田中 その4
●田中 その4
○マスターの運転するトラック
トラックの荷台に直したバイクを乗せる田中
扉を閉めて助手席につく
マスター「じゃあ、家まで行こうか」
田中「ありがとうございます」
エンジンがかかり、ショップから出ていくトラック
夜道を走っていく
マスター「昼間の続きだけど」
田中「はい」
マスター「一番嫌な部分ってなんだ?」
田中「……色々ありすぎてもう」
マスター「例えば?」
田中「今の父がバイクの趣味を女らしくないって言って毛嫌いしたりするところとか」
マスター「……そういえば、なんでバイクに乗り出したんだ? 誰かからの影響か。まさか暴走族じゃああるまいし」
田中「……父です。本当の父が昔からバイクが好きで、よくサイドカーに乗せてもらって出かけました。後になってそれが嫌だったと母も言ってました。だからなのか、今の父も毛嫌いしてるんですよ。バイクを」
マスター「そんな悪い趣味じゃねえと思うけどなあ。女の子でもバイク乗ってる奴はいくらでもいるのにな。……じゃあ俺の店に来るようになったのは」
田中「再婚してからです。とにかくどこにでもいいから逃げたくて喫茶店に」
マスター「飲めるはずがないコーヒーなんか頼んでたな」
田中「マスターにはだいぶ助けられてきました。代金もほとんど払えなかったのにいつもミルクとお菓子を出してくれて。どうしてそんなに優しかったんですか……?」
マスターがタバコに火をつける
マスター「何も話さない女の子が、しかも体全体が普通の子より明らかに細い女の子。おしゃれも全くしてない女の子がおどおどしながら飲めもしないコーヒーなんか頼んでたら。そりゃあ優しくしないとな」
田中「……気づいてたんですね」
マスター「何年大人やってきてると思うよ。まあすぐに喫茶店はたたんじまったけど、それでもバイクを趣味に選んで俺の店に来たのは嬉しかったね。……てっきり俺の影響でバイクを始めたかと思ったけど、読みが外れたな」
田中「マスターの影響もありますよ。やっぱり見知った人の店には行きたくなりますし」
マスター「そんなもんか……」
紫煙を吐くマスター
二人とも黙り、走行音のみが聞こえる
マスター「田中ちゃん、年いくつだ?」
田中「十八です」
マスター「もう大丈夫そうだな」
田中「何がですか?」
マスター「家出しないか?」
田中「……そう来ましたか」
マスター「一つ腐ったみかんがあると周りのみかんまで腐るんだよ。それがあんたの親さ。どうするか。外に出るしかないだろう。もうそれくらいやってもいい歳だ。馬鹿な奴はもっと早くから家出するがああいう奴らは結局自分一人で戦う覚悟がないんだよな。最悪な場合、体売って、同じバカどもと一緒に暮らしたりして。田中ちゃんは違うと信じてるがな。しっかり今日も仕事やってたし。今日、高校の同級生で不動産会社の社長やってる黒田って奴に聞いたらそこそこいい物件を紹介してくれたんだ。どうだ? 高校もそこから通えるはずだからいいんじゃないか?」
黙る田中
田中「なんでそこまでしてくれるの……?」
マスター「お父さんだったらそこまでするだろう? あの喫茶店に来た時から、なんとなくお父さんになれたらなと思ってたんだよ。息子だけだとつまらないだろうし。まあ勝手な話だけどな。知らないおっさんがお父さんだなんておこがましいけど。でもやっぱあの細い体と暗い目を見るとな。お節介したくなるもんだ」
田中「……マスターが本当のお父さんだったらよかったのに」
マスター「ま。俺はただのおっさんだよ。だから家に連れて行くことはできても、それ以上はできないな。決着を付けるなら自分で付けてこい。着いたぞ」
アパートの前にトラックが止まる
マスター「応援はできるぞ?」
田中「いい。なんとかするから」
マスター「やばかったら携帯に電話しろ――」
言い終わる前に外に飛び出す
マスター「……敬語じゃなくなったな。あいつ」
笑いながら紫煙を吐き出す




