碧くんとカブトムシ
年中さんで四歳になった碧くんは、カブトムシが大好きだ。通っている幼稚園も夏休みになっていたが、近くの公園でカブトムシを捕まえるのは難しかった。碧くんは、昆虫ショップでカブトムシを三匹買ってもらったが、お世話ができないのでお父さんに手伝ってもらっている。ケースの掃除や餌やりは、自動的にお父さんの係となった。碧くんは、時々ケースからカブトムシ達を取り出して、白いテーブルの上に並べ歩かせていじって遊んでいる。
「カブトムシさん遊ぼう。誰が速いかな……がんばれ~。歩け止まるな~」
そう言って、碧くんが角や頭を触っている。カブトムシ達は仕方なく歩き出すが、テーブルがツルツルしているので中々前に進めない。
『ここ、歩き難いし疲れたよ……。頭叩くなよ!』
とカブトムシ達は、碧くんに文句を言ったが聞こえない。
「碧くん、あんまり長く虫籠の外でカブトムシを遊ばせると、疲れて死んじゃうかもしれないよ。お家に帰してあげたら?」
とお父さんは碧くんに言った。
「やだ~。まだ一緒に遊びたいよ。どうして、お外で遊ぶと死んじゃうの?」
悲しそうに駄々をこねた。まだ、碧くんにカブトムシ達の習性や生活を理解させるのは無理らしいとお父さんは考えていた。
(可哀想だけど仕方ないかな。カブトムシは、今の碧くんにはオモチャみたいな物だからな)
お父さんは、半分諦めていた。少しだけ様子を見てから、碧くんに声を掛ける。
「カブトムシさん疲れたってさ。また明日、一緒に遊ぼうね」
「バイバイ。お家に帰りな」
とお父さんが言うと、仕方なくカブトムシ達を飼育ケースに戻した。
『やっと、帰れたな。喉が渇いたしお腹空いたよな……』
とカブトムシ達が言いながら、みんなでゼリーのある場所に集まって行った。
七月最後の日曜日のこと、碧くんはお父さんとお母さんと三人で昆虫ショップに出掛けた。そこは、実際にお店の昆虫と触れ合えるコーナーもある。
「このカブトムシ触りたいよ」と碧くんが指差した。ヘラクレスオオカブトだった。
店の人が碧くんの腕に、そっとヘラクレスオオカブトを乗せてくれた。碧くんはとても満足そうに燥いでいる。
「僕、これ欲しいよ。大きくてカッコいい」
「このカブトムシじゃなくて、幼虫を飼って育てようよ。家でカブトムシが成長して大人になるのは楽しいよ」
お父さんが、そう言って碧くんの気を引いた。ヘラクレスオオカブトは三万円以上するのと、幼虫なら成虫になるまで土の中だから、特にお世話の心配は要らないだろうという飼育係のお父さんの考えがあった。
その日、碧くんはカブトムシの幼虫三匹を買ってもらって家に帰った。
「カブトムシになるのが楽しみだね。」とお父さんが言うと、
「なんで見えないの? なんで、虫さん外に出て来ないの? つまんない……」
「カブトムシさんは小さい時、土の中で育つんだよ。いっぱい、ご飯を食べて大きくなったら土の上に出て来るからね」
「ふ~ん。でも、どんなのか見てみたいな」
成虫になったカブトムシより、今の姿に興味を持っている。碧くんは、この土の中の生き物がカブトムシになることを楽しみにしている訳ではなさそうだった。
ある日、碧くんはお父さんに聞いてくる。
「土の中のカブトムシさん見たいよ。ここに出して一緒に遊んでも良い?」
(少しだけなら良いか、それにイモムシみたいで面白くないから、きっと長い時間は遊ばないだろう)
と思って許してあげた。
碧くんが飼育ケースの中から幼虫三匹を取り出して、テーブルに置くと鈍く動き出した。白いイモムシ達がゆっくり動いている。
「すご~い。足が無いのに動いてる。白いんだね。柔らかくて可愛いね」
と言って逆に興味を持っている。テーブルの上にカブトムシの幼虫を並べて、しばらく楽しそうに遊んでいた。
(仕方ないな。碧くんは、そうしたいんだから。今は興味があることをやらせてあげようか……)とお父さんは遊ぶ様子を見守った。幼虫達は、毎日そんな状態が続いて疲れていた。
『寒いし毎日これじゃ、俺たち疲れちゃうよ。温かい土の中に居たいよね。こんなの毎日続いたら、俺たちもうダメかも……』と話し合っている。
それから数日して、お母さんが居る時にも碧くんは同じ遊びをしていた。
「イモムシさん、今日も遊ぼうね。歩いてごらん」と言って三匹をテーブルに並べた。
あまり動かないので指先で身体を揺すっている。
(冷たい板の上は嫌だな。力が抜けてもう動けないよ。疲れた、寒いよ……)
と三匹の幼虫達は、途中から意識が無くなり全く動かなくなってしまった。
お母さんは、それを見て碧くんに色々な虫達のお話しをしてあげた。
