路地裏
俺は廃倉庫を出た後、駅近くの路地裏に来ていた。そこには、ところどころにゴミが落ちてあった。汚いとか不潔などの言葉が似合う場所であった。
もうここにはあまり来たくなかった。理由は簡単で、命が1度狙われたことがある場所に来たがるのは警察か変人だけ、ということだ。俺は警官にも変人にもなった覚えがない。一介の高校生が来る場所ではないのだ。短く言うと、ここは怖いのだ。
化け猫を見て、姫乃咲夜が魅入られていることを知って、助けてと言われて、ここに来た。
単純明快。
ここに来た理由も来たくない理由も単純だが、今、自分が何故こんなことをしているのかが全く分からない。明快じゃない。
しかし、まぁ意志の理由は後で考えることにする。それよりも、先にせねばならぬことがある。姫乃咲夜を探さなければいけない。姫乃を助けるためにここに来たのに彼女と会わなければまず話が始まらないし、終わらない。さっさと見つけれたらいいなぁと希望的観測を抱きつつ、彼女を探した。
そもそも、あいつがここにいる保証など何処にもないし、普通、女子中学生なのだから家にいるものなのだけれど、なぜか俺はあいつがここにいることをまるで答えを知っているように確信していた。だからこの作業は確信を確認することなのかもしれない。
それから姫乃の姿を探したわけだがこれが意外と見つからない。だんだんと、確信が不安に変わっていった。さっきの自信はどうしたという質問は受け付ける気がない。結局、答えを確認するのに1時間ほど費やした結果になった。
姫乃を見つけた場所は探し始めた路地裏以上に汚く、ゴミが散弾されたように散乱していた。
「おい」
呼びかけた俺の言葉は彼女を気遣ってなかった。
「…………」
彼女は先生に怒られた子供のように黙る。しかし、目は反抗的だった。
「姫乃」
「……何だし?」
彼女は敵意むき出しの目で俺を見やる。
「俺はお前を助ける」
それを聞いた途端、彼女は怪訝そうにする。
「どういうこと?」
「そのままの意味だ」
「頼んだ覚えないし」
「頼まれた覚えもないな。ただ―――」
そこで俺は決め台詞を言うような主人公になった気分でそれを言った。
「―――“助けて”と言われた覚えはある」
彼女は黙った。しかし先程のような反抗的な目はしていなかった。
「あ、そ。勝手にするだし」
「そりゃ、どうも」
俺は彼女から承諾を得ることが出来た。
「ところで助けるって何をするんだし?」
「とりあえず、お前を監視して―――」
「はぁ!? あんた変態!? 女子中学生を監視するなんて―――」
「ちげぇよ!」
つい、声を荒げてしまう。
「ロ、ロリコンがいるし……」
「だから違うって!」
「必死に否定しているところが怪しいし」
「誰だって否定するだろ!」
否定しない方が怪しい。俺は「とりあえず」と話を戻した。
「水曜日までお前が化け猫にならないように監視させてもらうから。どうせ、学校に行ってないだろ。そういや、家族は―――」
「家族の話はやめてほしいし……」
俺は深入りするのもはばかられた為「わかった」と頷いた。
それ以上、特に話すことはなかったので時間が流れていくのをただ感じているだけだった。
水曜日まで家には帰れないので柚子にメールをした。メールを送る相手が母親ではなく、柚子だったのは何となく安全そうだったからだ。『自分を見つけるための旅行してくる。水曜日には帰るから』と送信すると柚子は『幸せの青い蜘蛛はどこにいるんだろうね?』と諭そうとしてきた。しかし、俺は幸せの青い鳥ならわかるが幸せの青い蜘蛛というのは知らない。そもそも、青い蜘蛛というのは幸せではない気がする。だからといって、一々訂正するのも面倒くさかったので放置した。これから柚子が幸せの青い蜘蛛とか自慢げに友達に言いだしたらちょっとした事件になることを懸念はしたが。というかただ単に痛い子なだけだ。
明日、学校サボるのか、とか考えながら、4月13日日曜日は終わっていった。