3章13話:到着・エルフの里
時はすでに、夜を払わんとする朝焼けの光が表れた頃だった。樹木たちの隙間から溢れるそれが、道を照らしている。
「外へ出てからの話も聞きたいが、もうすぐ着いちまうな」
お椀のような被り物を揺らしながらお祖母様は道の先を見据える。
その横顔はやっぱり幼い顔立ちであったが、もう子供には見えなかった。フミーのお祖母様でフミーは孫であるから。
「その前にフミー、もう一つだけ聞かせろ。——ここへ何のために来たんだ?」
父様と同じ黄橙の瞳でフミーを見据えるお祖母様。痺れるような強い眼差しだ。
「チョジュラス槍があるって聞いて。それでカザミショーヤを生き返したいの」
フミーもまた、強い眼差しを作ってお祖母様へ答える。
「……そうか。でもその件は後回しな。お前の怪我治さないとなのだぞ」
そう言ってお祖母様が顎で示した先、エルフの里と思わしきものが見えた。
提灯が飾られており、仄かに灯りを纏っている。吸い寄せられるような綺麗な光であった。
——森林の中に隠されるように存在するエルフの里。いよいよフミーは着いた。
———
エルフ里着いて、まず連れてこられたのは宿屋だった。歩くたびに軋む、木造建築である。
「この旅館は二人経営なんだがな、その内の一人が回復魔法の使い手なんだ。——おーい! シュージ!」
「はーい! ルルーミャさん帰ってきてたんですね!」
お祖母様に名前を叫ばれ、元気よく返事をして廊下の角から飛び出したのは、焦茶色の作務衣を着た温和そうな青年だ。
「——って、隣の子すごい怪我ですよ?! ルルーミャさん何やらかしたんですか!」
フミーの姿を見るなりギョッとした反応をした。デジャヴ。
「あたいじゃないっての。とにかく治してやれ」
「了解です!」
青年はフミーの前へ立つ。そして、フミーの頭上に手をかざした。
「じっとしててくださいね」
淡い光が降り注ぐと共に、心地よい陽だまりに包まれたかのような気分になる。こんな感覚がするのかと興味深い。
——回復魔法。それすなわち再生の力。
父様に聞いた話によれば、魔法の中でも例外的なものらしく、才能99.9パーセントの世界らしい。生誕の瞬間から使えるかどうかが決まり、使えない者はどうやっても使えない。その才能のない人種が使えるのは精々、疲労を誤魔化すくらいまでとのこと。
また、数少ない才能のある側にも格差はあり、小さい怪我を治せる程度から死にかけの状態から一気に全回復できるレベルまで幅広い。
——そして、フミーへ魔法をかけたその青年——シュージは、
「終わりました!」
ボロボロの傷だらけなフミーをものの数秒で完全回復するだけのものだった。外傷だけでなく、疲労もバッチリ取れている。
「す……すごーい!!」
目を輝かせずにはいられない。
これは、凄い力だ。
「それほどでもないですよ〜」
照れたように目尻を下げ後頭部で手を組むシュージ。
——そこへ歩み寄る足音があった。
「なにデレデレしてはるんどすか」
「アイリス殿!」
隣に表れた人物に直前まで気づかなかったのかシュージは驚き、慌てる声を上げた。
喪服のような黒い着物を着たエルフの女性だ。朝焼けの空のような色をした瞳で四角い眼鏡をかけているものの、その片目は水色の髪に隠されて見えない。
彼女はフミーをじっと見た。
「ぼくはアイリス・リリィ。よろしゅう」
透明感のある清い声でそう自己紹介してからペコリとお辞儀をする所作に、何故だか目が引かれてしまう。アイリスは怪しげな魅力を携えていた。
「フミーさんどすなぁ。お父様の元へ案内させてもらいます」
「——! うん、ありがとう!」
独特な柔らかい喋り方をして微笑むアイリスに、フミーはお礼を言う。
そうして館内を進むアイリスにフミーはついて行く。
