4章5話:同行決定
「そこ、気になるっすか〜?」
「うん」
「まぁ、いいか。教えてやるっすよ〜」
後頭部で手を組み、ドットルーパは仕方ないと言った風に口を開く。
「アイリス・リリィ——この名を知ってるっすね〜」
「——!」
突然出てきたその名前に思わずドットルーパを凝視する。
もちろん、知っている名前だ。
『ぼくはアイリス・リリィ。よろしゅう』
眼鏡をかけ、朝焼けの空のような瞳で水色の髪をしたエルフの女性が頭の中によぎる。
「エルフの里の旅館の女将さんの名前じゃないですか」
ドットルーパの隣に座るネオンが不思議そうに首を傾げる。
「アイリスが、チョジュラスの槍をフミーが持ってるってこと、オイラの部下の住処に来て教えてくれたんだ。どうも、未だにログライフへ忠誠を誓ってるみたいで」
「それって……」
「ああ、アイリスは組織『テーキット』の構成員だったんっすよ〜」
「——!」
フミーの心に波紋が広がる。
エルフの里の旅館に泊まった際、良くしてもらった。例えば、彼女お手製の料理はほっぺが落ちそうになるほど美味しかったし、いい人だと思った。
それが、因縁の組織の一味で槍のことをドットルーパへ知らせていたのだから複雑だ。
けれど、何か事情があったかもしれないし、いきなり敵視することはできやしなかった。
「そっか」
目を閉じて、小さく呟く。
何にせよ、気になったことは聞けた。
「これでいいっすか〜?」
「うん。わかった。ドットルーパが言った通り、アタシもアープルたちに同行するよ」
こうして、フミーも戦いへ参加することになった。
「フミー」
アープルがフミーの肩に触れ、呼びかける。
「あーしはユスティーツ警備隊隊長、アープル。君にとっての正義は……いや、愛するものは何かしら?」
差し出された手に、そっと自分の手を重ねて握る。
「アタシはフミー・チョジュラス。愛する者はカザミショーヤ」
何のために自分が頑張っているのか、その根本となる人物の名を上げ、アープルと握手をして決意を固めた。
——
『ノーマル王国』は『ユスティーツ王国』の北方に位置する。移動時間短縮のため、途中で船で沖に沿って移動するが、到達まで計3日はかかる。
「フミー」
『ノーマル王国』へ向かって進行する船の甲板、フミーへ声をかける人物がいた。
「お祖母様」
振り返れば、雪のように白い髪を二つに結んだ幼い風貌の姿がある。フミーのお祖母様だ。
父様へフミーがアープルたちに同行することを話すと、猛反対した末に自分も行くと言い出した。予想通りである。しかし最終的に、途中船で移動する必要があるため、船酔いする父親の代わりにお祖母様がついてくることになった。
諸々落ち着くまでドットルーパは厳重に警備しておこうといくことで、監獄に収容されるドットルーパを『ユスティーツ王国』に残る一部の警備隊と共に見張りをするのがお祖母様の本来の予定だったが、代わりに父様がその役目を請け負うことになった。
ドットルーパがもし逃げようとしても安心だ。
よって、研究所をリクとリーゼに預け、アープル及び警備隊とネオン、フミー、お祖母様で『ノーマル王国』へ向かっていた。
「チョジュラスの槍は持ってきてないのか?」
「うん。いつでも召喚術で呼び寄せられるし、移動中は邪魔かなって思って研究所に置いてきたよ」
手ぶらでいるフミーへ疑問を持つお祖母様へ答える。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。
「フミー、ルルーミャ、少しいいかしら」
足音の主はアープルだ。毛先の白い赤い髪を靡かせながら表れた彼女にルルーミャは首を傾げる。
「アープルちゃん、どうしたんだ?」
「少し情報共有をしたいの。来て」
そう言って船内へ戻るアープルにフミーとルルーミャは続いた。
通されたのは中央に長机のある会議室のような部屋だ。待っていたのか壁際にネオンがいて、部屋の扉のすぐそばの位置には、座っている少年が一人いる。こちらの姿を見るなり少年は立ち上がった。
「お疲れ様です。隊長」
