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眉間にしわを寄せたシュウが、腰に手を当て口を開く。

「肉は買えた」

バリトンの声がさらに低く聞こえたのは、おそらく気のせいではないはずだ。



シュウは手に薄い布袋を持っていた。

それが透けて、中に入ったオレンジらしきものが見える。

お肉のついでに果物も手に取ってくれたのだと分かって、嬉しくなってしまう。

これがもし策略的ご褒美だとしても、だ。

「タルト、頼んでくれてありがと。すごーくおいしかった。

 ・・・だからお肉、今日はちゃんと食べるね」

微笑んで打ち明ければ、彼も頬を緩めて頷いた。



眉間のしわを消したシュウが、置いてあった手荷物カゴに布袋を入れて、隣のテーブルから椅子を持ってくる。

すると、ジェイドさんも大きくため息を吐いた後、同じように椅子を持ってきて腰を下ろした。

1つのテーブルを、見た目麗しい男性3人と囲む・・・なんだか、王都中の女性達に視線でチクチク刺されそうだ。

気持ちが浮つきそうになった瞬間に、はたと我に返った私は、陛下が小さくなって佇んでいるのを視界の隅に認めて、口を開いた。

「そういえば、ジェイドさんも一緒だったんだね?」

私のお腹を撫でようと手を伸ばすシュウに向かって尋ねると、彼は大きな手をぐっと握りこんで、背もたれに体重を預ける。

そして、小さく息を吐いたところでジェイドさんの方が口を開いた。

「・・・ええ。

 実は、このポンコツが脱走したと聞いたものですから・・・。

 つばきに頼まれたものを調達する“ついで”に探してたんです」

「そこの精肉店の前で会った。

 ・・・事情を聞いて、とりあえずミナのところに行こう、と誘ったわけだ」

さらりと話したジェイドさんの言葉の続きを、シュウがこれまた何事もなかったかのように話す。

「買い物の“ついで”に探しに来て、“とりあえず”ここに来たんだね・・・」

ずいぶんと適当な捜索だ。

私は呆れ半分で彼らの話を纏めて、内心ため息を吐いた。

彼らも彼らで、陛下の扱いが割と雑だ。

遠慮のないことは、陛下にとっては良いこと・・・なのかも知れないけれど。

「な、ミーナ。

 俺ってあんまり大事にされてないんだ」

がっくりと肩を落とした陛下に同情したいところだけれど、薄情にも、思わず噴き出してしまいそうになる。

そんな私に気づいているのか、ジェイドさんが言い放った。

「違うでしょう?

