無表情メイドの愛が重い2
「……それなのに、彼は私を見捨てず――命懸けでミノタウロスと戦って下さったんです。なんの役にも立たない、ただのみすぼらしい少女のためにですよ?」
「それは……」
先ほどとは違う意味で言葉が出なかった。
まさか、そんなピュアな想いを向けられながら「いやぁ、あの時は本当に滾ったよな。ミノタウロスは俺が倒せるギリギリのレベルで、それに女の子を守る制限が掛けられてる。まさしく死闘を感じられるんだから」と、そんな理由で命をかけていたとは言えない。
ちなみに、紙一重で俺が勝った。その日は興奮で寝れなかったな。
「――そうしてミノタウロスを倒した男性は、私を近くの街のギルドに送り届けると、颯爽と去って行きました」
そりゃそうだ。俺、薬草採りの途中だったし。
回復ポーション作るのに必要なハーブ、あと二種類足りてなかったから。
助けて、ギルドに預けて、手をひらひらさせて帰った覚えがある。
彼女にとっては――それが、人生を変えた瞬間だったのだ。
「助けていただいたこと、その行動に対して、私は一言のお礼も言えませんでした。でも、あのとき――初めて、誰かにとっての道具ではなく、人として扱われたと感じたのです」
静かに、リゼットの手が止まった。
彼女が息を整えるのがわかる。
「その後、私は冒険者登録をし、ひたすらに強さを求め、彼を探そうとしました。この想いを伝えるために」
……なんか、ちょっと怖くなってきてない?
普通に感謝の念を抱いたまま平和に生きてくれれば良くない?
「ですが、突き止められたのは『血塗れ』という二つ名だけ。誰もその顔を知りませんでした。そして、手がかりは……途絶えました」
そうだった。俺には「血塗れ」というイカした二つ名があったんだ。
とはいえ、その理由は酷く間抜けというか……ギルドに行く前は不幸な事故や転倒で血まみれ、戦いは性癖のせいでギリギリになって血まみれ。顔はボロボロ。だから誰も正確な顔を知らない。
一方で、それは行幸でもあった。
俺がギルドで抜け道――という名の助成金――を使う時に、俺を知る何者かに邪魔をされないということだ。
自分で白灯を立ち上げてからも、できるだけ正体を隠してきた。
隠れ蓑としてのギルドだ。リゼットのように加入希望者が出ても困るからな。
「しかしある日、白灯というギルドに、どこかで見たことのある背中を見つけたのです」
彼女の運命が動き出した瞬間だな。
俺にとっては終わった瞬間だけど。
「それが、私がここにいる理由です。あのときのご恩を返すこと。あなたのそばで、あなたの望む形で尽くすこと。それこそが、私にとって生きる意味そのものです」
重い、重すぎる。
でも、だからこそ拒めない。
だって、これを拒否したら、俺は「人として扱ってくれた喜び」を否定してしまうことになる気がした。
仮に拒否しようとしても、彼女はSSランク。俺に無理やり言うことを聞かせることができるしな。その気にならずともワンパンだ。
俺だとバレてしまった時点で詰んでいたのだ。
「……そっか」
俺は笑った。笑うしかなかった。
嬉しいとか、ありがたいとか、感動したとか、そんなんじゃなくて。
ただ「やっちまったぜ!」の笑顔だ。
「だから――」
突然、リゼットが座っていた俺ごと椅子を引いて、正面にまわる。
そして、優しく俺を抱き寄せて、すでに眼前を埋め尽くしていた胸に埋めた。
「――な、なにしてんの!?」
実際には、モゴモゴとしか聞こえていないだろう。
メイド服で隔てられているというのに、とてつもない柔らかさ。
人の温かみもあって、反応とは裏腹に心が安らいでしまいそうだ。
これは危ない。精神が沈静化する。性癖どころの話じゃない。
このままじゃ、俺は心ごと堕ちる。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リゼットは耳元で優しく囁く。
「――私のこと、シン様の好きにして下さっていいんですよ? どんなアブノーマルな嗜好でも、受け入れますから」
ゾクッと、背筋を何かが走った。
声の調子は相変わらず落ち着いているのに、内容の破壊力が尋常じゃない。
「い、今のところは大丈夫……かな」
情けない声色。けれど、これが精一杯だった。
この状況で毅然と拒絶できる人間がいたら、それは聖人か死人だ。
とりあえず距離を取らなければ。理性が、本気で危険域に入ってる。
彼女の腰を優しく掴み、出来るだけ力を入れないように引き離す。
「……んっ」
なんでちょっと色っぽいんだよ。
反射的に目を見た。
その顔を俺に見られたのが嫌だったのか、彼女は少し頬を染めながら目を逸らした。
まさか、リゼットの人間らしい表情を見るのが今だとは。
さっきまで命令されてもないのに押し倒す勢いだったくせに、なんでここで乙女ぶってんだ。
「ちなみに、他にお悩みはございませんか?」
「悩み?」
あ、もう表情が戻ってる。
強いて言えば、ギルドメンバーが増えることかな。
SSランクの加入希望者とか、怖くて断れないし。面接が意味をなしていない。
「たとえば、始末してほしい邪魔者はいませんか?」
「……俺のこと、そんな物騒な人間だと思ってたの?」
リゼットは小さく首を横に振る。
「いえ。ですが、シン様が望むのであれば、一国の長であろうと、なんであろうと、消してみせます」
「大丈夫です!」
写真の背景に写り込んだ人を消すのとは訳が違うんだぞ。
「だいたい、俺がリゼットに指示を出してるって知られたら、どうなると思う?」
彼女は少し考え込み、口を開く。
「結果的に、この街がシン様の支配下に置かれるのでは?」
俺が黒幕だとバレる→街の人間がこぞって俺を倒しに来る→それをリゼットがシバく→結果的に俺が全てを支配する……ってことかよ。
「あのね……いくらリゼットがSSランクでも、数の暴力には勝てなくない?」
「勝てます。数の暴力を覆すのが愛の力です」
「この場面じゃなきゃいい言葉なのになぁ……」
愛の力を発揮した結果、街を征服させないでほしい。
「か、仮に俺が流れ弾に当たって死んだら、どうするんだ?」
「全てを殺します。そして、シン様を丁寧に弔ったあと、その隣に私の墓を作り、死にます」
「あ、そうですか」
そこは即答なんだね。怖いね。
なんておもっていると、背後で大きな音がした。
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