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苦手になったはずの肉料理を完食した私は、満腹になった途端に眠くなってしまった。

あまりに眠くて動けなくなった私は、シュウにお風呂に入れて貰ったらしく・・・残念ながらその辺りの記憶が一切残されていなかった・・・気づいた時には、朝を迎えていたのだった。

朝といっても、かろうじて、の朝だ。

太陽が高い所に昇って、それでも起きてこない私を心配したらしい彼に、そっと揺り起こされての目覚めだった。


それにしても、あれだけ眠りこけたのは久しぶりだ。

もしかしたら、生まれて初めてというくらい。






淡いピンク色に染まった木々、ひらひらと舞い散る花びら。

とても綺麗で、見惚れた私はただため息を吐いた。

「お前は座っていろ」

シュウが芝生に布を敷いてくれる。

・・・この上に、ということらしい。

「ん、ありがと。

 よい、しょ・・・っと・・・」

私はお礼を言って、ゆっくりと腰を下ろして足を投げ出した。

ふぅ、と息をついた途端に、ぎゅぅぅ、とお腹の底の方が痛んだ。

「・・・はぁ・・・」

小さな痛みを、顔をしかめ息を詰めてやり過ごした私は、そっと顔を上げる。

するとその目の前を、トンボがすーっと横切っていった。

トンボの動きを目で追っていた私は、向こうから誰かが近づいてくるのに気づく。

目を凝らした私は、だんだんはっきりしてきたシルエットに手を振った。


「キレイだねぇ~」

手を振り返してやって来たつばきが、桜の木々を見上げて言う。

「うん。

 ・・・つばきは、初めて見るんだよね?」

私と同じく妊婦さんになった従姉妹のために、体を少しずらして隣に場所を作る。

つばきは、しばらく桜の花に見入った後、私の隣に腰を下ろした。

「初めて・・・てゆうか、こっちのは秋に花が咲くんだ・・・」

「そうみたい。

 ・・・こっちのは、ぱっと咲いてぱっと散る、ってわけじゃないみたいだけどね」

肩を並べた従姉妹は、へぇ、と短く相槌を打った。

こちらの桜は、開花期間が割と長い。今はちらちらと花びらが舞っているけれど、これが数日間続いて、ある時花ごと落ち始めるらしい。

刹那の美しさ、儚さはないけれど、見た目は立派に桜そのものだ。

だから、つばきが見入るのも分かる。

私は、彼女の髪を眺めて口を開いた。

薄茶の髪は綺麗に結いあげられていて、赤い花を模した髪留めが飾られている。

「そういえば、昨日小耳に挟んだんだけど。

 つばき、ジェイドさんの髪で結い上げの練習するんだって?」

「・・・もー、ジェイドさんが喋ったの?」

彼女は苦笑して、小首を傾げた。

「女の子が生まれたら、髪を結いあげるでしょ?

 そしたら、私ママなのに出来ないなーって」

ぷち、と音がする。

見遣れば、彼女が草をむしるところだった。

手にした草を弄びながら、つばきは続ける。

「そしたらジェイドさんが“実は髪伸ばしてたんですよね”とか言っちゃって。

 ・・・前々から、練習させなくちゃって思ってたみたい」

「気長な計画だね」

噴き出したいのを堪えて呟くと、彼女が頷いて手にした草を放り投げて、声を上げた。

「だよねぇ・・・あ、」

「うん?」

表情を明るくさせた彼女の視線の先を辿った私は、内心で首を傾げた。


「元気?」

近寄ってきた青年に、つばきが話しかける。

青年はつばきの目の前で立ち止まると、肩を竦めて口角を上げた。

「まぁ、そこそこね」

ぞんざいな口調なのに、その表情はどこか温かい。

あまりじろじろ見るのも失礼だけれど、じっと見ていたいくらいに男前だ。

それに、有無を言わせない、可笑しな説得力のある雰囲気は誰かに似ている気が・・・。

記憶の中から似ている人を見つけようとしている私をよそに、2人は会話を始めた。

「ジェイドさんから聞いたよ。

 頑張ってるんだって?」

「んー、まあ、リアに褒めてもらえるくらいには頑張ってる。・・・つもり」

「・・・謙虚だね」

ずいぶん仲良しらしい2人を眺めていた私は、結局彼が誰に似ているのかが思い出せなくて、つばきの肩をつつく。

すると彼女は、くすくす笑いをやめて私を振り返った。

「あ、ごめんね。

 えーっと・・・」

ちらりと視線を寄越したつばきに、彼は頷いて膝をつく。

そして、私と同じ目線になった彼は、静かな口調で言った。

「初めましてじゃ、ないんですけど。

 ・・・どうも、オーディエです」

「えっ?」

男前な彼の自己紹介に、私の思考回路が固まる。

綺麗な瞳に、何かが吸い込まれてしまいそうだ。

・・・オーディエなんて人、私の知っている中には1人しかいないのだけれど・・・。

「えっとね、ディー。 

 私の従姉妹の、」

「うん、知ってるよ。

 親父の従兄弟のシュバリエルガの奥さんの、ミーナさん・・・ですよね?」

固まった私を見兼ねたつばきの言葉を遮った彼は、見事に私のことを言い当てる。

・・・ということは、ということなの・・・?

