溌剌剣士の愛が重い
部屋の入り口の方へ振り返ると、そこには――。
「しっつれいしまーーすッ!」
勢いそのままに、金色の何かが飛び込んできた。
いや、正確には金髪の美女だった。
ブーツの裏で床を滑りながら、勢い余ってテーブルの脚に剣をガンとぶつけた。
「うわっ、っとと……」
妙な掛け声とともに着地。
ギリギリで体勢を整えると、息を弾ませながら顔を上げた。
金色のポニーテールがふわりと揺れ、赤い瞳が、ぱっとこちらに向けられる。
そしてその瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。
「……っ」
勢いよく挙げかけた右手が宙で止まり、口がぱくぱくと動く。
みるみるうちに頬が赤く染まり、全身のエネルギーが抜けたように硬直する。
「あっ、えっと……ま、マスター! きょ、今日もいい天気だねっ!」
声のボリュームは元気いっぱいだったが、内容が壊滅的だった。
俺は一度、そっと窓の外に視線をやった。
どんよりした灰色の空から、しとしとと雨が降っている。地面には水たまり。
全てが濡れている今日、天気という話題を選んだ勇気は褒めてあげたい。
が、彼女自身もそれに気づいたのか、喉を詰まらせたように「ぐっ」と声を飲み込んだ。
そして、部屋をきょろきょろと見回して、ある存在に狙いを定める。
「ま、マスター、また猫型ヒーリングゴーレム導入してる! これでもう三体目だよ!」
セラが指を差した先には、確かに猫型ヒーリングゴーレムがいた。
新しいモデルだ。前よりふわふわしている。
「猫なんて何匹いてもいいんだよ。それに、いざという時は戦ってくれるしな」
主な効能は物理的ではなく精神的な癒しだ。
ヒーリングゴーレムという商品名だが、見た目や動きは本物の猫と大差なく、気まぐれさも完璧。
その上、不審者が現れると撃退してくれるという優れ猫。一家に一匹はほしい。
「た、戦ってほしいなら私がいるじゃん!」
「そう言ってもなぁ……セラ、Sランクなのにポンコツじゃん」
「ぽ、ポンコツって言った!? マスターひどいー!」
腕をブンブン振って抗議する姿が、ますますポンコツに磨きをかけていく。
しかし、俺の言葉にも理由があるのだ。
「――だって、俺の目の前では慌ただしいじゃん」
彼女は、確かにSランクではあるらしい。
だというのに、俺の前では落ち着きがないというか、まだ戦っているところを見たことがないからというのもあるが、どうにも強そうに見えない。
「そ、それは……」
「まったくです。備品を壊されてはシン様との濃密な時か……掃除の手間が増えるので、帰っていただいて構いませんよ?」
言葉を詰まらせたセラに、リゼットが追い打ちをかける。
君、今なんて言おうとした?
「ち、違うのっ! マスターの前だと緊張するっていうか……マスターがいなければちゃんと戦えるの!」
「……ふむ。じゃあ、もしもの時は俺がいなくなればいいわけか」
何かしらの脅威に晒された際、逃げながら敵の排除を試みることができるわけだ。
具体的には俺の使い込みがバレた時とか、活用させてもらおう。
「――えっ?」
ふと、何かにショックを受けたように、セラの声がかすれた。
思考から離れて彼女に視線を向けると、普段は溌剌としている大きな瞳からは光が消え、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。
「な、なんで……そんな……」
いつもなら元気に跳ねるように歩くのに、今はまるで糸の切れた人形みたいだった。
そして、ゆっくりと俺の肩に手を伸ばす。
「ねぇ……マスター、いなくなるって……どういうこと?」
囁くような声。
「わたし、マスターを守るために強くなったんだよ? マスターのこと、一番知ってるし、一番守りたいって思ってるんだよ? 私の全部がマスターのものなの。マスターのためならなんだってできる」
指先に力がこもる。
肩を掴まれた感覚に圧がかかる。
「だから、だからさ、いなくならないで? 私のどこがダメだった? こ、これからはマスターが見てても戦えるように――」
おお、なんていうか、かなりマズい状況だな。
選択肢を間違えたつもりはないんだが、少し意図を読み違えられるとこれである。
挽回しなくては。