4章4話:ドットルーパの追想
そうして、『ノーマル王国』侵略中のログライフ一派の討伐及び撃退を課せられたユスティーツ警備隊。その協力をネオンはすることになった。
——が、
「フミーの嬢ちゃんは行かないんっすか〜」
ドットルーパの気の抜けた声が、空間に響く。その場の全員が彼が入った袋へと注目した。
「どういうこと?」
「殺すのが嫌でも、殺さない程度にダメージを与えるくらいはできるだろ。お前も加わってサポートしてやればいいのにと思ったんっすよ〜」
突然何を言い出したのかと思うフミーなどお構いなしにドットルーパは続ける。
「その槍は吸血鬼の再生力を無視して傷を負わせられるものだ。あったら便利だと、そんな槍を扱う仲間がいれば頼りになると、そう思いやしたかったっすか〜?——隊長さんとやら」
呼びかけられたアープルはピクリと肩を僅かに動かした。
いくら強くなってきたからといって、アープルやネオンに並ぶほどだと到底思えやしない。そんな自分がついていくことなどフミーは考えやしなかった。なのに、よりにもよってドットルーパがそれを提案してきた。ドットルーパはログライフ側の存在だろうに、どうして。
フミーの代わりにアープルが一歩前へ出てドットルーパへ向き直る。
「確かにフミーが槍を使えばログライフの討伐難易度は下がるでしょうね。けれどドットルーパ、あなたはどうしてそんなことを言うのかしら」
アープルはドットルーパーの入った袋を手に掴んで揺すった。その真意を問いただすように。
「フミーがあーし達と行動することに何を見出しているの?」
ログライフ側の存在であるドットルーパが何故そんな提案をしたことは不可思議だ。フミーだってそこに何か思惑があるのかと疑わずにはいられない。
「別に、どう捉えってもらってもいいっすよ〜。ただ——……いや、なんでも」
「途中でやめないでよ。何?」
何かを言いかけてやめたドットルーパにフミーは首を傾げながら尋ねる。
「袋から出してくれるなら言ってもいいっすよ〜」
そう答えられ、アープルの顔を見れば、仕方ないといった表情で頷かれる。袋からドットルーパを解放することを許可された。
「この場にあーしもいるし、ネオンもいる。下手な真似はしないことね」
「へいへーいっすよ〜」
釘を刺すアープルに適当な返事をするドットルーパ。
袋の結び目を解けば、その姿が現れる。
「ぷはーーっ! 新鮮な空気最高っすね〜」
首を鳴らし腕を回し体をほぐすようにしながらドットルーパは立ち上がり、警戒するネオンとアープルを横目に堂々と白いソファへ座った。
「話してやるよ。オイラとオイラの母さん——ログライフのこと」
勝手に机に置いてあったクッキーを食べながら、薄暗い笑みを浮かべる吸血鬼。そして「おいしいっすね〜」と小さく呟いた。
———
ログライフには生き返らせたい人がいる。
そいつは何の変哲もない人間の男だ。吸血鬼でもないし長寿でもない。ただ、愛していた。例えまた死に別れるとしても、もう一度会いと願った。
——あ、勘違いしないで欲しいんだけど、オイラの父親ではないっすよ〜
——オイラの父親は、ただ母さんを殴っていた記憶しかないんでよくわからないっすね〜
わかるのは、その男が吸血鬼であったこと。それだけだ。
吸血鬼の国。吸血鬼だけで構成された鎖国国家。吸血鬼しか存在しないとされる国。
そこで、自分はそこで生まれたわけだから。
——ログライフは、暴力的な父親からオイラを守り、ひたすらに傷ついていた。まっ、そのおかげか痛みに耐性がないオイラが出来上がったんだけど。…………フミー、同情するような顔やめろっすよ〜
しかし、何度暴力を振るわれようとも、便利なことに吸血鬼だから、いくら痣を作っても治る。けれど、心の傷は違う。何度も泣いている所を見た。どうすればいいのかわからなかったが。
そんな中、転機が訪れる。夫から逃げ出したいという思いが実ったのか、ログライフが魅了の力に目覚めた。後天的に発芽した吸血鬼の力だ。
そして、とりわけログライフの魅了の力は強かった。
——夫を跪かせて蹴飛ばし、オイラを抱えて家を飛び出して、国の門番も跪かし、吸血鬼の国を出たんっすよ〜
だが、国を出たはいいものの、当てはなくひたすらに彷徨った。迫害されたり、人間との関わりに四苦八苦しながら。
そんな中出会った男にログライフは恋をした。
至って平凡な男でも、その人物との時間は心地よく、また、彼もログライフに惹かれていく。
——オイラも男に懐いてたけど、少々複雑だったっすね〜。…………何がって、それは察してくれっすよ〜
