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6日目:幸福な一日

「うわぁ!」


 目の前にはフミーの顔があり、目覚めてすぐ驚きの声をあげる。


 この部屋に元々ベットは一つで、フミーは一緒に寝ても良いと言っていたが断り、俺のために一つ増やしてもらっていた。

 なのに、何故俺のベットにフミーが潜り込んでいるのか。


「おはよう」


「お、おは——」


「ちゅ」


 挨拶を返す途中、額に口付けをされた。


「!?」


 元々フミーは距離感は近かったし、スキンシップも多い。けれど、こんなのは初めてだ。


「朝ご飯、用意できてるよ」


「あっ、ああ……」


 フミー相手に初めてきょどった。



———



「——久しぶりに踏み締めた土の感覚に心が躍り——」


 朝食を食べ終え、最初に始まったのは本の読み聞かせだ。


 ベット上でフミーに膝枕をされているが、そんな俺を包み込むかのような読み方である。

 子供のような扱いに恥の感情が疼きつつ、読み聞かせなんて幼稚園の先生にしかされたことがない無いので、この歳でというのも新鮮さがある。


「——洞窟を抜けるとそこは花畑で——」


 囚われのお姫様を王子様が連れ出して、世界中を冒険する、というのが本の概要。

 挿絵はクレヨンを擦ったかのような柔らかいタッチで描かれているが、重厚感も感じる魅力的な絵だと思う。

 ただ、ページが取れそうになっている部分がいくつかあり、フミーが繰り返し読んでいたことが察せられる。

 チラチラとこちらの反応を伺いながら、楽しそうに読んでいるあたりお気に入りなのだろう。


「——すると、王子様は額に口付けをしたのです——」


「———」


 あっという間とも、ゆっくりとも感じられる時間が過ぎていく。


『明日、明日一日頂戴!それで、ここで一緒にいたいって思わせて見せるから!』


 昨日のフミーの宣言。

 そこから狙いもわかる。


 今日一日、俺へめいっぱい尽くそうとするだろう。

 楽しませて、未練を作り、執着させる。

 灰になって死ぬなど、考え直してもらえるように。


 そんな健気な願いを砕くと思うと心苦しいが、今は考えないようにする。

 せめて、フミーが提供するものをしっかり受け取ろう。



「——決してあり得ないはずの顔を前にして、表情を歪めたのだった」


 パタン、と本を閉じる。3巻が終わったようだ。


「次の巻は?」


 続き物であり、もう三冊も読ませてしまったが、それでも、次をねだらずにはいられない。この世界の文字がわからないのもあるし、物語が面白かったのもあるし、何よりフミーの語り口が心地よかった。


「続きが気になるでしょう。でも今日はおしまい」


 人差し指を口元に添え、フミーはウィンクをする。

 主人公のお姫様が死んだはずの兄と再会するという非常に気になる引きだったが、おあずけされた。

 なるほど、そういう作戦なのか。


「俺の予想だとあの兄は途中で死ぬ。なんかそういう空気が漂ってた」


「ふ、ふ〜ん」


 口角を上げながらソワソワしてるいるフミー。ネタバレしたい衝動を抑えているようだ。

 


———



「料理をします!」


 声高々に宣言したフミーへ床に体育座りをしながら拍手を送る。


 用意されたテーブルの上には、カセットコンロのようなものが置かれていて、フミーがエプロンをしフライパンを持っていなければ理科の実験が始まるのかと思っていたところだ。

