エピローグ
戦いの後、街の片付けや報告を済ませ、俺たちは《白灯》へと戻ってきた。
帰り道は平和そのもの。
流石のローヴァンさんも修行を免除してくれた。
「それじゃあ、みんなお疲れ様。今日はもう帰って疲れを癒してくれ。なんなら、三ヶ月くらい来なくていいからな」
ギルドの前でそう言うと、各々の反応がくる。
「またまた、シンさんのそういう一面も参考にします!」
「兄さんはそのままで良いと思うけど……でも、私たちも一度、村に帰りますね! みんなにシンさんの凄さを知ってもらわないとですし!」
ピュア過ぎるレオン、イーリス兄妹。
「わたくしは、これからトレーニングの時間ですわ! シン様と会えない時間は寂しいですが、この時間がわたくし達の絆を強くしますの! さぁじい、行きますわよ〜っ!」
「承知いたしました」
ぜんぜん意味がわからないセレス、と爺。
「三ヶ月ぅ? お前さん、修行をサボりたいだけだろ。なに、明日からまたビシバシしごいてやるから、覚悟しとけよ。でもまぁ、今日は酒だ酒」
ローヴァンさんはずっと飲んでてください。
「団長の休息のため、本日は帰宅させていただきますッ!」
「おお……今日はやけに物分かりがいいな」
「ですが団長ッ! たとえどんな時であっても、このラグナルッ! お呼びいただければ一番に駆けつける所存ですッ!」
気持ちだけ受け取っておこう。
というわけで一人になった俺は、《白灯》の扉を開いた。
「おかえりなさいませ、シン様」
カウンターの奥から聞こえてきたのは、いつもの穏やかな声だった。
書類にペンを走らせていたであろうリゼットが立ち上がり、恭しく一礼する。
「あぁ、ただいま。こっちはなんとか無事だよ」
「……無事、ですか?」
彼女は俺の服についた血と煤の跡に目をやる。
が、すぐに何も言わず、胸にそっと手を当てた。
「よかった……。お疲れさまでした」
その声は本当に、心の底から安堵しているようだった。
俺は軽く頭をかいて、手に提げていた袋を差し出す。
「これ。お土産だよ」
「……え?」
セラは一瞬きょとんとした後、戸惑うように袋を受け取る。
「わたしに……ですか?」
「今回の留守もそうだし、リゼットには日頃から世話になってるから。開けてみてくれ」
リゼットはこくりと頷き、袋の口を丁寧に開いた。
その中から出てきたのは細い銀糸で編まれた髪飾り。
よくわからん空間に飛ばされる前に買ったものだ。
あの戦いの最中に壊れていなくて、本当に良かった。
リゼットはそれを両手に乗せたまま、しばらくじっと見つめていた。
「……これは」
「よく似合いそうな気がしたんだよ……つけてみるか?」
問いかけたものの、俺の中でもそれは半分冗談だった。
けれども、リゼットは小さく瞬きをし――首を縦に振った。
まさか、本当につけるとは思っていなかった。
驚く俺をよそに、リゼットはゆっくりと髪に手を伸ばす。
前髪を耳にかけ、横に流した後、細い銀糸の飾りを手に取った。
迷いも見せず、鏡も見ず、慣れた仕草で、耳の上に添えるように髪飾りを留める。
ほんの数秒、時間が止まったように感じた。
リゼットの白銀の髪と人形のような横顔。
耳元に輝く淡い水色の飾り。
光の加減で、静かな泉の雫が揺れているようだった。
「……いかが、でしょうか?」
リゼットは正面を向いたまま、ほんの少しだけ、視線を俺に向けた。
答えに詰まりそうになる。
素直に言えば良いと分かっているものの、そもそもの経験が浅い。
気持ち悪い言い方じゃないか、セクハラだと思われないか。
だが、こういう場面で何も言わない事の方が命に関わると、それだけは理解している。
ストレートに言うしかない。
「……似合ってる。綺麗だと、思います」
「……ありがとうございます」
リゼットは淡く微笑んだ。
照れているような、それを隠しているような、そんな不思議な表情で。
そして次の瞬間、彼女はそっと髪飾りを外し、両手で包むようにして持った。
「壊れてしまっては困りますので……大切に保管させていただきますね」
目を伏せたまま、リゼットの頬がわずかに染まっているように見えた。
声は変わらないのに、いつもと違う空気が漂っている。
「そうか。それなら――まぁ、俺としても嬉しい」
そう言って俺が背を向けようとすると、彼女の声が、少しだけ背後で続いた。
「……シン様」
「ん?」
「女性にこのような品を贈るのは……慣れているのでしょうか?」
「…………」
そんなの気になる?
