第4話 ある少女の憂鬱
サブタイが全然思いつかない……
ええ、とてもとても微妙な箇所だからです。
相変わらず燐音は切るのが下手なので←
では本文どうぞ!
「リースさん、起きてよぅ」
少年の声で目が覚めると、そこは小さな石造りの小屋の中だった。
窓から差し込む光は明るく、もう昼過ぎのようだ。
「えっと……何でここにいるんだっけ?」
「……」
「おーい、聞いてる?」
「あっごめん。えーと……何でって、リースさんが森の中に入ってってこの家を見つけたんでしょ? 無理矢理錠を破壊して」
少年の指の先には無惨にも破壊された木製の南京錠の残骸が転がっている。
あ、そういえばそんな事をした気もするな…。でもいいじゃん別に! こんな蜘蛛の巣と埃だらけの家なんて誰も住んでないわよ!
と言ってやろうとしたが、どことなく少年の様子がおかしい、昨日のように失礼な発言もしてこないし、どことなく心ここにあらずと言った感じだ。まぁ昨日殺されかけたのだから無理もないか。
「そういえばさ」
「何?」
一瞬少年の体がピクリと恐れるように動いたのはあたしの気のせいだろう。
「君の名前って何?」
「ジルニトラ=ズメイ」
「なんか聞き慣れない上にこのリース様より長い名前なんて生意気ね」
「本当はもっと長いよ、聞く?」
「…いや、結構よ」
でもあたしズメイってどっかで聞いたことのあるような……頭の中をひっかきまわしてみるが、昨日から何も食べていないせいで、駄目だ、食べ物しか頭に浮かんでこない…。
「あのさぁ、私の革袋どこに……」
言いかけて気付く。ジルニトラ……この際長いからジルでいいだろう。ジルはいつの間にか傍で寝息を立てていた。これだから子供は…と言いかけたが、さっきまで寝ていた自分が人のことを言えない。と、ふとその横になにか置いてあるのが目に入った。
「……新聞?」
どうやらだいぶ前の新聞の切り抜きみたいだ、ところどころ彼の右手で隠れて見えないが、大きな見出しが目に入った。
〈勇者――東ノ竜――ヲ倒ス〉
440年 帝国 帝都
「さすが勇者様、この度は本当にありがとうございました」
私たちが屋敷に帰ってくると老婆と少女による早速出迎えがあった。それももういつものことになっていて大分慣れたけれど、最初は戸惑ってばかりだったわ……。今でも結構内心では戸惑っているけれど。
ただ、彼の迷惑にだけはなりたくないから。
「当たり前だ」
「感謝はお金でよろしくねー」
その当の彼は素っ気なく答える。そして、彼の腕に自分の腕を絡ませている彼女もちゃっかり付け加えた。その様子に溜息を漏らす青年が一人。
これが今のパーティー。昔からたまに増えたりしたけど基本的にはこのメンバーだった。
「ゆ、勇者様……感謝の宴を開くのですが」
「そうか、だが先に風呂に入りたい。湯は張ってあるか?」
「え、あ、え……」
少女は焦って目を泳がせる。それを見かねて老婆は何かを言おうとしたがその前に彼が口を開いた。
「出来ていないのか。私たちは竜を倒して汚れていると予想はできなかったのか?」
そして、彼は手を上げる。また、なのね。
私はぎゅっと目をつむる。その次の瞬間パシッという音が響く。ちょっとだけ目を開けてみると、老婆の頬が真っ赤になっていた。
「申し訳ございません。どうかお許しを」
老婆はそう言うと少女の背を手でさすりながら地に伏す。少女も慌ててそれに合わせて地に伏した。彼はそれをただじっと見つめている。
これもよくあることだった。
行先で気に入らないことがあるといつもこれだ。私や彼女に振るわれたことは無かったけど、あの青年はよくこの手のひらの餌食となっている。
「ま、許してあげなさいよ。私たちは商売でやってきただけよ。我が物顔で振舞う資格は無いわ」
「……ヘレンに免じて許してやる。顔を上げろ」
「は、はい」
