ったのを聞いて、やっと私は事態が飲み込めた気がした。
少女のような院長は、自分がその他大勢と同列になってしまったと思いこんでいるのだろう。
「そうそう。今のところ知ってるのは、私達だけです。
ちなみに1番に聞いたのは私で、検診に付き添ってくれた彼が、2番目です。
だから、お、お母さまは、3番目ってことで・・・」
「ミーナ!」
シュウが責められる理由もないだろうと、彼を援護した私を、院長が目つきを強めて見つめる。
矢のように飛んできた声が、彼女の感情が昂ぶっていることを知らせていた。
私は肩をびくつかせて、目だけで返事をする。
何も悪いことはしていないと思うのに、院長がいつもと違う声音になると、つい上目遣いに顔色を窺いたくなってしまうのだ。
すると、院長は硬直した私の手をがしっと取った。
「もう1度呼んでちょうだい」
そう言って期待感に目をキラキラさせる院長に若干、いや、一歩退いてしまった私の肩を、後ろから彼が支える。
仰ぎ見れば、そこには色違いになった瞳が楽しそうに弧を描いていて、彼が面白がって私を見下ろしているのが分かった。
話の向かう先が変わる予感に、機嫌がよろしいようだ。
そんな2人に追い詰められている気分になった私は、恥ずかしさを堪えて口を開く。
彼の傍に戻って来てからというもの、院長のことを“お母さま”と呼べるようになろうと、努力しているところなのだ。
例えば今日のように、よく分からない理由で彼が責められたりした時に、機嫌を取るつもりもあって呼ぶようにしているのだけれど。
・・・やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
・・・こんな呼び方、絵本の中でしか見たことも聞いたこともない。
「・・・ぅ・・・ぉ、お母さま」
火が出ているのではないかと思うほど、顔が熱くなっているのを我慢して囁くと、院長はそれはそれは嬉しそうに頬を押さえてから私を抱きしめた。
・・・子どもが生まれたら、矛先は私じゃなくなるんだろうか。
こぽこぽ、と温かい音を立てて、シュウが目の前でお茶を淹れてくれる。
今日のお茶菓子は、つばきが働いているミエル焼き菓子店で人気のカップケーキだ。
ヨーグルト風味のクリームの上に、ちょこん、とレモンの輪切りの砂糖漬けが飾りつけられている。スポンジの部分には、レモンの皮のすりおろしが入っているそうだ。ハチミツの優しい甘さと、絶妙なバランスで香り付けされているから、しつこくなくて食べやすい。
悪阻の酷い期間を通過中だった時の私のために、シュウが買ってきてくれたのが最初だった。
本当は夏季限定のものらしいけれど、彼のお願いをミエルさんが快く聞き届けてくれて、私は頻繁にこれを食べることが出来ている。
カップケーキの思い出を振り返っていると、院長が息を吐く気配がした。
視線を遣ると、彼女がカップケーキを見つめて息を吐いている。
「これが、リアちゃんの働いてるお店のお菓子なのね?」
「はい。
美味しそうでしょう?」
小さなお皿にカップケーキを取り分けて、院長の前に差し出す。
一応ケーキ用の小ぶりのフォークを用意していた私は、それも一緒に載せるべきか、一瞬躊躇して手を止めた。
すると、院長がカップケーキの載ったお皿を引き寄せて、悪戯っぽく微笑んだ。
ソファに背を預けているその姿は、とても優雅で、秘密の話をされているような気持ちになる。
「手づかみで、かぶり付いてもいいかしら。
・・・ちょっとお行儀が悪いけれど、見逃してね?」
院長らしい発言に、カップをそれぞれの前に差し出していた彼が鼻で笑う。
「どうぞ、お好きなように」
「棘のある言い方ねぇ・・・」
呆れたように呟いた彼女を一瞥した彼が、肩を竦めて私の隣に腰掛ける。
