出会い
今日は霜月高校の入学式である。入学式と言えば、華やかなものを思い浮かべる。桜の木がある並木道をみんな笑顔で楽しそうに歩いている姿。華やかだねぇ。
しかし残念ながら実際はそんなアニメチックなわけでもなく、というかそもそも霜月高校は駅の目の前にあるので桜の木はあるにはあるけれども大きいのが1本だけという現状だった。
そして俺はこれから留年しなければ3年間その駅の電車を使って登校するのである。今日初めてその電車を使ったのだが時間的に通勤ラッシュと重なってしまい息苦しかった。今度からは電車に乗る時間をもうちょっとずらそうかな。
駅の前の独特な喧騒を突き抜け、霜月高校に向かおうとした。その時に一人の少女と目があった。
小学生?いや中学生か。柚子と同じくらいかな……。
その少女は校則違反をしているとしか思えないほど長い黒髪をしていた。オレンジを基調とした服を着ておりまた右肩にショルダーバッグをかけていて――――――。ん?
そういえばなんでこの子私服なんだ?今は朝の8時15分である。月曜日のため普通は小中高関係なしに始業式とかではないのか?俺はこの周辺に私服でもいい小学校や中学校は知らない。というかこの駅近くに霜月高校以外の学校は無い。ていうことは、この子学校をサボっているのか?
別に話しかける必要はないし、面倒なことに首を突っ込んでしまうことはなんとなくわかっていたが、俺はその少女に話しかけた。
「こんなところで何してるの?」
できるだけ不審者に思われぬように爽やかに言ったつもりだったがその努力は報われず、少女に不審がられた目で睨みつけられた。
「あなた誰だし?」
まぁ普通、そういう反応するよな。予想どうり。
「俺は神前隼って言うんだ。君は?」
すると少女は「そう」と短く呟き、そして持っていたショルダーバッグを右肩にかけ直す。
「私は姫乃咲夜って言うし。ていうかあなた……不審者?」
少女―――改め姫乃は俺を査定するような目で見ながら聞く。
「いや不審者じゃないよ。それよりも学校は?」
俺は一番気になっていた疑問を音に変換して姫乃に問う。
「学校……。確か今日入学式だったっけ」
「え?じゃあ早く行かなきゃいけねぇじゃん!」
さっきまでの爽やかさを出そうとした口調を忘れてしまうほどびっくりしてしまった。入学式に遅れるのはまずいんじゃねぇの、と自分もこんなお節介をかけているうちに遅れてしまうかもしれないという可能性に気がつかずに考える。
今からだったら間に合うか?駅名が書かれてある看板近くの時計を見ながら思案する。
「いや、大丈夫だし」
姫乃は何とでもないといった風にそう言った。
「よくねぇだろ、どこの学校だ?タクシーに乗る金ぐらいだったらあるぞ」
「大丈夫だし!!!」
姫乃はまるでいきなり風船が破裂したのを真横で聞いてしまったような、そんな驚きという感想を与える声を発した。
「一人で大丈夫だし」
その後姫乃は「バイバイだし」と短く告げ、街の雑踏の中に消えていった。
姫乃を追うのも気が引けたので仕方なく霜月高校に向かおうとした時、いつの間にか近くに野良猫がいたことに気がついた。その猫は汚れており、元は白かったであろうと推測される毛の色が茶色になっていた。そいつはなにか不吉なことを呼ぶように、又は願うように「ニャー」と短く鳴いた。
てか、今8時25分じゃねぇか!5分じゃ走っても間に合わねぇぞ!
庶民派の俺は残念ながら積極的にタクシーを使おうとは思わなかったため、その場から高校まで自主的に運動会を開き、徒競走の種目に出た。
しかし結局のところ間に合うわけもなかったので入学式に遅れるという人にした心配が自分に返ってくるそこそこ恥ずかしいことが起きてしまった。それに学校に入った瞬間にまだよく知らない先生に怒られるというよくわからないことも起きた。
これからの3年間が不安になった。