「碧くん。カブトムシの幼虫さん、あんまりお外に長く出してるか、寒くて疲れて死んじゃったよ。動かないでしょう……もう、遊べないからね。お母さんが、お葬式をしてあげるね。」と碧くんに言った。
お母さんは、碧くんの目の前で幼虫達に注射をして、飼育ケースの土の中に入れてあげた。お母さんが、その上に……カブトムシさんごめんね。天国で静かに休んでください……と木の板に書いて、ケースの中にお墓を作ってあげた。碧くんは、お母さんと一緒に手を合せました。
「天国に行っちゃったの? もう遊べないの?」と言って、碧くんは悲しそうな眼をしていた。どうして、そうなったのかは分かっていない。それからの碧くんは、前から飼っていた成虫のカブトムシ三匹と遊んで過ごすようになった。
お盆に帰省した時のこと、一生懸命に田舎のお爺ちゃんに虫の話をしている。
「小さい虫さんは死んじゃったんだ。それでね、お母さんと一緒にお墓を作ったの」
「可愛そうだったね。小さい時はお家で守られてないと生きられないんだよ。碧くんも、お父さん……お母さんに、ご飯食べさせて貰ってるでしょう」
「わかった。きっと、お腹空いてたんだね……ごめんなさい」
と泣きべそをかいた。この時の碧くんは、幼虫のカブトムシ三匹と一緒に遊んだ楽しい時間を想い出していた。
夏休みの晴れたある日曜日のこと、お母さんに話し掛ける。
「カブトムシさんと公園で遊びたいよ」
お母さんは虫かごを持って近くの公園に一緒に遊びに行った。その中には、カブトムシが合わせて六匹入っていた。碧くんは、どうして六匹なのを気付いていない。
大きな木がある所で、
「カブトムシさん、木登りで遊ばせたいよ」
と碧くんが言うので、一緒に虫かごから取り出して太い木に這わせてあげた。カブトムシ達は、ゆっくりと木の幹を上がって行った。
『うわ~。久しぶりに木の蜜が吸えるぞ。ここは気持ち良いね。もっと上に行こうよ』
カブトムシ達は喜んで、羽を開くと木の上の方に飛んで行った。碧くんは、何となくその時のカブトムシ達の話し声が分かったような気がしていた。
お母さんは、カブトムシが飛んで行って、碧くんが驚いて泣くかと思ったが……。
「カブトムシさんは飛ぶんだね。どこに行ったのかな? なんか楽しそうにお話してるのが聞こえたよ。三匹は赤い羽だったね」
と三匹が赤い羽なのを疑問に思わず話してきた。
「カブトムシさんは、きっと喜んで自分のお家に帰って行ったんだよ。赤い羽の三匹はね……昨日の朝、土の上に出て来たばかりなんだよ。だから、碧くんみたいに小さくてまだ羽が赤いんだよ」
お母さんが言うと、
「バイバ~イ。また、遊ぼうね。」……『〇□〇~□。Ф‡、∀≫Ф€☆』
と碧くんは、声と同時にカブトムシ語をテレパシーで無意識に伝えていた。
碧くんが嬉しそうに手を振ると……カブトムシ達は、もう一度、碧くんの上空を三回グルっと旋回し話し掛けて飛んだ。
『自由にしてくれて、僕達を助けてくれて……ありがとう。また、遊んでね~』
碧くんに、そう言って木の上の方にそのまま飛んで行った。碧くんは、この夏でカブトムシの気持ちが分かるようになっていた。また遊ぶ約束をして、碧くんはカブトムシ達が飛んで行っても特に寂しがったりすることは無かった。
碧くんは次の日曜日にも公園に連れて行ってもらった。大きな木の所へ行くと、
「カブトムシさん、元気なの~また、一緒に遊ぼうよ~」
……『□〇◎□〇◎□。☆Ф☆‡☆⁇∀≫Ф€☆≫Ф€☆。』
碧くんが、声とテレパシーで呼びかけると、六匹のカブトムシが飛んできた。羽の色は六匹全部が黒くなっている。碧くんの上空を飛ぶと嬉しそうに、
『今、僕達すごく楽しいんだ。ありがとう』
カブトムシ達が碧くんにお礼を言った。それから、何度も碧くんに乗ったり上を飛んだりして遊んでくれた。碧くんは、カブトムシ達を追いかけて夕方になるまで、お母さんと一緒に遊んだ。
お母さんは、お仕事で生き物達の研究をしていた。碧くんと家でお葬式をして土の中に戻してあげた時、カブトムシの幼虫達に元気になるお薬を注射して、木屑のある温かい土の中に戻してあげたのだ。碧くんは、この家で育ったカブトムシ達が、死なないで元気に育ち旅立ってくれた事がとても嬉しかった。
こんな夏の日の出来事は、カブトムシ達との大切な想い出として碧くんの胸に刻まれた。カブトムシ語をテレパシーで通わせるように慣れたことをお母さんは知らない。
碧くんが、この夏に分かった事……。
(自分がお家で遊ぶのが好きなように、カブトムシさんもお家が好きなんだ……)
という事を分かるようになった。大きな成長を遂げた夏休みだった。