彼の側が沈み込み、重心が傾いた私の背中を太い腕が通り過ぎて、腰を支えてくれた。
母親の前でも、私に触れることを恥ずかしがらない彼は、いつもの不遜にも思える仕草で足を組み、ソファに沈み込む。
「・・・シュウ・・・?」
私は彼の表情を窺うようにして見上げて、囁いた。
夕食の片づけをしている時にも一瞬感じたけれど、今日の彼はやたらと院長につっかかるような気がするのだ。
すると、彼は私の視線には気付かない振りをして、院長を見据えた。
「母上、」
どこか剣呑な光が、その目に灯ったような気がして、私は息を飲む。
久しぶりに院長がお泊りをしている夜。和やかな夕食に、食後のデザート。私が望んでいるのは、そんな何でもない時間なのだけれど・・・。
「女の子が良かったと、言いましたか」
「え?」
どんな言葉が飛び出るのかと思っていた私は、思わず声を漏らしてしまった。
同じように、少なからず驚いたらしい院長が、きょとんとしている。
そして、ややあってから噴き出した。
「・・・だからさっきから、何だか冷たかったのね?」
「違うのですか」
「そんなことあるわけないでしょうに・・・。
急に言われて、驚いてしまっただけです」
苦笑しながら否定する院長は、どこか楽しそうだ。
私は、とりあえず険悪な雰囲気が壊れたことを感じ取って、ほっと息を吐く。
「エル、あなたって人は本当に・・・本当に、あの人に似てきたわねぇ・・・」
「あの人?」
しみじみと、苦笑混じりに呟いた院長が、私の言葉に頷いて教えてくれる。
ちらりと視線を遣れば、彼が苦虫を噛み潰したような顔をして、明後日の方を向いていた。
そういうところが可愛い、と思ってしまうことは、本人には内緒にしておくことにする。
「エルの父親よ。
・・・私の夫ね」
「ああ・・・お父さまですか・・・」
反射的にそう呼んだ私を、院長は目を細めて見つめた。
そして頬を押さえて、ほぅ、とため息を吐く。
「生きていればねぇ・・・。
彼も娘を欲しがっていたから、ミーナのこと溺愛したでしょうけれど」
「で、溺愛ですか・・・」
何かを回想しているらしい院長は、私が思わず漏らした呟きには気づいていないらしい。
どこか遠くを見つめて、息を吐いていた。
その後に仕切りなおして食後のお茶と、レモンのカップケーキを3人でいただいた。
院長に食べさせてあげたかった気持ちが落ち着いて、彼と目を合わせて微笑んで。
美味しいと言ってくれるのを聞いてから、レモンの蜂蜜漬けを口に入れて、その香りごと飲み下した私は、何だか切ない気持ちになった。
きっと、蜂蜜漬けの皮の部分が、ほろ苦かったからだ。
かちゃ、とドアが控えめに音を立てて開いた。
「・・・待たせたか」
少し開けたドアから獣のように、しなやかに体を滑り込ませたシュウが囁く。
私は天窓から入る月明かりの下で、ゆっくりとストレッチをしているところだ。
「ううん、大丈夫。
体伸ばして、寝る準備してたとこ」
手を組んで天井に向けて、伸びをしながら返事をする。
これをすると、張っている肩や背中が気持ちいい。
歩幅の広い彼は、すぐにベッドに辿りついて、私の隣に腰を下ろした。
端の部屋で眠る院長に聞こえないよう、声を落として囁いた私に、彼は眉間にしわを寄せた。
「大丈夫なのか?」
「・・・こうしてから寝るとね、赤ちゃんもよく眠れるみたいだから」
言葉を選びながら言うと、彼はため息混じりに頷いてくれる。
「そういうことなら、やめろとは言わないが・・・。
無理はするなよ」
「ん、気をつける」
木々が色づく手前の夜はとても静かだから、些細な物音がよく聞こえる。
ドアが開く音だけでなく、例えば彼の吐息の気配も。
伸ばしていた手を元に戻した私に、彼が手を伸ばした。
「・・・あの人の言葉に、傷ついていたりはしないか?」
