3章16話:求めていなかったはずの再会
とりあえず槍の置いてある地下を後にしたフミーたちだが、フミーはお祖母様が暮らしている家に来ていた。
家と言ってても、お祖母様曰く普段は使っていないそうで埃っぽい。食事も入浴も寝床も旅館に世話になっているそう。
「フミー、お前が槍を持ってってもいいが、その代わり条件がある」
フミーとお祖母様が相対しているその部屋は畳が敷き詰められていてだだっ広く、壁には古びた掛け軸が飾られ、いわゆる『道場』といった感じだ。
父様とネオンは旅館に帰され、この場には二人しかいない。そんな中お祖母様は腕を組んで仁王立ちしながらそう切り出した。
「条件って?」
「フミーはアヤートに召喚術を教わったのだよな」
「う、うん」
フミーが僅かに緊張を浮かべながらした問いかけには答えてもらえないまま、話を変えられてしまう。
「では、どれくらいできる?」
お祖母様の黄橙の瞳がフミーを射抜いて、フミーはその鋭さに思わずたじろぐ。
しかし、どれくらいとはどう答えればいいのだろう。できるかどうかの話だと、召喚術でできないとされる生物の召喚以外はできる。しかし、最近は運良く召喚成功してばかりなきがするが基本的に召喚は不安定なものだ。特に食べ物の召喚は安定してできるとは言い難い。
フミーが返答を迷っているうちに、それは前置きと言わんばかりに続けてお祖母様は口を開く。
「無詠唱無呪文の召喚術はできるか?」
「——!」
思わず息を呑む。
それは初耳の話だった。
フミーは勿論、父様も召喚術を使う時は詠唱をしていた。だから、それは必要な工程などだと当然に受け入れていたもの。
そんなフミーの固定概念をお祖母様は覆そうとしてきた。
「無詠唱無呪文……そんなことが、できるの?」
「ああ。最低でも、それを取得してもらわなきゃ槍は渡せないのだよ」
フミーの返答など想定通りだったかのように、お祖母様はニヤリと笑ったのである。
———
霧が引いた森林の中を、キョロキョロと辺りを見渡しながら女は歩いていた。
いなくなった娘を探すために何度も森林を彷徨ったことのある彼女にとって、何が起こるかわからないなどと称される森林は何てことないものだ。
それでも、広大な森林の中で人を一人見つけるなど難しいことであるのに変わりない。
「リーゼちゃん、か」
会ったこともない人物の名前を呟きながら、どこにいるかもわからないその子のことを女——クロシェットは憂慮する。
現状、リーゼの足跡一つ見つけることが叶わないでいた。
「やっぱり埒が明かないな。仕方ない、アレを試すか!」
そう独り言を呟きながらクロシェットが駆けていった場所、それは妖精が住んでいる所だ。
魔物がいる場所を避け、森林のあちこちに存在しているその妖精の居所が、クロシェットの頭の中には入っている。その妖精たちへ聞き込みをして回り、リーゼの居場所を特定しようという試みだ。
妖精の声が聞くことができるエルフ族ならではである。
「えーと、とにかく人は通らなかったのね。ありがとう!」
早速試していき、早くもここで五箇所目だが、それだけ巡ってもめぼしい情報は得られない。
愛らしい妖精たちに手を振って別れる。
クロシェットはリーゼの名前しか知らず、外見的特徴をフミーから聞き忘れたのは痛手かと思えば、そもそも人通りがほとんどない場所のため問題にはならなかった。人が通ったかどうかだけで判断できるからだ。それは不幸中の幸いだろうか。
「よし次!」
弱音も吐かずめげずに歩み続けるクロシェット。
彼女は寝ずに夜通し歩いていて疲労は蓄積しているというのに、はつらつとしていた。
そんなにも彼女を突き動かす理由、それは、フミーという少女に頼られて嬉しかったからだ。何とかしたいと思ってしまう。また、ルルーミャに頼られて嬉しかったというのも理由の一つだ。