心の中で呟いた私に気づいているのか、オーディエと名乗った青年は、にっこり微笑んだ。

「あなたとは、一度だけお目にかかったことがあります。

 いつかの、夏の食事会で。

 ・・・と言っても、俺はほとんど輪に入らなかったので覚えてないかも知れないけど」

「じゃあ、やっぱり皇子さま・・・?」

怖々尋ねた私に、彼はやはり微笑んで頷いた。

噂の皇子さまを目の前に、思いのほか動揺してしまう。

「最初は、皇子“さま”って感じじゃなかったけどね」

「あー・・・それは、ごめん」

つばきの気安い台詞に、皇子さまが頭を垂れる。

この2人の力関係は、一体どうなっているのだろうか・・・。

そんなことを思っていると、思い出したようにつばきが言った。

「そういえばディー、体は大丈夫なの?

 ほら、私もお姉ちゃんも・・・」

「ああ、うん。もう全然何ともない」

「そっか、良かったね」

「おかげさまでね」

訝しげに2人を眺める私のことは、あまり眼中にないらしい。

つばきは遠慮がちに尋ねて、それに皇子さまも複雑そうな顔をして答えて。

その言葉を聞いた彼女は、眩しいものを見るように目を細めて、私の知らない顔をした。

私が妹のように思っている女の子も、いつの間にか大人になっていたらしい。

私がそうだったのと、同じように。



それから、ひと休みした私はシュウを手伝って、皆を迎える準備をした。

もちろんつばきも、皇子さまも一緒だ。

4人で大きな布の上に、家から持って来たお弁当を広げる。

一応身内だと思われる人達には、ひと通り声をかけたから、おそらくもう集まり始める頃だ。

つばき曰く、ジェイドさんも仕事が落ち着いたら、お昼の休憩のつもりで来るそうだ。

陛下達の動きは分からないけれど、きっとそのうち顔を出すだろう。

敷物の上には、唐揚げやポテトサラダ、野菜の肉巻きなどが詰め込まれている大きなお弁当箱もどきが置かれた。

さらに瓶の中には、串に刺した胡瓜をまるごと浅漬けにしたものが入っている。

シュウとつばきのリクエストで作ったおかずばかりで、皆さんの口に合うのかは不明だけれど。

「おい、オーディエ」

お弁当の準備が終わって、ひと段落・・・という時になって、シュウが皇子さまを呼んだ。

「何?」

応えた皇子さまは、唐揚げを1つ摘まむ。

・・・ちなみに、もう食べていいだなんて、誰も言っていない。

私が昨日漬け込んで味をしみ込ませた唐揚げを口にした彼は、「おー・・・」と目をわずかに見開いて感嘆の声を上げた。

・・・仕方ない。許すか。

ちらりとシュウに視線を投げると、彼は皇子さまの反応が悪くなかったのか、どこか自慢気な表情を浮かべて鼻を鳴らしていた。

けれど、再び唐揚げに伸びた皇子さまの手を、つばきが思い切り叩く。

手を叩かれた皇子さまは、一瞬恨みがましそうに彼女を見たけれど、それだけだった。

どうやら「皆で食べるの。もうちょっと我慢」とつばきに言われて、抗議の声を上げられなかったらしい。

・・・本当に、この2人の力関係はどうなっているのだろうか。

・・・つばき、皇子さまに強気に出て大丈夫なのだろうか。

そんなことを私が考えていると、同じように2人のやり取りを見ていたシュウが口を開いた。

「手伝いは嬉しいが、お前、仕事は?」

「こっちを手伝え、って」

「そうか」

私の背後に腰を落ち着けた彼は、皇子さまの言葉に相槌を打つ。

そして、私の肩を掴むと、おもむろに引き寄せた。

「寄りかかっていろ」

お腹が大きいと、後ろに手をついて体重を支えないと座っていられない。

足を折って座ってもいいけれど、それでは足がすぐ痺れてしまうのだ。

シュウの気づかいをありがたく受け取って、私は彼の胸に背を預けた。

筋肉質な胸板は少し硬いけれど、この格好だとずいぶん楽だ。

「ありがと。

 ・・・ねえ。お腹、すいたね」

きゅるる、とお腹の虫が鳴くのを自覚した私が言うと、シュウが頷いた。

「そうだな。食べるか」

「うんうん、もうジェイドさんも来ると思うし」

彼の提案に、つばきが何度も頷く。

どうやら彼女もお腹が空いていたらしい。

そんな彼女に苦笑したシュウが、私の耳元で囁いた。

「・・・そういえば、そろそろサンドイッチが届く頃だな」

「そっか、そうだったね」


おかずを作るので手がいっぱいになるだろうからと、シュウが食堂にサンドイッチを注文しておいてくれたのだ。

ちなみに今日は離宮の周囲に、白の騎士達を通常よりも多めに配置してくれているそうで。

そうやっていつも何か催すたびに白の騎士団に融通をきかせてくれているから、そのお詫びとお礼のつもりで、シュウは白の本部にも差し入れを調達したという。

きっと今頃、食堂の誰かが届けてくれているはずだ。


「あ、噂をすれば」

私とシュウが顔を見合わせていると、つばきが人影に気づいて声を上げた。

「ミーナ!リア!」

振り向けば、庭の入口に赤い髪の女性が立っているのが目に入る。

「・・・久しぶり!

