5日目:卑怯な結論
「……ん」
近くに人の気配を感じながら目が覚める。
「あ」
「フミー?」
フミーがベットの傍に立ちながら、俺の顔を覗き込んでいた。
風見翔也の寝顔なんか見ていてもつまらないだろうに。物好きだなとと思いながら無言で見つめ返す。
「はわわ……」
すると、フミーはみるみる顔を赤くしていった。
「おはよう。フミー」
「おはっ、おはよう……」
声は上擦っていた。
「んっ」
立ち上がり、そんなフミーの頭を当たり前のことのように撫でる。
髪の感覚を自らの手に植え付けるように。
「カザミショーヤ……?」
少し乱暴な撫で方になっていたことは自覚していたが、それでも撫で続けた。
ネオ・ハクターとの邂逅。
昨日見た夢が、小骨のように喉に引っかかる。
それを、フミーには吐き出せなかった。
———
「カメラ?」
「そ、カメラ。昨日、写真を見ただろう。それを精製できる物」
風見翔也はそのカメラを召喚できないかフミーに頼んでいた。
思い出を、自分の姿を目に見える形で残したい。
無性にそんな衝動に駆られたのだ。
「じゃあ、また一緒に召喚しようか!」
「ああ……!」
差し出された手を握る。
二日目でもこうしたものだ。
「想像して、その『カメラ』を」
言葉の通りに想像する。
その場で現像できるタイプのアナログインスタントカメラだ。
子供の頃、田舎にある祖父母の家に遊びに行った際、森に入ってところ構わず写真を撮った。
すぐに現像されるのが面白かったと思われる。
想像した、と目でアイコンタクトをし、それに頷くフミー。
「——天地創造、この世の理、森羅万象の果てに」
詠唱が始まった。
握った手から熱が溢れ出す。
「——オファー・コネクタンス」
世界を揺るがすような眩い光に包まれた後、物体が出現していた。
倦怠感は少しあるが、二日目の時と比べ楽であった。
「成功したな」
「うん!流石カザミショーヤ!」
「フミーのおかげだよ」
茶色く、四角いフォルム。
そのインスタントカメラを拾い上げる。
「それがカメラ?」
「ああ、そのはず」
現代では、スマートフォンで写真を撮ることが多いだろうが、充電が無くなればお終いだ。この部屋に充電器が挿せそうな所はないし、現像できるインスタントカメラを選んだ。
「どうやって使うの?」
「えっとな……」
とりあえずフィルムの枚数を確認しようと裏返す。
「お?なんか文字が書いて——」
「テーキーット製って書いてある」
「え、フミーが読めるってことはこの世界の言語で……」
この世界の製品ということになる。
しっかりこの世界でもインスタントカメラが発明されていたらしい。
仕組みは元いた世界と一緒だろうか。
「フミー、なんか可愛いポーズしてくれ」
「えっ!?」
シャッターボタンを押し、撮影音が鳴った後、写真が現像される。
咄嗟に手をハート型にしたフミーが出てきた。
「わ!すごーい!」
「しっかり画質が良い……」
この愛らしいフミーの写真は、枕元にでも飾っておこう。
夢見が良くなること間違いない。
「今度はアタシが撮る!」
「使い方わかるか?」
「見てたから大丈夫!“カッコいい”ポーズお願いね!」
「え」
先程の意趣返しか、カッコいいを強調してきた。
どうする。どうする。
自分が先にしたことだが、無茶振りだ。
「……っ!」
「よし!撮れたよ」
俺が咄嗟にしたのは右目を抑える厨二病的ポーズだった。
しかも半目だ。
「待ってくれ。それは捨てて撮り直そう」
「やーだ」
古傷が傷みかねない写真を取り上げようとするも、身軽なステップでかわされる。
フミーはそうやってニヤニヤしながら写真を眺めていて、写真を破ることを断念。
「ふふっ……。それよりカザミショーヤ」
「何」
「今日何の夢みてたの?」
思いもよらない急な話題転換。
