4章3話:要求と提案
アープルはドットルーパの入った黒い袋を肩に担ぎ、フミーへ問いかける。
「ネオンは研究所へいるのかしら?」
「いるはずだよ」
その答えを聞き、研究所『テーキット』の方向へアープルは足を動かす。その一歩後ろを位置取りながらフミーも続く。
「ネオンに用があったの?」
「ええ」
多くは語らず、ただあっさりと返事をするアープルだった。
———
真ん中に机を挟み、互いに白いソファへアープルとネオンは向かい合って座っている。その様子をそっと後ろからフミーは覗いていた。
「ファースト大陸の北にある世界有数の武力国家『アサルト帝国』がある集団に攻められ陥落したそうよ」
アープルは表情を変えないまま、ネオンへ告げる。
ファースト大陸はフミーたちがいる大陸である。丁度中央に位置する『ユスティーツ王国』に住んでいる。
「その奴らは隣国も侵略しにかかってる。アサルト帝国の兵士8割……20万人ほどが寝返ったから、最早時間の問題ね。そこで、その現在侵略されかけている『ノーマル王国』からユスティーツ警備隊に援護の要請がきたわ。だから今、警備隊の大半が援護に向けて準備中。今夜には出発するつもり」
——と、矢継ぎ早に続けてアープルは話す。
あくまでフミーの感覚になるが、兵士の8割が寝返るなんて不思議だ。勝ち馬に乗ろうとしたにしても、多すぎるような。
「兵士8割が寝返るなんて、国に忠誠がなさすぎますね。どういうことなんです?」
首を傾げたフミーと同じことを疑問に思ったようで、ネオンは問う。
「その侵略者たちというのが——ログライフ一派よ」
「……ああ、なるほど。吸血鬼の魅了を使ったんですね」
二人の会話に聞き耳を立てながら、ひっそりとフミーは息を呑む。
吸血鬼の魅了——それは、フミーも体感したことがある。ログライフと相対した際、彼女を拒絶できず、何もかも従ってしまいそうな、そんな感覚に襲われた。
それを使えば、20万人もの人を寝返らせることも可能ということか。なんて恐ろしいんだろう。
——そもそもの話、何故ログライフたいは国の侵略なんてことをやっているのも不可解だ。ログライフの目的はフミーと同じく死者蘇生のはず。
「ドットルーパは何か知ってる?」
手に持つ黒い袋へ語りかける。ネオンとの話し合いの邪魔にならないように預からせてもらったのだ。
「世界征服っすよ〜」
「……え」
「研究所で生に関する研究をしていたように、今度は全世界を支配して、全世界を使って、死者蘇生を求めることにしたってことっすよ〜」
「そんなこと、できるわけ……」
「そうだね。ログライフと銀黒の魔女、組織の残党、ついでにオイラを加えるにしても世界に太刀打ちするのは難しい。けど、そこは吸血鬼の魅了の力。兵士を寝返らせたように、味方を増やしていけば可能性も見えてくるって話っすよ〜」
僅かだとしても世界を征服できる可能性を持つとは、吸血鬼の魅了は本当に恐ろしい力だ。
「あーしからも、そこの吸血鬼に聞きたいのだけれど」
壁に隠れていたフミーたちの方を覗き込みアープルは声をかける。ドットルーパとの会話は丸聞こえだったようだ。
「大抵のものには限りがあるはずよね。吸血鬼の魅了だってそのはずでしょう。どういうことなのかしら?」
魅了の力を無制限に使えるはずがない。アープルが問いかけているのは、魅了の力のカラクリについてだ。なにせ、無制限に使い放題ならば世界はとっく吸血鬼に支配されているはず。そうなっていないということは——。
その疑問にフミーは頷き同意を示す。
「オイラは魅了が使えないように、個体差があるんだ。魅了の力が強いのがログライフってことっすね〜」
袋の中のため表情は見えないが、ドットルーパの声はいつもの調子で答える。
「それだけの話とは思えないわね。何かしらの干渉を感じるわ」
しかし、ドットルーパの言葉にアープルは満足しなかったようだ。直感か。隠し事の匂いを感じ取ったらしい。
「……」
「そこまで答えるつもりはないのかしら」
袋越しにアープルとドットルーパが睨み合った、そんな気がした。
「——ともかく」
ドットルーパから答えを聞くのは諦め、ネオンの方へ向き直るアープル。
「数も多いしあなたの力も欲しい」
「あなた一人で力は充分ですよね」