その少年はアープルへ敬礼をした後、フミーとルルーミャを交互に見た。
金髪で紫色の瞳をした少年だ。右目の下に傷跡が印象的。背丈はフミーとそう変わらない。
隊服に身を包み大きめの軍帽を被っていて、警備隊の一員であることが明らかである。
「自分はユスティーツ警備隊の副隊長——ニオンです」
そう名乗り、軍帽を丁寧に両手で取ってお辞儀をした。
が、その姿に少し驚く。幼い外見でありながら副隊長を名乗ったことが、ではない。
何せ、その露わになった後頭部に2本の角が生えていることが見れば明らかだから。
「ちなみに、人間と鬼族のハーフになります」
顔を上げてニカっと少年は笑った。
——鬼族。
そう言われて思い出すのは銀黒の魔女に仕えている小鬼たちだ。
鬼の特徴的なのはその角だろう。
「悪目立ちするんで帽子を中々脱げないのが中々に不便なんですよねー」
軍帽を被り直しながら、小さく不満を漏らす。
「ここに呼んだのは、銀黒の魔女の使い魔である小鬼について、君たちにも話しておこうと思ってよ」
アープルは数歩前に出てニオンの横へ並んだ。
——
銀黒の魔女の使い魔には、4匹の小鬼が確認されている。
小鬼とはかつて悪魔が作り出した生物『鬼』の亜種である。
赤い小鬼は触れた相手の意識をジャック。
青い小鬼は頭に乗った相手の能力コピー。
黄色い小鬼はワープ地点になれる。
緑の小鬼は魔女限定で回復ができる。
——ということだそうだ。
そして一番注意すべきは触れただけで意識を奪える赤い小鬼だ。
「赤い小鬼の能力には、アタシかかったことがある」
忘れもしない。初めて王都に行った時のことだ。不用意にも赤い小鬼へ手を伸ばし、無人の世界へ意識を連れて行かれた。リーゼがいたからなんとかなったものの、怖い思いをした。
「そうですか。その時、銀黒の魔女はどうでしたか?」
少し俯くフミーを気にせず、ニオンは問いかける。
「……えっと、なんていうか、現実じゃない世界…………意識の中? で会ったよ」
「では、実物の彼は?」
「実物?」
ニオンは紫の瞳にフミーを映し、自慢げに薄ら笑いを浮かべた。
「銀黒の魔女が意識の世界に現れる時、現実世界の彼は無防備にすやすや眠ってると見ていいと思うんですよね」
「——!」
なるほど。
あの時のフミーを、隣にいたリーゼは立ったまま気絶していたと言っていた。銀黒の魔女側もそういった状態だったと考えられるのか。
「けれど、確かな話ではないのよね」
横目でニオンを見ながら、アープルは口を開く。それに対して困り笑顔を作りニオンは頷いた。
「誰か赤い小鬼の意識ジャックを喰らって魔女を精神世界に呼び出し、その間に現実世界の魔女をどうにかするって作戦がパッと思い付きますけど、確かじゃないならややリスキーですかね」
ネオンが壁にもたれかかり、顎に手を当て考え込む。
「ですね。だから、そうして欲しいというより、もしそうなったらこういう対処がいけるかもって話ですよ」
ニオンの返しに納得したようにネオンは目を閉じた。
すると、フミーの隣にいたお祖母様が主張するように手を上げる。
「あたいはその銀黒の魔女とやらに会ったことがないんだが、そもそもどういう奴なんだよ。フミーから何があったとかは聞いてるけどよ、よくわからないぜ」
話の腰を折らないようにか、黙っていたルルーミャが声を上げた。
「ログライフに心酔する邪悪な魔女。——あーしがあの時仕留めておくべきだった存在ね」
「あの時って組織崩壊させた時の話ですか? それとも一年くらい前の時の話?」
「どっちもよ」
アープルとネオンは互いを見合う。
「あーしは今回、ログライフに集中するわ。だから、魔女のことはあなたに頼んでおきたい」
アープルはネオンの肩に片手でポンと手を置き、すぐ離した。
「ええ」
ネオンは短くそう返事をして首を縦に振る。すれば、綺麗な金色の髪が微かに揺れる。
「邪悪な魔女」で説明を片付けられたお祖母様は少し不服そうだった。
——それから間も無くして、船は目的地点へ到着し、ログライフ一派のいる『ノーマル王国』まであとわずかとなった。