 うわっ。お腹、大きくなったねぇ!」

こちらへやって来た彼女の手には、大きなバスケットが抱えられていた。

その中はもちろん、サンドイッチだろう。

それにしても、彼女の赤毛は桜の色とグラデーションになっていて綺麗だ。

こういう時、私の髪も真っ黒じゃなかったら、と思う。

・・・ないものねだり、だけれど。

「はいこれ、」

彼女が近寄るとマスタードと香ばしい匂いがして、私のお腹が反応する。

差し出されたバスケットを、シュウが受け取ろうと手を伸ばす。

「ああ、助かった」

「いいえー」

にへら、と無防備な笑顔を浮かべたアンに、シュウが言う。

「手を煩わせてしまったな。

 ・・・そのうちノルガと2人で、夕食でも食べに来い」

「うん、そうさせてもらおうかな」

この2人も、ずいぶんと棘のない会話をするようになったものだ。

私は穏やかな気持ちで2人の声を聞きつつ、1人蚊帳の外になっている皇子さまに目を向けた。

すると、私の視線に気づいたのか、アンが彼に目を遣る。

「・・・リアの友達?」

どうやら、彼女はぱっと見ただけでは彼がオーディエ皇子だとは気づかなかったらしい。

小首を傾げて、おくれ毛が風に揺れる。

すると皇子さまは一瞬きょとんとした後に、にっこり微笑んでつばきを見た。

まさか自分に視線が飛んでくるとは思わなかったのか、彼女が「は?」と声を漏らす。

・・・お姉ちゃんは、そんな失礼な子に育てた覚えはありませんが。

ややあって、つばきは何かに気づいたように「あ、ああ・・・」と頷いて、アンに向き直った。

「えと、こちらディー君。

 ・・・まー・・・うん・・・ジェイドさんの幼馴染のお子さんなんだけど・・・」

「そうなんだー」

実に的確にぼかした紹介の仕方である。

補足をしようと口を開きかけた私は、皇子さまの視線を受けて口を噤む。

どうやら、ぼかしたまま紹介して欲しかったらしい。

アンは、つばきの紹介で納得したのか、いつの間にか皇子さまと握手を交わしている。

後で真実を耳にして、絶叫する姿が目に浮かぶようだ。

・・・皇子さまも、人が悪い。

「あたし、アンていうんだ。

 食堂で働いてるんだけど・・・お、夫が、蒼鬼の部下だった縁があって・・・」

「ふぅん、そっか」

夫、の部分で口ごもった彼女に、背後のシュウが肩を揺らす。

相槌を打った皇子さまは、なんだかちょっと不満そうだった。





「ちょっとディー、私に片棒担がせないでよね」

口を尖らせたつばきに、皇子さまが笑い声を上げる。

どうやら相当、つばきは皇子さまに懐かれているらしい。

「ごめんごめん」

軽い口調で謝罪した彼に、つばきがため息を吐いた。

すると、今度は皇子さまが口を尖らせる。

「あーあ、」

ため息混じりに言った彼は、敷物の上に仰向けに寝転がった。

「ちょっと気になる子が人妻って、俺、呪われてんのかなー」

「・・・アンのことか。

 惜しかったな、あいつらは最近結婚したばかりだ」

「ちょっと、シュウ!

 アンとノルガは、私達が結婚する前から付き合ってたんだからね。

 全然惜しくないの。皇子さまでも入りこむ余地、全くなかったでしょ!」

シュウに非難を浴びせた私を見た皇子さまは、深いため息を吐く。

「そうなんだよね、全く入りこむ余地がないってのがな・・・」

「問題はそこじゃないでしょ」

ぼそりと呟いたつばきを、皇子さまが一瞥した。

「・・・リアも人妻だしなぁ・・・ほんとに呪われてんのかなぁ・・・」

「わ、私も数に入ってたの・・・?!」

「まあね、今は全然そんな気ないけど」

うろたえる彼女に、皇子さまがさらりと言い放つ。

何の前触れもない告白に、私の方が固まってしまった。


私が固まるのとほとんど同時に、シュウが後ろを振り返る。

そして、

「・・・あ」

珍しく声を漏らす彼に、私も視線を遣って・・・、

「あっ」

同じように声を漏らした。


その人はつかつかと・・・芝生でそんな音するはずもないのだけれど、この時確かに緊張感を伴う靴音が響いた気がする・・・私達の所へやって来る。

そして、言った。

「いい度胸です」


「・・・げ」

「あ、あああああのっ」

空を見上げていたはずの皇子の顔が強張って、つばきが慌てふためく。


壮絶に綺麗な微笑みを張りつかせやって来たのは、ジェイドさんだった。



・・・この雰囲気、胎教には絶対に向かないと断言出来る。







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