あっけらかんとそんな言葉で、協力を願うアープルをネオン突き放す。それは、冷たいながら信頼の証のように思えた。
「あーしの体は一つ。限界はあるの。……未知数の部分もあることだし」
けれど、アープルは引き下がらない。
「報酬は? まさかタダ働きなんてさせませんよね」
「不届きもの討伐貢献の栄誉では不満なようね。なら、できる限りあなたの望むものを用意するけれど」
見返りを求めるネオンへ、アープルは相応の見返りを返すことを示した。そのアープルの瞳を見つめてからネオンはこちらをチラリと見て、また灰色の瞳を見つめる。
「……。じゃあ、死刑が決定してる長命もしくは強い再生力を持つ種族の罪人を6人ください」
「——!」
その突きつけた条件にフミーはネオンの顔を凝視する。どうしてそんなことを言ったのかわからないほどフミーは察しが悪くない。
チョジュラスの槍は、生命力の強い者を残り6人殺せば死者蘇生ができる。そのための犠牲になる存在をネオンは要求していた。
「ネオン、それは——」
「……ネオン、何をする気ですか」
ネオンへ待ったをかけかけたフミーの声はアープルの声にかき消される。
「犠牲が必要なこと」
「もう一度、聞きます。何をする気ですか」
ネオンが端的に答えても尚、アープルは問いかけ直す。訝しむアープルの視線にネオンはたじろぐことなく机に置いてあったクッキーを口に運んだ。
「アタシが説明するよ」
迷った末、フミー二人の会話に割り込んだ。
そうして、説明する。
槍のこと。
生き返らせたい人がいること。
黙って途中で口を挟むことなくアープルは聞いてくれた。
「人を蘇らせる……ね」
「アープルは反対する?」
「いいえ。それ自体は悪とも思わないし、あーしは咎めないわ」
フミーの問いかけに、瞳を閉じ首を横に振るアープルにひとまず安心する。
「ただ、ネオンが提示した条件は受け入れられないわ。死刑が決まっている罪人にはそれぞれ死刑が実行されるタイミングがあるもの。判決が下されたそれらを覆してあなた達へ委ねるなんてあーしはしない」
「そう。じゃあ協力不成立になりますね」
その判断を予想していたかのように、ネオンはまた一つクッキーを口へ入れる。
「最後まで聞いてくれる?」
そう言ってアープルもクッキーを一つ齧る。小さく「おいしい……」と呟いてから話を続けた。
「長命もしくは強い再生力を持つ種族の罪人、その死刑執行日に死刑執行役として殺すというなら問題ないわ——けれど、」
「けれど……何ですか?」
アープルは促すネオンではなくフミーを見る。
「フミー、君は誰かが死ぬところなんて見たくないと言ったわね」
「う、うん」
「でも、死者蘇生するには誰かを殺す必要があるのよね」
「…………まだ、リクがチョジュラスの槍を完全に解析できてないからそうとも限らないよ」
「でも、現状それしかわかってないじゃない。——仮に、槍で蘇生するには誰かを殺すしかなかったとして、どう折り合いつけるつもりなのか聞きたいわ。チョジュラスの槍以外の方法を探す?」
「……」
罪人を殺すという手段をネオンは示したが、それにフミーは同意できていない。それがアープルは引っかかったのかもしれない。
ついさっき、彼女の前で誰かが死ぬところなんて見たくないと吐き出した。
誰かを犠牲にするのは最終手段。なら、その最終手段を取るのはいつなのか。
チラッとネオンの方を見る。
ネオンはともかく、普通の人間の寿命しか持ちえないリーゼやリクに協力してもらっている。付き合わせている。それなのに、いつまで長引かせるのか。
それに気づいてしまえば、すんなりと答えが出てくる。
「リクに槍を全部解析してもらって、本当に命を奪うしかやり方がないなら、その時はそうするよ。死刑執行役、やらせて欲しい」
リクはずっと身を削りながら槍の解析をしている。その苦労を水の泡にするなんて、してはいけない。
槍を使ってカザミショーヤを生き返らせることはもう、決定事項だ。
「そう。——聞いたかしらネオン」
「もちろんです」
「ネオンが警備隊に協力してくれるなら、チョジュラスの槍が死の犠牲でしか蘇生をできない場合、フミーを死刑執行役にしていい。こういう条件で」
「ええ、充分」
そんなやり取りをしてから、二人は握手した。