 散々周りが甘やかしてるんですから、私達幼馴染が厳しいくらいで丁度いいんです」

「・・・だな。

 救いようのない駄目人間にならなかったことを、感謝して欲しいくらいだ」

次いで、シュウもジェイドさんを援護する。

私はまたも言葉の応酬が始まる予感に、慌てて口を挟んだ。

「あ、愛されてるじゃないですか」

「・・・もうちょっと、柔らかめの愛がいいな。歳も歳だし」

陛下が顔を背けて、ぼそりと漏らすのを聞いた私は、堪え切れずにやっぱり噴き出した。



私達がそうやって話しこんでいるところへ、カフェの店員さんが近づいてくる。

けれどジェイドさんは微笑んで手を振り、「すみません、もうすぐ出ますから」と告げた。

どうやら、後から来たシュウとジェイドさんの注文を取りに来ようとしていたらしい。

ジェイドさんは断ったそのままの流れで、陛下に立ちあがるように促した。

「ほら、アッシュは外に停まってる車で帰宅ですよ。

 ・・・また別の所に逃げてもいいですけど・・・その場合は、分かってますね?」

優しく脅かされた陛下は、渋々立ち上がる。

その様子を目を細めて眺めていたジェイドさんは、あまりに肩を落としている陛下に、そっと声をかけた。

「何を悩んでいるのかは知りませんが、胸を張って下さい。

 あなたの両脇は、私とエルが固めてるんですから・・・ねぇ?」

彼の言葉を聞いて、私達に背を向けようとしていた陛下は静かに視線を投げる。

すると、言葉の最後で同意を求められたシュウが、口を開いた。

「ああ。心配するな」

「・・・分かってる」

2人の言葉に小さな声を返した陛下は、それきり振り返らずにカフェを出て行った。



最後まで呆然と3人のやり取りを眺めていた私には、心なしか、去ってゆく陛下の背中が、しゃんとしているように見えて。

何かが収まるところに収まった感覚に、内心ほっと息をつく。

気持ちは軽くなったけれど、どっと疲れを感じてしまった。

私は片方の手で首筋を擦りながら、こりこりとしている部分を揉む。

そして、もう片方の手で置いてあった伝票を手に取って、気がついた。

「・・・あ」

シュウが、声を上げた私を訝しげに見つめる。

ジェイドさんは、きょとんとした表情を浮かべて、私を見ていた。

私は伝票を2人に見せて、言う。

「陛下に食い逃げされちゃった」

本当にもう、しょうもない人だ。

そんなふうに思ったら、くすくす笑うのを堪えることが出来なかった。






陛下の食い逃げ分は、シュウが鼻で笑って払ってくれることになって。

彼が店員さんを呼んで支払いを済ませている間、私はジェイドさんに声をかけた。

「髪、切らないんですか?」

私が王宮を出てからというもの、こうして向かい合って話す機会は、まずない。

目についた変化に疑問を抱いた私は、つばきの体調を尋ねることも忘れて、そんなことを訊いてしまっていた。

「ええ・・・理由、知りたいです?」

もったいぶったジェイドさんに頷く。

すると、彼は目元を和らげて内緒話をするように囁いた。

「つばきがね、私で、髪を結い上げる練習をしたいそうなんです」

「・・・はぁ・・・」

大体そんなところだろうと思っていたけれど・・・。

ジェイドさんは、嬉しそうに微笑みながら言葉を続けた。

その微笑みがどことなく黒く見えるのは、どうしてだろう。

「正確には、つばきが図書館職員の長い黒髪で練習させてもらうと言い出しまして」

「長い黒髪・・・って、キッシェさんのことですか?」

何気なく思い当たった人物をあげれば、ジェイドさんが嫌そうに顔を顰める。

「そんな名前でしたねぇ。

 ・・・ともかく。あんなので練習させるわけには、いきませんから」

「ヤキモチ、ですか」

シュウが財布をしまうのを見つつ言った私に、ジェイドさんは何も言わずに微笑んだ。


「ミナ、」

呼ばれて振り返った私に、彼が言葉を続ける。

「アッシュとは、どんな話を?」

「え、っと・・・」

思ったよりも色違いの瞳が真剣なことに小さな驚きを感じて、私は口ごもった。

見遣れば、ジェイドさんも真剣な顔をして私の言葉を待っているようだ。

世間話をしていた時とは空気が違うのを肌で感じた私は、ひと呼吸置いてから口を開く。

「人生相談、かな。

 ・・・ベル・・・じゃなくて陛下が、いろいろ苦しいのを吐き出したというか・・・」

「なるほど」

ジェイドさんが、私の言葉に頷いた。

「詳しく話すのは、控えたいんですけど・・・」

一応私を信用して吐きだしたのだと思うから、訊かれても答えないつもりで言う。

自分の知らないところで、自分の話・・・きっと、知ったらいい気分はしないはずだ。

「ごめんなさい」

謝った私に、2人は小さく首を振る。

「いや、いい。

 あいつ、あまり弱音を吐かないからな・・・」

「どうでもいい弱音は、張り倒したくなるくらいに言うんですけどね」

苦笑を浮かべた2人が会話するのを、私は黙って聞いていた。

「そりゃあ無能な振りをしていれば、下手に期待されずに済みますけれど・・・」

「長い間そうやって身を守ってきたから、本来の自分を取り戻せなくなってるんだろ」

「それで余計に苦しくて、もがいてるんですよねぇ」

「・・・本当に、手のかかる奴だ」

「申し訳ない気もしますけれど、ね。

 こうなるまで黙って見ていたのは、私達ですから・・・」

「ああ・・・そうだな。

 どうしてこう不器用なんだろうな、俺達は」

お互いに目を合わせては肩を竦め、ため息をつき、眉間にしわを寄せて目を伏せる・・・そんな2人を見ていた私は、そっと言葉を紡いだ。

「な、んだ・・・」

少しの間黙っていただけで、なんだか声が喉に引っかかる。

気持ちが膨らみ過ぎて、呼吸が乱れそうだった。

「・・・そっかぁ・・・」

言葉と一緒に、震える息を吐き出す。

ほんの少しだけ苦笑いが浮かんでしまうのは、彼らの真っすぐさも不器用さも、垣間見たことがあるからかも知れない。







ハンバーグをナイフで切って、恐る恐る口に入れる。

妊娠してから肉類を食べたくなくなったのは、臭みというか、それまでは美味しさだと思っていた風味のようなものを苦手に感じるようになったから。

・・・でも、せっかくシュウが作ってくれたんだから・・・。

息を詰めて急いで咀嚼し、鼻から匂いが抜けるのを防ぐ。

そのまま勢いをつけて飲みこめば、向かい合った彼が苦笑していたことに気がついた。


「・・・感想は、言わなくていいぞ」

食べるところをずっと見られていたのかと、ぱちぱちと目を瞬かせる私に言うと、シュウは立ち上がった。

どうやら、お茶を淹れてくれるらしい。

私はその間に、もう一切れを口に入れた。

「あれ?

 ・・・おかしいな・・・」

嫌悪感を抱いていたはずの匂いが、全く気にならないことに、我ながら間抜けな声が出てしまう。

「どうした?」

お茶の入ったカップを持って戻って来た彼が怪訝そうにしているのを見た私は、自分の身に起きていることに小首を傾げた。

「美味しいの・・・どうしてかな・・・?」

一度嫌悪感を抱いてからというもの、なんとか食べずに済むように頑張ってきたけれど・・・どういうわけか、今、お肉を美味しく感じたのだ。

不思議でならない私に、シュウが、ふっと息を漏らして言った。

「もしかしたら、体が必要としてるのかもな」

言葉と一緒に、大きな手が私の頭に降ってくる。

それと同時に彼は隣の椅子に腰かけて、私が手にしていたフォークとナイフを取り上げた。

急なことに唖然とした私を鼻で笑った彼は、ハンバーグを切り分けてくれる。

そして、フォークでその中の一切れを刺して、こちらに向けた。

「ほら」

口角を上げて微笑んでいる彼に、私は一瞬動きを止める。

色違いの瞳が楽しそうに細められて、鼓動が跳ねた。

・・・まさかこれは・・・。

ある予感に、頬がぴくりと引き攣りかける。

「あの?」

何を、と私が尋ねるよりも早く、シュウが口を開いた。

フォークに刺さったものを、もう一度私の口元に近づける。

「・・・ミナ。

 口を開けろ」

「え、」

思った通りの展開に、私は固まった。

すると彼は、楽しそうに囁いた。

「ほら、あーん」









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