——まーあ、とにかく、オイラも母さんもその男に救われたんだよ。一緒に住んでいいって言って居場所をくれたり、吸血鬼の国との常識の違いとか擦り合わせてくれたり、働く場所を見つけてくれたり。
平和に慎ましく三人で暮らしていた。が、案の定と言うべきか、男とは死に別れることになる。
——そこからみなさんご存知の通り、死者蘇生を求め始めて、仕舞いには組織を作るんっすよ〜
しかし、組織『テーキット』は最初、非人道的な手段は取らなかった。それもあってネオ・ハクターから研究所を譲り受けたりしながら生に関する研究を重ね、死者蘇生を追い求めた。
けれども、辿り着けず、やり方は悪化していく。吸血鬼の国を出てから恐ろしさのあまり封じていた魅力の能力を使ったり手段を選ばなくなる。段々とおかしくなって行く。
——その頃ぐらいからかな。オイラが死にたくなったのは。……母さんを見てアホらしい
と思ったんだよ。せっかくの長い人生、そんなことに力を尽くすより新しいパートナー見つけた方が早いだろって。
——一つの目標だけ見て、他はどうでもいいみたいな態度で、哀れだった。
——付き合いきれないと思ったが、かと言ってオイラに目標とかやりたいことなんてない。
——だから、オイラは死ぬことを目標にした。丁度、組織で生に関する研究をしているわけで、吸血鬼が死ぬための手がかりも見つかりそうだし。
それでも、ログライフが願いを叶えたならば、それはそれで喜ばしいことだ。そう思っていた。王城地下での封印を解いて再会するまでは。
——『悪魔』って知ってるっすか〜?
天使同様、架空の種族とされる存在。しかしそれは誤りで、大昔に確かに存在してたものだ。
ログライフは、その『悪魔』と出会っていた。
凍結され封印されている間、意識の狭間で悪魔と邂逅し、契約をしていた。
目的を達成し、再び愛する人と触れ合えたのならば、自身の存在を悪魔に受け渡し、上書きさせることを引き換えに、悪魔の力を借りられる。
——どういうことかって? 悪魔の器ってことっすよ〜
悪魔は現在ログライフと契約し、取り憑いている。目的達成すれば、その悪魔はログライフを完全に乗っ取り、ログライフそのものとなる。
——これってさぁ、つまり、死ねるっことなんだよなぁ。
——許せねぇよ。
——勝手にくそったれなこの世界にオイラを産み落としておいて、目的済んだら即世界からおさらばとか笑えない。
——オイラより先に逝くなんて我慢ならない。
——だから、オイラは絶対にログライフよりも絶対先に死ぬ。オイラの今の目標はこれっすね〜。
———
ドットルーパはフミーを鋭い眼光で射抜き、不適切に口を綻ばせた。凶暴な八重歯が見える。
「でも、フミーの嬢ちゃんはオイラを殺したくないらしい。だから、それならそれで代わりにログライフを捕らえて欲しいんっすよ〜。目的を達成して悪魔に乗っ取られないように、ね」
「私とアープルだけでは不満?」
ネオンが挑発するようにドットルーパの隣に座り直す。
「そりゃね。なにせ悪魔がバックにいるっすし〜」
「悪魔……ね」
意味深にアープルが反芻する。
「アープル、どうしたの?」
「悪魔の話を聞いたことがあるわ。大昔、天使に免罪をかけ地上への追放に追いやったと」
「天使……」
フミーは天使の存在を知っている。大きな白い翼を広げる美しい女の人を知っている。白い空間で邂逅し、会話をしたことがある。
——何か、関係があるのか。
「具体的に『悪魔』とやらがどの程度のもかわからないし、未知数なことこの上ない。それでも、正義を背負うあーしがこの世に災厄をもたらす存在なんて打ち払ってみせるわ」
「おーおー、心強い」
カッコよく言い切ったアープルをドットルーパは興味なさげに聞き流し、またクッキーを口に入れる。
「で、フミーの嬢ちゃんはどうするんだい? オイラのお願い聞いてくれるっすか〜?」
「いいよ」
「……!」
フミーの同行、そのドットルーパの要望に頷くとアープルは少し驚いた顔をした。
「でも、代わりにもう少しそっちのことを教えて欲しい」
「へぇ、何っすか〜?」
「どうしてチョジュラスの槍をアタシが持ってるって知ってたの?」
自分を殺せる槍をフミーが持っていると確信した様子で現れた。そこに、嫌な予感がするのだ。ドットルーパの言う通り、アープルたちへ同行するのなら、その疑問を晴らしたい。
質問されたドットルーパは軽薄な笑みをやめて表情を落ち着け、言いづらそうに頭をかいていた。