ドキッ、そんな効果音が相応しい場面だ。心臓が大きく跳ねたのは言うまでもない。
「……急だな。変な寝顔だったか?」
「そうだね。眉間に皺よってた」
どうしたものか。
ネオ・ハクターとの邂逅、召喚の真実。
本物のネオ・ハクターだと思って話していたが、夢の中のことだ。
全て風見翔也の夢が作り上げた紛い物で正真正銘ただの夢、そんな可能性もある。
「アタシはね、夢にカザミショーヤが出てきたんだよ」
回答を悩んだのも束の間、フミー自身の夢を話し出した。
「花畑にいてね、花冠を作ってもらったの」
「花冠か……。俺多分作れないなぁ」
フミーのためなら練習して作れるようになりたいとは思うが。
「ま、どの道ここではできないな」
「……そうだね」
部屋の中に花畑を召喚なんていくらなんでも無理な話だろう。
眉を下げ、少し残念そうなフミーをもどかしく思うが、仕方ないことだ。
「……いや、もしかしたら」
ネオ・ハクター、彼女との会話は途中だった。
「フミー、俺の夢の話だが」
「うん、何?……どうして床に転がったの」
ベットへ移動する間も惜しく、その場に寝転がってセルフ腕枕をする。
「途中だったんだ。だから、続きを見てみる」
「えっ」
「それから話すよ」
まだ起きてから5時間も経っていない。
目を閉じても中々眠れそうにないが、それでもどうにか落ちるのを待つ。
一度ならず二度、ネオ・ハクターが夢に現れたのなら、きっとそれは本物だ。
そんな彼女は、昨夜の様子を見るにただならぬ情報を持っているはず。
なら——
「もう、仕方ないなぁ」
セルフ腕枕の俺へ、フミーは膝を貸してくれた。
フミーの細い脚を破壊してしまわないか心配だったが、想像以上に居心地が良く眠気が襲ってくる。
「おやすみ」
優しい声が鼓膜を撫でた。
———
「次の夜にって言ったんだけどなぁ。まだ日中よ。どうしたの?」
昨夜のように、広い空間でネオ・ハクターが佇んでいた。
「向こうの様子はわからないのか」
「そうだよ。頭打って気絶でもした?」
「いいや」
フミーに膝枕させていることはわからないようだ。
「昨日の続き、早く聞かせてくれよ」
「わざわざお昼寝してまで、私の話を聞きに来たってこと?」
少し癪だったが頷く。
「それは嬉しい。じゃあ、ご要望通りに」
白衣のポケットに手を差し入れ、ニヤリと笑った。
「えーと……。昨日は、私が死でいるというところまで話したっけ」
「あぁ、つまりあの本を書いたのはネオ・ハクターのコピー人形ってことだろ?」
「その本とやらは、どの本ことか知らないが、私は本を出版した覚えなんかないし、そうじゃないかな。幽閉解除に迷走したあの子、色々やってたし」
あの子と称されているコピー人形だが、今目の前にいるネオ・ハクターと本に載っていた写真のネオ・ハクター及びコピー人形の容姿は瓜二つだ。人形なんて言葉を使っているが、クローンと言われた方がピンとくる。
「そんなこんなで私の人形ちゃんが、フミーの父親と魂の近い君を召喚するという方法を見つけたわけだが……」
ただ魂が近いだけなら扉を開けようとすると燃えてしまう。
それが、わかっていなかったなんてこともなく、ましてや、
「俺をただ扉を開けさせる生贄にしようってんじゃないだろう」
「……確信めいてるね」
今の話の流れからして、召喚される身のこちらのことは全然考慮されていない。
突如異世界召喚され、幽閉を解くために灰になれなんて酷い話に思えるが、ネオ・ハクターの見透かしたような目はそんな酷い話に裏があるとでも言いたげだった。
「酷い話には、違いないよ。もうあの部屋で骨を埋める覚悟をした君には意味のない説得かもしれない」
「言ってみろよ」
「そもそも、違う世界に君を召喚した時点で酷い仕打ちだろう」
「それは別にいいから早く」
