3章26話:二つのピース
——ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。
「あ……」
決して察しが良い方ではないリーゼだが、そんな彼女でも昨夜の会話を思えば見えてくることもある。
昨夜、クロシェットが立っていた場所に落ちている槍。荷物を残して跡形もなく消えたクロシェット。そしてメッセージ。
「リーゼ?」
隣にいるフミーが、チラリと様子のおかしいリーゼを確認する。
リーゼの頭の中に、結論は導き出されていた。
——彼女は槍を使って自ら命を絶ったのだと。
「顔色悪いですよ」
今度はネオンが、心配の声をかける。
「……ああ。頭いてーし、目眩もするな」
「大丈夫ですか?」
「そのうち治るだろ」
リーゼは自虐的な薄笑いを浮かべた。
——何故、なんて白々しい。
リーゼが、スズランのことを教えたからだろう。
少女がこの世にいないことを告げたからだろう。
崖の上から落とされたような衝撃で、また、ビビが入る。
——リーゼは人生二度目の後悔をした。
———
清涼な空気がエルフの里を包む中、チョジュラスの槍を見つけたのはフミーだ。
朝早くに目が覚め、壁に立てかけていたチョジュラスの槍がないことに気づき、旅館内には見つからず、外へ飛び出した。そして、ぽつんと玄関前に落ちている槍を発見。
——その場所は、昨夜クロシェットが佇んでいた場所だとはフミーは知らない。
ただ、黒い槍の先端が少し白へ近づいたことにフミーは気がついた。それが示すものは、やっぱり知らない。
テーブルの上に置かれたものを見つけたのはネオンだった。
アヤートとネオンが発見し、分配された財宝。そのクロシェットの分の財宝が入った袋の上に『フミーちゃん御一行にあげます。わたしの家の物も持ってってもいいですよ。——クロシェット』と紙が置かれてた。
そして、クロシェットの姿を発見したものはいない。
本人の姿は消えていた。
エルフの里の人たちにフミーとルルーミャは尋ねてみる。
「えっ、クロシェットがいない? また旅に出たんじゃないの?」「昨夜、旅館の前にいたのは見たけどな。ほら、あの目つきの悪いねーちゃんと一緒に」「まぁ、また帰ってくるだろう」
ルルーミャは、それを聞いても納得はできなかった。クロシェットが去る時は毎度、挨拶をされる。黙っていなくなるなど違和感が残る。
「お祖母様」
頭を捻らせるルルーミャの服の袖をフミーは引いた。
空虚な紅色の瞳はルルーミャを見つめている。
「———」
硬い表情で、可能性を少女は告げた。
———
「フミーのばあちゃん」
フミーが立ち去った後、ルルーミャへ声をかけたのはリーゼだ。
「クロシェットさんの家、どこか知ってるか?」
「知ってるが」
フミーの言葉を咀嚼していた途中だったのもあり、いつも以上にぶっきらぼうな態度で答えた。
———
ルルーミャとリーゼがやってきたのは、古びた木造のワンルームハウスである。たまに帰ってきたクロシェットが寝泊まりするのは旅館が主なため、あまり使われていない。
「鍵開いてる。不用心なやっちゃな」
ルルーミャの後にリーゼは続き、二人は中へ足を踏み入れる。薄暗く埃っぽい空間だった。
リーゼは、黒い瞳でぐるりと部屋を見渡す。
大きな本棚が目に入り、近づいた。図鑑、料理本、小説等、多種多様な品揃えである。
「なぁ、昨夜クロシェットと一緒にいたんだろ? リーゼちゃんは何か……心当たりとかないのか?」
ルルーミャの問いかけに、料理本を物色していたリーゼはピクリと反応する。
数秒の沈黙を作って、リーゼは背を向けたまま口を開く。
「ウチは、死んだと思う」
端的な答えだ。
少しだけ背後のルルーミャへ振り向いて、リーゼは言葉を続ける。
「ウチが余計なこと言っちまったから」
自虐的な言葉な反面、リーゼの表情はいつもと変わらず、彼女の内面は計り知れない。
ルルーミャはその姿を収めた瞳を一度閉じ、脳裏に先ほどの自分の孫を映す。
「似たような顔付きで似たようなこと言うんだな。——フミーも同じこと言ってたのだよ」
「え」
予想だにしない言葉に、リーゼは思わずルルーミャの顔を凝視した。無表情だ。その無の裏には、ルルーミャの袖を引いたフミーの顔を思い出していた。
「あたいにゃよくわからんけど、お前らどっちも悪くない」
「よくわからんのに言い切れるのかよ」
「ああ。人生経験ってやつな」
たまに会う程度の関係だが、ルルーミャはクロシェットを可愛がっていた。
しかし、本当にフミーかリーゼの言葉をきっかけに死んでしまったのだとしても、責める気にはならない。
「お前ら二人が言うんだから、多分もう、この世のどこにもいないんだろうけどさぁ……あたいは、クロシェット自身が選んでそれを選択したなら、文句はないのだよ」
自分へ言い聞かせるような言葉を吐きながら、表情に寂しさを滲ませて窓から外を見るルルーミャ。
憂いの帯びたその横顔をただ、リーゼはじっと見る。
「上手くいかないもんだな」
ルルーミャには届かないほど小さく、か細く、リーゼは呟く。
死の選択をさせないために、リーゼは昨夜、クロシェットの手を握って引き繋ごうとした。答えは明日と言った。
上手くいったとそうリーゼは信じていた。
それが、こんな形で答えを突きつけられるとは思いもよなかった。
「…………」
料理本を手に握り、俯く。
「泣いてるのか?」
「泣けたらいいんだけどな」
これ見よがしに顔を上げるリーゼの顔に涙の跡などない。ただ、目つきの鋭い顔があった。
悲しい時に流れるものは流れない。悲しいのではなく、後悔からの悔しさだけに塗れていた。
———
フミーはクロシェットに天使と邂逅した時の会話を話していた。
——長寿や強い再生能力を持つ者の犠牲で成り立つ。
その言葉を彼女が間に受けたのだとしたら。
お祖母様にはすでに言ったが、やはりフミーのせいではないか。
「いや、違う」
その考え方は違う。
あくまでクロシェットの選択だ。
自分で、死を選んだ。
そうだ。そうなのだ。
「カザミショーヤだって……」
フミーを部屋から解放するために灰になった彼もまた、自分で選んで死んだのだ。
今なら、そう考えられる。
悲しむだけでいい。他の余計なものは必要ない。
だから、静かに鼓動を刻む胸に手を当て、涙をひっそり溢した。しかし、近寄る足音に気づいてそれを一瞬で拭う。
ゆっくりと振り返れば、父様の姿があった。
「フミー、ここにいたのか。クロシェットさんは見つかったかい?」
無言で首を横に振る。
「そう……。滞在期間、延長する?」
「いや、大丈夫。クロシェットはどこにもいないだろうから」
濁した言い方である。そんな自分の言葉を父様はどう解釈するだろう。言えるとすれば、真っ先に死を連想はしないことか。
この状況でそんなことを考えるなどフミーしかいないだろう。
「……」
「わぁ」
父様はまっすぐ凛々しい瞳でフミーを見つめながら、頭を撫でた。
ひょっとしたら、泣いていたことがバレたのかもしれない。娘の言葉の真意はわからずとも悲しむ娘を慰めようとしている。
しかし何故なのか。
父様に撫でられることは嬉しいはずなのに、嬉しくなかった。いつも通りの優しく温かい手なのに、好きなのに、ただ虚しい。
雪の中に埋もれたようなそんな気分は溶かされることはなかった。
次回更新→来週中には




