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役目を終えた魔法陣が消える。同時にリリカの感じていた温もりもなくなり、後には不思議そうな顔のユリウスが立っていた。
「あたたかい……これが、主の力か?」
「リリカ……契約の呪文を精霊との契約のものにしたのですね」
「え、あ、そうなんですか?」
「悪魔相手にはちゃんと悪魔用の契約にしなければなりませんよ。次は気をつけてくださいね」
リリカが完全に無意識で紡いだ呪文は、悪魔相手には致命的なほどやわらかく優しいものだ。優しさは悪魔にとって付け入る隙でしかない。
けれど今現在何の問題もない以上、注意以外エディに出来る事はなかった。
それよりも無意識下で選択した呪文がリリカの本質だと考えると、無茶な事を成し遂げるリリカの力の底知れなさに身震いする程の歓喜を覚える。
悪魔との契約を精霊との契約で行えるなど、エディですら二の足を踏みたくなるほど相当な無茶なのだから。
魔法陣の件も、おそらくリリカの生来持った力によって引き起こされた奇跡だろう。
悪意ある魔法を自身に有利なものへと導いてしまう、そんな力が彼女にはある。
リリカならばいつか自分を超えて更なる高みへ登り詰める、そんな気がしてならないのだ。
「貴女はいつの日にか稀代の魔術師として名前をはせるでしょうね」
そうして満面の笑みを浮かべたエディに、今日は自分の部屋ではなくエディの続き部屋を使うように言われたリリカは、現在。
「いや、だから主がベッドに」
「いえいえ、そんな、ユリウスさんが是非!!」
どちらがベッドで寝るかと言う問題を前にユリウスと言い争っていた。
「あのな、主は人間でちゃんと睡眠をとらなければ倒れるだろう? 俺は悪魔だから基本的に人間のように睡眠を必要とはしないし、それによって疲れる事もない」
「でもでも、だからと言ってはいそうですかって私は寝れないんです!!」
はあ、と大きなため息を吐いたユリウスに、だってとリリカは俯く。
「……事故とはいえ、無理矢理呼び出して契約までしなきゃならなかったから、せめてこれくらいはしたいんです……」
「主……」
しょんぼりとしたリリカに目を丸くしたユリウス。やがてその顔にやわらかな笑みが浮かんだ。
「……馬鹿だな」
「ば、バカって……そうですけど!!」
「主だって被害者だから、気にしなくていいんだ。悪魔に気を使うもんじゃない」
「悪魔だとか、そんなの関係ないです!!」
カッとなって言い返し、リリカは涙目で睨み付ける。
「ユリウスさんはユリウスさんでしょう!! 悪魔でも天使でもどうでもいい!!」
「どうでもって、いや、どうでも良くはないって」
「いーいーんーでーすー!!」
「いや、あの……ああ、どう言えばいいんだ」
最早泣き出す五秒前状態のリリカにユリウスは戸惑った様子でオロオロと視線をさ迷わせる。
いよいよリリカの涙が決壊すると見えた、次の瞬間。
「ユリウス、少々相談が」
「ちょうど良かった、助けてくれ!!」
ひょっこり顔を覗かせたエディに、ユリウスは思わず助けを乞うていた。
「……おや、リリカが泣いていますね……ユリウス?」
「いや俺が泣かせた、けど、でも不可抗力って言うか、お前からも言ってやってくれ!!」
先ほどのように凍りそうな声のエディに対し、心底困り果てたと言わんがばかりのユリウス。
それを見て少し考えたエディは、どうしたのかとリリカに訊ねた。
「うう……ユリウスさんが自分はベッド使わない悪魔だって言うんです」
「……すいませんユリウス、解説を」
「主がベッドを俺に譲ろうとするんだよ。悪魔は基本的に睡眠を必要としないって言ったらこの状態に」
「まあ、悪魔が睡眠を必要とするのは怪我の治癒とかですからね」
「でも……」
「わかってますよ。リリカにとってそんな事は関係なく、ただユリウスを気遣っているだけなんだという事もね」
ですが、とエディはリリカの頭を優しくなでた。
「君は眠らなければ。君が倒れればその分だけユリウスは早く還れなくなりますよ?」
「それはいやです……」
それでもとまだ瞳を揺らすリリカに、エディから目配せされたユリウスは小さく頷く。
「眠ってくれ、主。心配してくれて、ありがとうな」
「ユリウスさん……」
実際時間も遅い上に疲れ果てていたのだろう。とろんと眠たそうにまぶたを半分落とすリリカに二人はそっと笑い、ベッドへと促す。
「おやすみなさい、リリカ」
「おやすみ、主」
よい夢をと言ったのがどちらなのかわかる前に、リリカの意識は引き込まれるように遠のいていった。
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