召喚初日ならともかく、フミーと過ごす時間が楽しすぎる俺には、もう元の世界のことなど本当に構わない。
それよりも、またもったいぶろうとする彼女の態度が腹立たしい。
そうやって俺の感情を逆撫でることを何とも思ってなさそうなのも憎たらしい。
やはりネオ・ハクターのことは苦手だ。
そんな悪感情が通じてしまったのか、数秒の間が生んでから、ネオ・ハクターは声を発した。
「君が扉を開けて灰になった後、君は生き返れるかもしれない」
「———」
断定する言い方はしなかった。
そうだとしても、言葉を失うには十分の情報だ。
フミーの前で唐突に昼寝をしてまで、何故、すぐ彼女と話そうとしたのか。
フミーの花畑の夢の話に外の世界への羨望を感じ取ったからだ。
それにつられて、俺もフミーと二人で外へ出るビジョンを思い浮かべてしまった。
そして、それが実現できるのではと、都合良くも昨夜の夢に可能性を感じてしまった。
完全なる直感に身を任せ再び会いにきたが、どうやら正解だったようだ。
「一度灰になるくらい良い。二人で外へ出られるのか?」
「部屋に骨埋めるとか言っていたのにね」
「そんなの……」
言った。言ったさ。
一生を過ごす。もう扉開けようと思ってない。骨を埋めるつもり。
フミーだって、言った。
あなたといられればそれでいい。それ以外は、何もいらない。今を楽しみましょう。
そんなのは——
「全部、強がりだよ」
「……」
「本当はわかってた。けど出来ない希望を夢見たくないから、できる範囲で満たされようとしてたんだ。……フミーも、多分そうだ」
あの部屋にはフミーが過去に召喚したものがガラクタ山となってたくさんある。その中にはあの部屋には必要ないであろう傘や冬履、サングラス等があったのを見ている。
外へ出て、共に花畑でピクニック。そんなビジョンを願わないなんてことはない。当たり前だろう。
それが手に入るものなら、望む。
「……二人で外へ出られるか、って質問についてだけど、それは君か、フミー次第だよ」
「どういうことだ」
「私はコピー人形の持つ情報を閲覧できるんだけど、死者蘇生の手段があるみたいでね。……重要なのはね、フミーの父親も蘇生できる可能性もあるってこと。フミーの血液が必要になるから、彼女が幽閉されてちゃ意味ないんだけどね」
「!!」
フミーの父親は、やはり死んでいたのか。
いや、重要なのはそこじゃない。
「フミーの父親も蘇生……?!」
「つまり、だ。フミーには——カザミ殿、君の蘇生か、自分の父親の蘇生か。どちらか選んで貰うことになる」
———。
父親か孤独を救った相手、その双方を天秤へかけさせること。
フミーは俺を好きだと言った。
父親のことも今でも好きだと言った。
それなのに、そんなのは、
「ひでぇ選択肢」
「そうだね」
溢れた俺の言葉に、ネオ・ハクターは目を伏せて同意した。
「……だから、私は父親を蘇生できることは伏せればいいと考えてる」
「は……」
「——扉を開けるために一度灰になるが、外にネオ・ハクターのコピー人形がいる。彼女が蘇生の方法を知っているから俺を蘇生させてくれ。——そう言えばいい」
余裕の笑みを崩さず悪びれもなく、いい方法だろうとでも言うかのようなネオ・ハクター。
実際フミーなら、そうお願いすれば仮に父親が蘇生できる可能性を思い至っても言う通りにしてくれるだろう。
『フミーは好きな人のお願いは聞いてあげるよ』
そんなことを言ってしまう子だから。
だからこそ、
「それは、ダメだろ」
大好きな父親が生き返る可能性を知らさせない。そんなことがあっていいはずがない。
「じゃあ、選ばせるのか?それで父親を選んだら、君は扉を開けて灰になれる?親子の再会のために犠牲になれる?仮に自分が選ばれても、灰になった後にやっぱり父親が選ばれるかもしれないよ?」
「……」