振り返ると、リゼットは淡々と表情を戻していた。
「……いや、ほとんど経験ないよ」
俺がそう答えると、彼女はわずかに口元を緩めた。
「……なら、良かったです」
選択肢を間違えなかったようで、俺も良かったです。
「ちなみに、セラはどこに行ったんだ? 一応、セラにも――」
「――あ! マスターおかえり!」
ギルドの裏手から勢いよく飛び出してきたのはセラだった。
金髪のポニーテールをブンブン振りながら、両手を広げて走ってくるその様子は、まるで犬みたいに元気いっぱいだ。
「無事だった!? ねぇ、怪我してない!? 変な薬飲まされたりしてない!?」
「見た目も年齢も出かける前と一緒だよ」
両手で勢いよく俺の腕を握りしめるセラを、片手でなだめる。
「ほんとによかったぁ……わたし、もう――」
言いかけて、ぴたっと口を止めたセラ。小さく咳払いをして後ずさる。
「ちょっと心配してただけ! 別に泣いたりしてないし!」
「そうか……セラは俺を想って泣いてくれないんだな……」
「えっ!? うそうそごめんねマスター!? 泣いてた! 寂しかった!」
うん、やっぱり今日もポンコツさがある。
とはいえ、あまり揶揄うと命で代金を払うハメになりそうだし、このくらいでやめておこう。
「……で、セラ」
俺はさっきとは違う、小さな包みを彼女に手渡す。
布に包まれた、ややずっしりとした感触。
「セラにはこれをあげます」
「えっ、なになに? お土産!?」
「まぁな。中身は――」
「開けていい!?」
俺の言葉を最後まで聞かず、セラはしゃがみ込んでその場で包みを解き始めた。
中から出てきたのは、小さな木箱に収められた――手彫りの調味料入れのセットだった。
陶器ではなく、魔力を通しやすい特殊木材で作られている。
色とりどりの蓋には、星や雲、花の模様がひとつずつ彫られていて、小さいながらも丁寧な手仕事の温かさがある。
「……これ、なに?」
「調味料とか、お菓子の材料とか、仕分けして入れられる。瓶より軽いし、魔力を通すから保存もきく。料理好きのやつが使ってるって聞いてさ」
「…………」
「ほら、前に『私もお菓子作り始めよっかなー』って言ってただろ? だから、どうかなって」
セラは無言で星型の蓋を指先で撫で、ぱぁっと笑った。
「……すっごく、すっごくかわいい!」
口に出す前に、もう顔に全部出てた。
「マスターセンスありすぎ! えへへへっ……っ、うわ、やば、めっちゃ嬉しいっ!」
セラは木箱を胸にぎゅっと抱きしめたまま、その場でぴょこぴょこ跳ねた。
「なに入れよっかな〜! えぇどうしよ、わたし、お菓子作りマスターになっちゃうよ〜!」
それはもう、見ていてこっちが元気になりそうな笑顔だった。
俺は小さく息を吐く。
「……喜んでくれたなら、よかったよ」
「うんっ! ありがと、マスター!」
そう言って、セラはそのまま――いきなり俺に抱きついてきた。
箱を背中に回して、俺の胸元に顔をうずめながら。
「……ほんとに、ありがと」
ここまで喜んでくれるなら、あげた甲斐があると言うものだ。
だから、ちょっと聞いてみよう。
「次は何が欲しい?」
冗談めかしてそう聞くと、セラは顔を上げ、真面目な顔で言った。
「マスターがいい!」
「あ、却下で」
「そんなぁ!」
当たり前である。
そして……リゼットとセラにお土産を渡せた事だし、やる事は後一つだけだ。
「じゃあ俺、ちょっと出かけるから」
「シン様、何かご用事が? 私が代わりに済ませてきましょうか?」
「うんうん、私でもいいんだよ!」
「いや、気持ちはありがたいけど、二人じゃだめなんだ」
俺はギルドの入り口に置いておいた、特大の袋を持ち上げる。
「……それは?」
「ノランさん達へのお土産さ」
俺はニヒルな笑みを浮かべると、二人の頭上に浮かんでいる疑問符を打ち抜くため、言葉の弾丸を放つ。
「計らずとも、盗賊を倒した事で俺たちギルドの評判は上がった。しばらく働かなくても良いくらいにな。そして、そこに大量の土産を持った俺が現れる。俺の好感度は……どうなる?」
「めちゃくちゃ高いかもっ!」
「……そういうことさ。なんなら、助成金の増額申請も通るかもなぁ!」
「シン様……困ったお方ですね」
二人の羨望の眼差しを背に受けながら、俺は《白灯》をあとにする。
「さて、暗くなる前に行かないとな」
一時はどうなることかと思ったが、俺の助成金ライフはまだまだ継続中。
きっと、これからも守られ続けるだろう。
俺は歩き出した。この先も、癖のある仲間達が増えていくとも知らずに。
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