 ちゃんと料理らしい。


「でも材料が見当たらないな。何作るんだ?」


「ふふん。材料はこちら!事前に召喚してるよ!!」


 テーブルクロスの下からまな板と包丁と共に取り出したのは桶だ。

 その中に、キャベツとにんじんと玉ねぎ、見たことない葉っぱ等の野菜と調味料と思わしきビンがいくかある。


「野菜炒め、です!」


 フライパンを高々に持ち上げながら料理名を出した。




 正直なところ、フミーが料理を振る舞いたいと言った時、不安だった。

 怪我をしてしまいそうだ。

 本で学び、ちゃんと作ったことがあると言われても半信半疑である。

 そして実際——


「あれっ? 何でコンロつかないの〜!?」


 コンロを操作しようとする音が聞こえると共に嘆く声が響き渡っている。

 野菜を切ったところまではよかった。思わず目を丸くするほどの包丁捌きである。

 だが、それを炒める前にトラブル発生だ。


「ちょっと見せてみてくれ。俺の世界のやつと同じならわかるかも」


「カザミショーヤは座ってて!」


 これ以上見ていられず立ち上がるも、掌を向けられで静止されてしまう。


「むむ……」


 眉を顰めて難しい顔だ。

 なんとかしてやりたくなってしまうが、一度拒否された以上、自粛する。


「うーん、うーん。……あ!!」


「ついたか!?」


「うん!」


 問題が解決でき、曇りなき笑顔でピースを向けられ、こちらも頬を緩ませピースを返した。


 そこから包丁捌き同様、スムーズな流れだ。

 火が通りにくいにんじんと玉ねぎなどを先入れ、そこからキャベツやよくわからない葉っぱなどの火の通りやすい物を入れる。

 最後に味付けをして、完成だ。


「召し上がれ!」


 椅子に座り、皿に乗った野菜炒めを眺める。

 フミーの料理をする姿を見ていた時から嗅覚が刺激されていた存在が目の前にあり、生唾を飲む。


「……いただきます」


 手を合わせてから、手に持ったフォークで口へ入れた。

 はし以外で野菜炒めを食べるなど不思議な感覚だ。


「おっ、おいしい!!」


「……!!」


 不安そうに自分の服の裾を握っていたフミーが、その言葉に目を輝かせた。


「ほんと……!? 胃袋掴まれた……!?」


「掴まれた掴まれた!ほら、食べてみろよ。味見もしてなかっただろ?」


 野菜炒めを取ったフォークをフミーへ向ける。


「料理人が一度振る舞った料理を食べるなんて……。でもあーんされるなら、食べちゃおっ!」


 パクっと、自分で作った料理を口に入れた。 


「うん!おいしい!」


「だろ?」


 そんなこんなで、しっかり残さずに全部食べた。



———



「なっ……また負けた!?」


「わーい!」


 敗北に膝をつくのは風見翔也であり、勝利にバンザイするのがフミーだ。

 ボードゲームやトランプで遊んでいるが、運要素が強いものだと異様な勝率を収めるのがフミーであった。

 風見翔也の運がないと考えるより、フミーの運が強いとおもっておきたいところ。

 反面、運要素のないものだと無事風見翔也も勝利を収めることができているのでよしとしよう。


「フミー!次はリバーシだ!」


 元の世界と共通のゲームが意外に多いのはありがたい。

 リバーシは二人零和有限確定完全情報ゲームというカッコいい名前の分類がされてあり、要するに運要素がない実力勝負だ。


「いいよ!これ、角が取られたら不利なやつだよね」


 その快諾により、勝負が始まる。

 風見翔也が黒で先行であり、フミーが白で後行だ。

 リバーシ特有のマス目の書かれた正方形の盤上と黒白の石を見ていると、小学生の頃、リバーシの大会で見事4位になったという微妙な記憶を思い出す。

 要するに特別強いわけではなかったが——


「うあーっ!負けちゃった!」


「よし、勝った!!」


 風見翔也の勝利。

 後半フミーが追い上げてきて焦ったがなんとか踏ん張った。


「じゃあ次! ドラゴンソード&ナイツ! アタシの得意なやつ! 父様にも負けなかったんだから!」


「初めて聞くからルール説明頼む!」


 この世界特有のゲームだろう。じゃなきゃ、そんな厨二心くすぐる名前、俺が知らないはずない。


「えっとね、まずこの剣のコマとドラゴンのコマがあって——」



———



 外の光景がわからないこの部屋では、時間感覚がおかしくなるが、時計を見る限り、もう日付が変わりそうな時間である。


「そろそろ寝るか」


 本の読み聞かせをされたり、料理を振る舞われたり、色んなゲームをしたり、そんな楽しい一日でも終わりはやってくる。


「……カザミショーヤ」


 枕を携え、寝巻き姿のフミーが俺の袖を掴んだ。


「一緒に寝よ」


 昨日までなら断っただろう。


「いいよ」


 一緒に過ごす夜は、今日がきっと最後になる。

 だから、断らなかった。


 この部屋は常に一定に明るいため、ベットにはポールタイプの天蓋が付けてある。

 その天蓋のカーテンを閉め、一緒の布団へ入る。


「今日一日、楽しかった?」


「ああ、とても」


「でしょ!でしょ!」


 天蓋の厚めカーテンにより区切られた空間は特別感があり、内緒話をしているかのようだ。


「……ごめん」


「どうして謝るの?」


「俺はやっぱり君のお願いを聞いてやれない」


 今日一日、本当に楽しかった。幸せだった。フミーがくれた最高のものだ。


 それでも、もう決めたことだ。

 フミーためなんて大それたことは言えないが、風見翔也が見つけた道だ。

 

「…バカ」


「フミー」


「バカ、バカ」


「……」


 愛らしい罵倒をされながら、フミーに、跡が付きそうなほど強く、腕を握られる。


「いいよ、死んじゃえ」


 その言葉を最後に、俺たちは眠りに落ちていった。

 そして、夢にネオ・ハクターが現れることもなく、日付が変わる。




——残り一日。

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