「それとも自分を選んでもらえる自信があるのかな。それならわざわざ選ばせる苦痛を与えないよう、情報を伏せた方が良いんじゃないの?……それともやっぱり、部屋に閉じ籠ったままにする?」
「俺は……」
その先に続く言葉が出なくて、口を開け閉めすることしかできなかった。
父親を差し置いて選ばれたいだなんて、思いたくない。
選ばれる自信もない。
けれど、叶うことならフミーと一緒にいたい。
あの子の隣にいたい。
その反面、フミーが幸せならなんだっていいとすらも思える。
「……そうだ!両方蘇らせる方法はないのかよ!一人蘇生できるなら、二人目もできるかもしれないだろ!?」
往生際の悪く、懇願するように声をあらげた。
迫られる選択を選びたくなかった。
「……死者蘇生の手段についてくわしく説明しようか」
焦る俺とは裏腹に、彼女は淡々と話し始める。
その態度に、不穏な領域に踏み込んだと直感したが、引き下がれない。
「チョジュラス家が、昔狙われていたことは知ってるかい?」
「フミーを幽閉した理由のことか?」
「うん。フミーの父親もその狙ってきた奴らに、ね」
フミーは危険とは表していたが、それが、狙われていたということなのは初耳である。
「そいつら、ということは複数人か」
「人間の生について研究している組織さ。長命のチョジュラス家を人体実験しようと狙ってきた。……フミーの母親はフミーが3歳の頃、奴らに人質として捉えられ、自害した」
サラサラとした金髪が揺れる。
淡々と無表情で説明しているはずなのに、耐えがたい感情を纏っているような気がする。フミーの父親と交流があったかのような口ぶりをしていたし、フミーの母親とも面識があったのだろうと推測するが口には出さない。
「知り合いが組織にいたりで、私も無関係ではなかったから責任を感じたよ。……まぁ、結局のところ、その組織は結構前に滅ぼされたわけなんだけどね。だから、フミーが幽閉される理由も、もうないのさ」
「……」
話を聞く限り、その組織へ対する憤りを覚える。
その組織がいなければ、フミーは父親と母親と平和に暮らせていたはずだ。
母親は3歳の頃亡くなったとフミーは言っていたが、本当なら、もっと一緒にいられたではないか。
組織がもう壊滅しているくらいしか今の話に良い部分はなかった。
「話が少し逸れた。——その組織を滅ぼした一人が私のコピー人形なわけだが、奴らの根城で発見したのが死者蘇生の効果があるとされる薬なんだ」
そこまで話し、ネオ・ハクターの表情に影が落ちる。
「……」
「……」
ここから先の話を本当に聞くかと言いたげなネオ・ハクターに顎を引いて応じる。
ここまで聞いて、今さら戻りはしない。
「その薬の正体はフミーの父親だ」
覚悟して耳を傾けていたはずなのに、意味が頭に浮かばなかった。
「何を、言ってるんだ」
「組織の人体実験の末に、魂の近い者を復活できる薬になったのさ。そしてその薬として生きている」
「そんなの生きてるなんて言わないだろ!」
意味を咀嚼しようとしても意味がわからない。
生きているなんて言うネオ・ハクターも意味がわからない。
「魂がまだ宿っているのさ、だからこそ近しい魂の者を死者蘇生するだけの力がある。それは、つまり君を蘇生できる。そして魂があるなら、薬から元の肉体を復元して蘇生することもできる。……あっ、復元方法はバッチリ存在してるから、そこは心配しないでね」
「は」
「だからね、その薬を使用するか、フミーの父親に復元するかの二択になるんだよ。納得してくれる?」
疑問系ではあるが有無を言わせぬ圧があった。駄々をこねるなと言われているようだ。
やはり、選ばなければならないのだ。
「本来なら実験の末に死んでてもおかしくないのに、奇跡的にに薬として存在しているだけなんだよ。悩む必要ないと思うけどね。……おっと、時間か」