クロシェットは子供に弱い。そして、長い時を生きるエルフのクロシェットにとって、多くの存在は子供なのだ。もしフミーの実年齢を知ったとしても、クロシェットの何とかしたいという気持ちは変わらないだろう。
だが、そんなクロシェットは元々、子供は苦手だった。特に理由があったわけではなく、なんとなくで。それが娘を産んでからひっくり返って、そして娘がいなくなりそれが過度なものと変わった。過度に尽くしたくなってしまう。
いなくなった娘の代わりなんてクロシェットは決して言いたくない。そんなのは娘に失礼だ。だから、言うならば罪滅ぼしだ。
「罪滅ぼし、か……」
一番罪滅ぼしになるのは——。
クロシェットの頭の片隅にとある槍が写る。が、首を振って自身を否定する。余計なことを考えすぎだ。
「え!」
——妖精のいる場所33箇所目を巡った時だった。時間にして3時間半。
「黒髪ポニーテールで目つき悪い人が通ったって……!?」
ようやく手掛かりを見つけたのだ。
「うん、うん。……そこそこ前ね、それでもありがたいよ! ありがとね!」
お礼を言って教えてくれた妖精と別れ、リーゼが進んで行ったと言う方向へクロシェットは駆けていくのだった。
振り返れば、妖精はクロシェットを応援するかのように輝いていて、思わず笑みが溢れる。
———
湿気った土の地面に足裏をつけ、立ち止まり、木々の隙間から見える空を見上げる。
日付が変わった頃から霧が完全に晴れたため、明け方から思い切ってリーゼは森林を歩くことにした。
——のだが、エルフの里に着くこともなく、何かがおきることもなく1時間経過していた。
「ひょっとして、同じとこぐるぐる回ってるだけかウチ」
リーゼは頬を掻きながら呟く。
そう思ってしまうほどに、ずっと同じ景色が続いているのだ。
「はぁ……疲れたな、休憩するか」
これ見よがしに倒れて横になった木が目につき、黒いポニーテールを揺らしてそこへ腰を下ろそうとした。
——が、視界の端に白色が映り、その動作は途中で静止する。
「……?」
リーゼが辺りを見渡しても、掠め取ったと思わしき白色の何かはない。朝日の差し込む変わらない景色だけだ。
見間違いかと結論つけ、静止した動きを再開し腰を下ろした。
でこぼこした座り心地だが贅沢は言ってられない。
「お疲れ様」
突然聞こえた甘く労う声に、リーゼは目を丸くし、勢いよく顔を上げた。
「ねぇ、またお話ししようよ」
「…………」
リーゼの隣に、足をバタつかせながら座る少女がいた。
それは、先ほどまでいなかったはずの存在で、二度と姿を見ることがないはずの存在で、もういないはずの存在で、リーゼの瞳に煌めいて映り視線を釘付けにする。
「リーゼ」
幼くも落ち着いたその声は名前を呼ぶ。月のような金色の瞳に凍りついたように固まるリーゼを映しながら。
——最初は「お姉さん」と呼ばれて、ある時から名前を覚えられ呼び捨てで呼ばれ始めたんだっけか。
そんな、思い出す気がなくとも蘇る記憶がある。
エルフ族の特徴である長い耳を有して、色素が抜け落ちたかのような白い髪は小さな二つのお団子に結いつつ残りの髪は腰まで伸ばされていて、薄緑の被験者服を着た少女。
リーゼの記憶の何もかもと一致する。
——会いたい死んだ人間はいるかと、ついこの前リーゼはネオンへ問われていた。
いないと答えたはずだ。はずなのに。
「スズラン」
詰まっていた喉から、ようやく彼女の名をリーゼは吐き出した。自分が唯一忘れられない死者の名を、呼んだ。二度とそんなことはないはずだった。
名前を呼ばれ、少女——スズランは満足そうに頷く。
樹木の隙間から漏れ出る朝日に照らされ、目眩がした。