そっと、言葉を置くように尋ねた彼は、私のずいぶん伸びた髪を撫でようとして、手を止める。
そして、鏡台に何かを取りに行った。
私は彼の背中に、声をかける。
「全然・・・最初は、がっかりされたのかと思ったけど・・・。
でも、病院でシュウに話した時も、似たような反応してたよね?」
「・・・それは・・・」
再びベッドに腰掛けた彼が、持って来たブラシで私の髪を梳きながら、言葉を紡ぐ。
彼の手が髪に触れて、流れるように上から下へと落ちていくのを感じて、私は目を閉じる。
触れられるだけでも十分なのに、すぐ傍でバリトンの声が囁くのを聞いていると、とんでもなく心地良い。
このまま眠ってしまいそうだ。
「突然知らされたからな・・・驚いて言葉が出なかっただけだ」
照れているのか、少し不満なのか。
いくらか早口になった彼に、私は小さく笑う。
「うん、分かってる。
だから、院長のことも心配しないで」
自分のことが出されてバツが悪いのか、彼が小さく息を吐いて黙り込む。
その間も、髪を梳かし終わった手は、私の肩に降りてきて、やんわりマッサージをしてくれる。
それがまた気持ち良くて、思わず目を閉じてしまった。
「・・・なんか、私よりシュウの方が過敏になってて・・・変なの」
「悪かったな」
間髪入れず不機嫌な声が飛んできて、私は目を閉じたまま「ごめん」と囁く。
すると、背後で小さく鼻を鳴らす気配がした。
「そういえば、」
「・・・うん?」
あまりの気持ちよさに、一瞬意識が飛んだ私は我に返る。
彼は、そんな私に気づいているのかいないのか、そっと囁いた。
「離宮での昼食会、許可がおりた」
そのひと言に、私は彼を振り返る。
すると、楽しそうに細められた瞳が、私を見下ろしていた。
緩んだ意識に飛び込んでこられると、その甘さに腰の辺りがむず痒くなって仕方ない。
私が耐えきれずに身じろぎすると、彼の腕が肩から離れて、後ろから私を抱きこんだ。
身じろぎすらさせてもらえない私は、むず痒さを持て余してしまう。
「いつでもいいそうだが・・・離宮の桜の具合を見てから、日にちを決めるか」
「ん・・・」
こくりと頷いた私の後頭部で、ちゅ、と音がした。
それが口づけだと分かった私は、思わず彼に背中を預けて口元に人差し指を当てる。
・・・院長に聞こえたら、恥ずかしすぎる。
聞こえるはずもないのだけれど、彼女は何でもお見通しなところがあるのだ。油断ならない。
すると、彼はそんな私を鼻で笑って、腕を伸ばした。
「よ、・・・っと・・・。
また重くなったんじゃないか?」
軽々持ち上げるくせに、わざと重そうな表現をする彼の胸を、私は軽く叩く。
「それは責任の重さです!」
とん、と手に返ってくる感触に意識が向いている間にも、彼は私の膝を掬って横抱きに抱え直し、膨らんだお腹に手を添えた。
普段は、手が触れないように気をつけている節すらあるのに、珍しいことだ。
恐る恐る、けれどその神妙な様子に、もしかしたら何か意味があるのかと見守っていると、ふいに彼が口を開いた。
「先に、謝っておいた」
「・・・誰に?」
彼が突拍子もないことを言うことは、たまにある。
けれど、ずっと一緒にいる私ですら、彼が何を指してどういうことを言いたいのか、察することが出来ない時が、ごくまれにある。
今は、そのごくまれな時だ。
問いかけに、彼は何も言わずに私の頬を撫でた。
天窓から差し込む月明かりが、色違いの瞳をほんのり照らす。
謝ったと言う割に、甘さが滲む視線に晒された私は、なんだか気恥かしくて俯こうとするけれど、彼の手がそれを許してはくれなかった。
視線を逸らすことすら出来ない私は、根負けして、何かを湛えた彼の瞳を見つめる。
「お腹の子に」
言葉を紡ぐ間にも、彼の指先が頬の上を、さわさわと行ったり来たり。