空間に亀裂が入る。目覚めの時のようだ。
まだ、考える時間が欲しい。
フミーに何て言えばいいのだろう。
ぐるぐると思考の渦に呑まれながら、覚醒に誘われる。
———
「……っは!」
「わわっ!」
水中から勢いよく顔を出すかのように起き上がり、危うくフミーに激突しそうだった。
「おはよう。今日2回目だけど」
「……おはよう。まだ膝枕してたのか。大丈夫か?」
「少し痺れたけど平気!」
人間の頭はボーリング球ぐらいの重さがあると聞いたことがある。それを細い脚にずっと乗せてたのだ。負担だったはず。
そんな少女に、何を伝えるべきだろうか。
どうすれば、この子が一番幸せになれるんだろうか。
「カザミショーヤ、どんな夢を見た?」
問いかけられる。
「ねぇ、アタシの目を見て」
見れない。
「話すってゆった。聞かせてよ」
「……」
目を瞑り沈黙を作るしかなく、それが罪悪感を刺激する。
結論を手繰り寄せようと、オーバーヒートを起こしそうなくらい、思考を加速させていく。
もし、良い高校に行けるくらい頭が良い奴だったなら、悩まないのかもしれない。簡単なことなのかもしれない。
けれど俺には吐きそうなほど難しい。
「……わかった。俺の夢の話を、聞いてくれ——」
視線も痛く突き刺さり、いよいよ観念して、口を開いた。
悪い組織の話は避けつつ、フミーの父親は普通に組織に殺されたことにし、ポツポツとネオ・ハクターとの会話を話していった。父親との思い出を楽しそう語ったフミーへその父親が実体実験の末に薬になったなど言えやしないのは仕方ないだろう。死者蘇生の薬があり風見翔也とフミーの父にしか使えないという風にそこは改変させてもらう。
——そうして改めて口にすることで、自分の中でも整理されていき答えが見えてきそうだった。
聞き終わったフミーは存外落ち着いた顔だったり
「アタシはカザミショーヤを選ぶよ」
父親が死んでいたことや、召喚を行ったのはフミーではないことなど、思いもよない情報がたくさんあったはずだ。
現に俺が話している最中、何度も混乱の表情を浮かべていた。それでも、フミーが最初に放った言葉はそれだった。
「……うん。ありがとう」
父親と風見翔也の天秤にかけ、後者に傾いたことは嬉しくないと言えば嘘になる。
俺がフミーだったなら、選べない。どちらを選んでも、自分が傷つきそうで、逃げたくなる。
だから、やはり強い。フミーは強い。
——あぁ、そうか。
——答えが見えた。
「俺も考えたんだけどさ、父親を選んでくれ」
「え」
フミーその気持ちを突き返す。受け取れないことを許してとは言えないが、気に病まないで欲しい。
「フミーの父親を蘇生した方がいい。そして過ごせたはずの親子の時間を過ごすべきだ」
「……っ!!」
乱暴に俺の胸倉を引っ張り、風見翔也の顔とフミーの顔が鼻がぶつかりそうなほど近づく。
歯を噛み締め、怒りに震えている。
——ああ、本当に、この子は俺のことが好きなのか。
フミーのらしくない行動に、そんな、場違いな感慨を抱いた。
「最後まで聞いてくれ。フミーと一緒に外に出ることを諦めたんじゃない」
「え?」
「俺が生き返れる方法を探してくれ」
難しい選択で、投げ出したかった。選びたくなかった。
だから、
「フミーは長生きだろう。その長い間で蘇生の手段見つけて、俺が蘇る。寿命差もいい感じに縮まってたり。そして、フミーの父親もいる。俺はその人に挨拶をする。……最高じゃん?」
「なっ……そんなの……」
フミーへ丸投げして両方選ぼうとしているだけの、卑怯な夢物語だ。
いくらここが異世界といえど、そう簡単に人が蘇りやしないはず。
「フミーの残りの人生は350年くらいか……普通の人間なら3回は生まれ変われるな」
「アタシ……出来ないよ!!」
「……フミーはいい子だから、きっと友達もいっぱいできるだろう。助けてくれる人も協力してくれる人も現れるはずだ」