二人はそれぞれに引きつった声で答え、ゆっくりと伺うように顔を上げる。その顔はいつものように恐れで満ちていた。
勇者様はそれをまたじっと見つめると踵を返して外に向かって歩き出す。彼女、ヘレンはこの老婆に話を聞き始める。青年は部屋まで少女に案内してもらっていた。
――ごめんなさい。弱くてごめんなさい。
私は一人残され突っ立ったまま、そう心の中だけで繰り返した。
久しぶりに戻る自分の部屋は、薄く埃を被っていた。無理もない、一月ばかりも留守にしていたのだから。
ベッドに身体を預けると長旅の疲れがどっと出たのか、すぐに眠たくなってきた。
お姉さまの夢を見た。
夢の中でお姉さまはとても楽しそうだった。誰かと談笑しながらリュートを弾いている。
バーのようだった。ふとしたはずみでお姉さまと話している人の顔が見えた。
「ミカルさん?」
それは『霧の家』のバーテンダーのミカルさんだった。
『霧の家』というのは港町アウシャンにある、小さなバーだ。初めて連れて行ってくれたのはヘレンさんだが、その時に来ていた客と口論したためなのか、二度目からは一人で行っている。客のことをすべて平等に扱う温厚な彼は、私が行くたびに相談に乗ってくれた。思えば彼にずいぶん支えられたこともあったっけ。
その時、先程からカウンターで酒を飲んでいた男が立ち上がった。酒瓶を持ったまま、お姉さまの方に歩み寄ると、言った。
「さっきからうるせぇんだよ! この下手くそ!」
もっともだと思った。と、同時に危険な気配も感じた。お姉さまの事だからこのままじゃ間違い無く喧嘩になる……!
案の定、お姉さまは演奏をやめようともせずに、顔だけ上げて言った。
「何よ! あたしの演奏の良さが分からないあなたが悪いのよ!」
「なんだと! このエルフ野郎!」
指が乱れて不協和音を奏でる。
楽器が落ちる音。
「自分の身分を考えても見ろよ? エルフの分際で人の街に入り込んで金取って生きてるなんて生意気だ!」
「……っ!」
お姉さまがリュートを拾い上げて今にも殴りかかろうとしたその時、
「そこまでにしなさい」
ミカルさんがお姉さまと男の腕をとりながら言った。
「静かに酒が飲めないなら出ていきなさい」
「んだテメエ?」
突っかかろうとした男の額に向けてミカルさんはコルクを差したままのワインオープナーを向けた。
「出ていきなさい。あなたのような客は迷惑です」
「……こんな店なんかこっちから願い下げだぜ!」
男は大声で捨て台詞を吐いて出て行った。
静寂。
「どうします? あなたも出ていきますか?」
ミカルさんの言葉に、お姉さまは首を横に振った。
「それなら喧嘩はおやめなさい。さぁ、あの素晴らしい演奏をもう一度聞かせてください」
店内からくすくす笑いが漏れた。半分はお姉さまの演奏が下手なことに対しての、残りはミカルさんの天性の音痴への笑いだった。
お姉さまは申し訳無さそうに俯いたままだ。
「お姉さまっ!」
私の声はお姉さまに届かない。
「お姉さまぁぁぁっ!」
それでも私は叫んでいた。
次の瞬間、私はお姉さまだった。
躊躇いつつもリュートを構える。だが手が弦に触れる頃にはその迷いも消えていた。
弾く曲は決まっている。
「旅人戯曲3篇、海」
控えめな長調が主題を奏で始める。
お姉さまなら歌詞を覚えているだろうが、私は忘れた。何しろ10篇まである長い戯曲だ。確かお姉さまは第7篇、追悼が好きだった。変わったところが好きだなぁって笑われていたっけ。それに比べて私が好きなのは第3篇、海。平凡な自分がつくづく嫌になる。
私は……個性が無い。皆と同じ私なんて必要無い。
沸き上がってくる悔しさを旋律に乗せる。
いつしか曲は短調に変わり、はじめとはうって変わって強いテンポを刻む。悔しさは少しずつ消えて快感に襲われた。
ああ、気持ちいい。やっと、やっとお姉さまになれた…嬉しい…!
曲が終わった。
満場の拍手。
そして目を開けると、そこは自分の部屋だった。