3章28話:結び〈2〉
リクの両親はどうやら息子を溺愛しているようで、客間に通されてはひたすらリクの話をした。
小さい頃は、本ばっか読んでてあんまり人と関わらないものだから心配だったが上手くやれてるようでよかったとか、そんな話だ。リク本人も同席していて、自分の話をやめるように促していたものの効果はなかった。
そんな中、リクの両親の相手をネオンに任せてリクと共に部屋を抜け出すことに成功した。
なので、客間を出てすぐの廊下にいる。リクの家は廊下も広く煌びやかな装飾やよくわからない絵画も飾られていて慣れないものであるが。
「ごめんフミー、帰ってきたばかりなのに僕の両親の長話に付き合わせて」
「いいよ。それよりリクに頼みたいことがあってさ」
「———」
「リク?」
特徴的なオッドアイでリクはじっとフミーを見ていた。何かを見定めるかのように。
「なんだか、変わったね」
「……髪型のこと?」
そういうことではないとわかっていたが、誤魔化すように問いかける。
「違うよ。もっと別のとこ」
「……」
案の定、否定される。再会してまもないが、フミーの心身の変化をリクはお見通しのようだった。なんて聡い。
「とにかく、リクの能力を頼りたいんだけどできる?」
「うん、わかった。でも、そのためには両親の長話を止めて研究所に戻らなきゃね。……二人は僕が能力を使うことに良い顔しないから」
「それは、リクを心配して?」
リクの能力は反動がある。長時間の使用は危険だ。
親ならば心配するのも無理はない。
「そう。心配してる。それはわかってるんだけど、それでも僕は気に入った相手のために力を使いたいんだよね」
そう言って自分の左瞼に触れながら両親とネオンのいる客間を見やるリクは、うっすら笑みを浮かべていた。
その横顔をフミーは好ましく思う。
「——あ」
客間に再び戻ろうとドアノブに手をかけたリクは気の抜けた声を出した。
どうしたのかと近づいてみるとその理由がわかる。客間から話し声が漏れ出ていた。
その内容としては、縁談の話をリクが断り続けていて理由を尋ねると心に決めた人がいるそうで何か知らないかというものだ。
リクが退室したため、思い切って残ったネオンに聞いてみたのだろう。
それに対してネオンはたじたじなのが声だけで伝わってくる。
「フミー、すぐ終わらせてくるから待ってて」
そう言って客間へリクは再び入った。
———
リクはネオンの手を取って、この人が心に決めた人だと言い放ち、驚く両親を他所目に部屋を抜けて、宣言通りすぐ終わらせた。
小説のワンシーンかのようにロマンチックである。
そうしてリクの実家である豪邸を出て研究所へ三人で向かっているが、ネオンは顔を赤くし黙っていて、リクは晴れやかな顔だ。
「ところでフミー、僕の能力を使いたいものって……」
「ああ、これだよ」
フミーは一瞬で手の中にチョジュラスの槍を出現させリクへ見せる。
雪のように白い槍。ただし先端は黒い。
「これが例の槍なんだね」
「うん。けど、どういうものかちゃんと確かめて欲しくて」
「今、軽くやってみるよ」
右手の手袋を外してポケットに入れ、彼の素手が露わになる。ずっと手袋をしているからかとても白い肌だ。
その手はフミーが持つ槍へゆっくり伸ばされる。
——瞬間。
「——づあぁ……ッ!!!」
リクは吐血し、膝から崩れた。
「「リクッ!!」」
フミーとネオンの声は重なる。
「はぁ……はぁ……くっ、ぅ」
苦痛に呼吸を荒げ、頭を抑えるリク。
「リク! リク! リク……ッ!」
ネオンは必死に名前を呼べば、落ち着いてきたのかゆっくりと彼は起き上がった。
「大丈夫だよ。泣かないで」
「泣いてないです!!」
平気そうにリクは笑うが、顔色は悪い。
「ごめんフミー。その槍を調べるにはちょっと時間がかかるみたい」
「無理しなくていいよ。アタシが自力でどうにか検証——」
「無理はするけど、やらせて。これくらいしか僕が役に立てることはないから」
食い気味に吠えるように、リクは言い放つ。彼のプライドが感じられるが、その言葉が不服なネオンはリクの袖を引いて睨みつける。
「そんなこと言わないでください」
そこから二人の言い合いは始まった。
前にも似たようなことがあったが、その時フミーは結構ハラハラとした。その場に居合わせていあリーゼは痴話喧嘩と称して呆れていた気がする。
今ならフミーもリーゼ側だ。痴話喧嘩であり喧嘩するほど仲が良いみたいなものだと理解できる。
なので、言い合いは始まったものの研究所に着く頃にはすっかり収まり元通りである。
この二人にはよくあることなのだろう。
———
研究所に入る前に、フミーはこっそりリクへ耳打ちする。
「リク、さっき槍に触れた時、何もわからなかった?」
「そうだね。すぐ離しちゃったし」
「本当に?」
「……」
リクは黙った。フミーの予測通り、あの一瞬でわかったことがあったのだろう。
「フミーが知りたいことじゃないかもしれないけど……」
「言ってみて」
言うことを躊躇するリクに促す。
「あの槍で、命が奪われてる。直近で」
「自決? 殺人?」
「そこまではわからない」
「そっか」
それがわかったなら十分だ。
——やはり、チョジュラスの槍でクロシェットは死んだのだ。
握った槍を握る手に力が籠る。
軽い槍だ。けれど、クロシェットの命の分、重い。
この槍を持つなら、彼女の命を背負っていかなきゃいけない。
それがフミーの責務だ。
———
「よぉ! お前がリクだな! あたいの息子と孫が世話になったみたいですまんな! あたいはルルーミャ、よろしく!」
「初めまして、リクです。よろしくお願いします」
研究所内でそんな感じにリクとお祖母様は対面を果たした。
「リク、お前いい目をしてるな」
「そうですか? あんまり言われたことないので嬉しいな」
相性も悪くなさそうで何よりである。
「ところでリーゼは?」
「リーゼちゃんなら店があるからーって出て行ったのだよ」
見当たらないリーゼについて尋ねるとそんな答えが返ってくる。
帰ってきたばかりだというのにもう喫茶店の営業を再開しているのだろうか。
「真面目というか、意外と仕事熱心ですよね」
ぽつりとネオンは呟いた。それからフミーの方を見やる。
「ところでフミー、これからどうするんですか? 槍の解析は私が監督の元、長期間かけてリクが行うとしてその間は」
「魔法の上達に力を入れたいかな。ネオンくらい強くなりたい」
あと槍を上手く扱えるようにもなりたい。召喚術で即座に出せる武器というのは戦闘で有利だろう。
しかし、そう告げたフミーを反対しないもののネオンの表情に少し陰りが刺す。船上で特訓ルームにずっと籠っていたことを知っているからか。オーバーワークの心配もされたばかりであった。
「なら僕が魔法を見てあげるよ」
父様がその話へ加わってくる。
「——! ありがとう父様」
船上では船酔いのためできずエルフの里ではお祖母様がつきっきりで教えてくれていたため、父様に教わるのは幼少期に召喚術を教わった時以来だ。
「フミー、頑張りなさい」
ネオンは、フミーの肩に手を置き口角を上げた。
「うん。アタシ頑張るよ」
——思えば、ネオンはいつもフミーに期待していたような気がする。
そして、子供扱いはしない。過度に心配もしない。
彼女とのそんな距離感が、とても心地よい。