「……」
「フミー……」
フミーの手が、胸倉から力が抜け、離れる。
言葉を失い、顔を掌で覆うフミーの姿を見ていると、胸に針が刺さったかのようだ。
「……」
「……」
次なる返答を待つ。
「——!」
何秒経ったか。それほど長い時間ではなかった。
それぐらいの最中、肩を両手で捕まれた。
「明日、明日一日頂戴!それで、ここで一緒にいたいって思わせて見せるから!灰になりたくないって、死にたくないって、このままが一番いいって、思わせて見せるから!!」
瞳を潤ませながら、必死に宣言をしたのだった。
——残り二日。
———
「覚悟が決まった顔だね。答えが出せたみたいで何より」
何も言わなくても、顔つきだけでバレバレのようだ。
「前にも聞いたが、なんで俺の夢にいるんだ」
その時はコピー人形が召喚したからと言われたが、それは答えになってない。
「あー、私の死体、及び魂は特殊な管理をされててね。魂としてコピー人形の情報が閲覧できるようになっていたりで、魂だけで生きてるって感じ。で、私のコピー人形が君を召喚する時に色々仕込んで……導線が繋がったと言えばいいのかな。仕組みとか原理を詳細に解説すると長くなるが必要かい?」
「実のところ少し興味あるが、他の話もしたい」
何の話だと首を傾げているネオ・ハクター。
そのネオ・ハクターに俺の出した結論を伝える。
フミーの父親の蘇生を優先して、それから風見翔也の蘇生手段を探す道をフミーへ示したことを。
「できる可能性はどうだ?」
神妙な顔持ちになったネオ・ハクターへ問いかける。
「……死者蘇生の手段自体、伝わっているもは多い。だが大半はまやかしだ」
「……」
「フミーが生涯かけたとして時間は350年ほどか……。君を生き返らせたいという情熱が続くなら、可能性はあるんじゃない?」
「そうか」
可能性の有無を聞けて一安心だ。
「人を生き返らせるなんて並大抵のことじゃない。私は死者蘇生を研究をする輩を何人も見てきたが、途中で折れる奴ばかりだったよ。それでも、フミーを信じてるのかい?」
「俺は別に生き返らなくても良いんだ。フミーが俺の蘇生を諦めるなら、俺がいなくても十分幸福ってことだろうし」
「君は——」
俺の考えに何か言おうとした口を閉じ、視線を迷わせた末、もう一度開く。
「君は、この状況を理不尽に感じないのか?元はと言えば私のせいで君は召喚されたのだぞ。生まれ育った場所から引き剥がし、こんな末路へ誘った」
「俺は個人的にあなたのような人は嫌いだよ。だけど、それだけだ。フミーに出会わせてくれて感謝してるし、むしろありがとう、だ」
初めて、ネオ・ハクターに向かって笑って見せた。
ポカンと間抜けな顔になり、いい気味だなんて思うが、それは召喚された元凶に対する恨みからではなく、やはりネオ・ハクター自体がいけ好かないからだ。
「えーと……、私は君のこと好きでも嫌いでもないんだが、今のでちょっとだけ好きになったかな」
頬を掻きながら、冗談のような言葉を返される。
嫌いと言われて好きになるのはどうかと思う。
「さて、私はもう君の夢からとっとと退散するとしよう」
くるりとヒールを鳴らしながらネオ・ハクターは背中を向ける。
「私は、私で、十分な役割を果たしたと思うがどうだろうか」
「ああ、十分だと思う」
「それと、もし私のコピー人形と出会うことがあったら、愛してるぜって伝えてくれ」
「ああ、伝えられたら伝えとく」
その答えに満足してか、振り返ることなく歩き出した。
彼女の姿が、進めば進むほどヒールの音と共に小さくなっていく。
「あんたがいたから、『俺たち』の物語は始まったんだ」
霧に隠れるように消えていく彼女を見ながら、最後にそれを口に出した。
それが、聞こえたかどうかはわからない。