シュージは炊事の支度があると言い去り、お祖母様もついて行かないようで「行ってこい」と別れの手を振っていた。
「ここどすえ」
到着したのは2階の一番奥の部屋だ。
アイリスがノックをすれば「はーい」と返事をする声がし、引き戸が開いた。
「あ、フミー!」
「ネオン!」
出てきたのはネオンであり、思わず再会の喜びの声をあげる。しかし、ネオンの様子は別れる前とは違った。
丈が短くノースリーブで女袴のような衣装に身を包んでいるのだ。
「可愛いねその服!」
「髪どうした!? 服もボロボロですし……!」
感激するフミーとは裏腹にネオンは顔を青くしていた。
傷を回復してもらったとはいえ、髪と服が元に戻ったわけではない。驚くのも当然か。
「んーと、色々あってね」
「そうですか……。とりあえず中へどうぞ」
まだ困惑の表情を浮かべつつも、中へ通される。
部屋に入れば、低いベットの上で父様が眠っているのが確認できた。聞いていたことではあるが、実際にその姿を見ると安心するものである。
木造テーブルの上には本が栞を挟んで置いてありネオンが読んでいたことが見て取れた。
「ご存じの通り私に睡眠はいりませんが、フミーは大丈夫ですか? 寝れてないでしょう?」
「そういえばそうだ! ……いや、洞穴にいた時に寝たような。 ——あれ、でもなんか急に眠く……」
ネオンに言われて意識し、途端に瞼が重くなってきた。
「そこにもう一つベットありますよ」
「……う、ん」
目を擦りながら、ネオンの指差した方向にあったベットへ倒れるようにダイブする。
布団はふかふかで柔らかく、すぐにフミーの意識を奪うのだった。
———
「アイリスさん、この服、ほんとにもらっていいんですか?」
「ええよええどすえ。ぼくの旅館はな、エルフの里までよう来はったご褒美に服をサービスしとるんどす。気にせんといてや」
ネオンが自身が来ている服に視線を落としながら尋ねると、ニッコリと表情を作り、アイリスは答えた。
「フミーさんとアヤートさんにも後でプレゼントせんとあきまへんな。にしても、二人ともええ顔してはるさかい、何着ても似合いそうどすなぁ」
自身の頬に手を当てながら、寝ている二人を交互に眺めるアイリス。
彼女は仕事柄、これまで色んな人と出会ってきている。美しい人、愛らしい人、男前な人、色気のある人、色んな魅力的な人に。それでも、アイリスがその中の誰かに心奪われることはない。魅力的であっても魅了はされない。それが、アイリスには物悲しく思う。
そんな心中をネオンに悟られぬよう、剥がれかけていた笑顔をもう一度作る。癖のようなものだった。
「ほな、ボクはこれにておいとましますわ。何かあったら呼んでくださいな」
そう言ってアイリスは部屋を出て行くのだった。
フミーとアヤートの寝息を聞きながらネオンは途中まで読んでいた本を開く。
暇だから読んでいるだけで、ネオンは本を読むことがそれほど好きなわけではなく退屈さを感じる。ネオ・ハクターは本を読むことが大好きだったはずなのに不思議なものだ。
「……ふぅ」
開いたばかりの本を閉じて置き、窓辺へ歩く。窓掛けの隙間から外の光景をそっと見た。それは、木造の家々が並ぶエルフの里の光景だ。
「……リーゼ、早く来ませんかね」
悪運の強い彼女のことだから、生きてはいるだろうと思いつつネオンは落ち着かない気持ちだ。フミーを待っている時もそうだった。ネオンはずっともどかしくてたまらないのだ。
力はあるのに、戦って勝つことなら簡単なのに、森林で人探しをするにはそれだけでは足りない。一番最初にエルフの里に辿り着いたのは運が良かったからでしかなく、また森林へ入れば迷子になるのが関の山。だからこの場でじっとするしかない。それが悔しくても。
次回更新…一週間後