それに気を取られつつも、答えをもらっても、何が何だか分からない私は、戸惑いながらも言葉を紡いだ。
「・・・えっと・・・?」
私の言葉は届いているはずなのに、彼は目を細めて顔を近づけてくる。
月明かりが彼の前髪に当たって、影を作った。
そして、触れるか触れないかというところまで来た唇が、ほんの少し開く。
吐息が鼻先に触れた途端、私は見えない力に引き寄せられるようにして、彼に口付けていた。
それはほんの一瞬で、唇が離れたのと同時に、しんと静まり返った寝室に、お互いの吐息の漏れる音が響く。
絶対に私達にしか聞こえないと分かっているのに、とんでもなく恥ずかしい。
こんなに大きいお腹を抱えて、艶っぽく温い空気の中に身を置いていることに、罪悪感に似た気持ちにもなってしまう。
けれど私は、どうしても彼に触れたくなって手を伸ばした。
もっと、と思う感情が血管を通って、体を勝手に動かしているような、そんな感覚に陥る。
どうやら一度口付けてしまったのが悪かったらしい。
そうして触れた彼の前髪は、シャワーを浴びてしっとり濡れていた。
そのまま、見た目よりも柔らかい頬を撫でた私の手首を、彼の大きな手が掴む。
「ミナ」
短く私の名を呼んだ彼が、掴んだ手首に唇をつけた。
その目は私を見たまま、じっと動かない。
久しぶりに色気が駄々漏れな彼を目の当たりにした私は、鼓動が速まるのを感じていた。
「・・・なあに・・・?」
聞こえるか聞こえないかという私の囁きに、彼が目を細めた。
手首に触れたままの唇が、ゆっくり開く。
「今だけでいい、」
びりびり、と触れた所から電流が走る。掴まれた手首が熱い。
そして彼の瞳の中に何かが燻っているのを垣間見てしまった私は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「俺のことだけ、考えていてくれるか・・・」
色気に溢れたそのひと言に飲まれた私は、気圧されるように頷く。
すると、彼が眉をひそめた。
何かに耐えるような、苦悶の表情に似ているものが、その顔に浮かぶ。
「生まれたら、ミナは俺だけのものじゃなくなる」
「そ、そう、かなぁ・・・」
もうすでに、私は赤ちゃんと一心同体だと思う・・・とは言えず、私は小首を傾げる。
もしかして、彼は寂しいのだろうか。
口では喜んで、父親らしく振舞っているけれど。
そんな子どもみたいな・・・と呆れてしまいそうになるけれど、男の人は子どもが生まれてから親になる、と誰かが言っていたような気もする。
記憶を手繰り寄せた私は、いざ生まれれば彼もそんなことを言わなくなるだろう、と勝手に納得することにした。
そんな私の心の中を露程も知らない彼は、掴んでいた手首を離して、別の所に触れた。
「だから今だけ、」
下からやんわり押し上げられた胸が、ぷにょん、と形を変える。
本人が真剣な表情で、あまりに自然に触れるから、抗議の声を上げる間もなかった。
「俺のものだ」
「それなら、シュウは今だけじゃなくて、ずっと私のものでいて」
さらに強く断定されてしまった私が、ふと思い出したことを口にした刹那、彼が楽しそうに目を細めて頷く。
「ああ」
「ほんと・・・?」
「ああ」
胸の柔らかさを確かめるように蠢く手をそのままに、彼が言葉を紡ごうとした私の唇を塞いだ。
もう少しで形を成しそうだった言葉が、吐息に変わる。
その夜は、彼と唇がひりひりするまで、院長の部屋のことなど意識から抜け落ちてしまうくらいまで触れ合った。
けれど、昼間チェルニー様から聞いた話が、ずっと心の底を漂っていて。
吐息の合間に、うわ言になって不安が飛び出てしまわないよう、声を押し殺していた。
そして、翌日から私は、日記をつけ始めた。
栞代わりの、遺書めいた手紙を挟むために。
私の独占欲も、大概だ。