3章12話:初邂逅
「誰かと一緒に来てはぐれたのかな……。名前は?」
「フミーだよ」
「フミー……良い名前ね。わたしはクロシェットよ、フミーちゃん」
互いに名乗り終わってからエルフの女性——クロシェットはしゃがんだまま背中を向ける。
「……?」
「乗って。その怪我だと歩くのも辛いでしょう」
「大丈夫、全然歩けるよ!」
クロシェットはフミーの怪我を心配していた。
見た目ほど酷くはないし『メヴィ・ソラシア』で自分で負った傷のため、なんだか申し訳ない。
「遠慮しなくていいのよ?」
「本当に大丈夫だよ」
「そう……」
瞳を揺らし危なっかしい幼子を見るかのような目だ。
フミーの見た目から子供だと思ったのだろうが、わざわざ訂正する気は起きない。
「その代わり、エルフの里に案内してくれないかな。アタシ、向かってるんだけど道わからなくて……」
「——! ええ、もちろん!」
口角を上げてクロシェットは応じた。
そうして、エルフの里へ彼女と共にフミーは足を進める。
「エルフの里には回復魔法使いもいるからその怪我も治せるはずよ」
会って間もないが、クロシェットは不思議な人物だと思った。
最初から、全面的に、好意的なのだ。無条件に、オープンに慈愛に満ちている。
リーゼもフミーを子供扱いするし優しいけれど、クロシェットのそれはリーゼとは違うと感じる。
それはやはり——
「アタシが子供だから優しいの?」
「んー、そうね」
肯定される。
そこからわかるのが、子供扱いと優しさがクロシェットはイコールで結ばれていることだ。リーゼは別れている気がする。
ちなみにネオンとリクはフミーを子供扱いしないし、父様は父様なので例外だ。
「わたしさ、娘がいてね。でも離れ離れになっちゃったから、……なんというか、その分の母性を持て余してるの」
「……」
眉間に皺を寄せながら、神妙な面持ちで語るクロシェット。
娘と離れ離れになったというシリアスな要素を感じつつ『母性を持て余してる』というワードが強くてどう反応するべきか迷う。
「娘がいる年齢には見えない」
「エルフだからね」
長寿で有名なエルフ族。フミーも人のことは言えない見た目であるし、長寿な者の定めか。
「そういえば、フミーちゃんは何のためにここに来たの?」
「お祖母様がいると聞いて」
「フミーちゃんってエルフのクォーター?」
「普通の人間のはずだよ」
「……もしかしてフミーちゃんの祖母って——」
クロシェットが何かを言いかけた時だった。
フミーでもクロシェットのものでもない、土を蹴る音がする。
「見つけたぜ」
目の前に飛び出す影があった。
猪が突進するかの如く現れたのは、幼い見た目をした少女だ。
白い髪を二つ結びにし、和装をアレンジしたかのような服装をしている。
「お初にお目にかかる、あたいの孫! あたいはルルーミャ。お前のお祖母様だ!!」
腰に手を当てて仁王立ちするは祖母を名乗る女の子。
はて、クロシェットのお祖母様だろうか。——などとすっとぼける気はない。思いっきりフミーのお祖母様の名前であるルルーミャを名乗っていた。尚且つフミーと父様と同じ髪の色で、父様と同じ目の色だ。血が表れている。
彼女がフミーお祖母様であることは、一瞬でフミーの中へ入ってきて自然に受け入れられた。
「お祖母様、アタシより小さい……」
「なっ!!!!」
お椀のような変な帽子をしているが、それを脱げばフミーの鼻くらいまでしか身長がないように見える。まさかお祖母様が自分以上に幼い外見であるなど予想だにしなかったのでビックリだ。
「おい! 孫の分際偉そうに——ってかすんごい怪我してるのだなお前!!」
フミーへ突っかかろうとしたお祖母様はフミーの姿をじろじろ見るなり口を大きく開いて驚いている。
「髪の色でもしかしてとは思っていましたが、ルルーミャ様のお孫さんだったんですね!」
「なんだクロシェット、里帰りか?」
「はい、そんなとこです。それでさっき偶然フミーちゃんにお会いしまして、エルフの里に連れて行こうとしてるとこでした」
どうやら、クロシェットとお祖母様は既知の関係性のようである。しかもクロシェットに様付けされている。
「そうか。だが、こっからのフミーの送迎はあたいに任せてくれよ。その代わり、あたいよりここに詳しいクロシェットに頼みたいことがあるから」
「いいですよ! 何でも言ってくださいな!」
「こいつ——フミーのお友達にリーゼって奴がいるみたいなんだが、まだ見つかってないのだよ。だから、頼んだ」
「わかりました!」
リーゼの名前が出てきて、思わずフミーは目を見開きクロシェットのマントの裾を引いた。
「クロシェット、アタシからもお願いします!」
「うん、任せて!」
クロシェットは綺麗なウィンクしてからフミーの頭を撫でる。
それから、一瞬へ姿を消してリーゼを探しに行ったのだった。
その場には、フミーとお祖母様の二人になる。
「よーし、じゃあフミー、エルフの里へ行くぞ」
「うん」
進むお祖母様へ、フミーは頷いて後を追う。
お祖母様の背を見ながら、何と声をかけようかフミーは迷う。
もし会えたら何を話すか、たくさん考えていたはずなのに言葉が出てこない。
「その……だな、あたいはネオンちゃんからあんまり詳しい事情は聞いてないんだ。大雑把にしか知らない。アヤートはすぐ眠っちまってちゃんと会話できなかったし」
お祖母様はフミーの代わりに口を開いた。
「だから、色々聞かせてくれよ。お前の人生、これまで何があったのか」
「……! うん」
距離感を掴めないでいるかのように視線をあっちこっちにやりながら、お祖母様はフミーへ尋ねた。
それが嬉しくてフミーは笑顔で頷く。
とりあえず、5歳までの記憶を掘り起こして覚えている限り話していく。
「リンネちゃんが……そうか……」
リンネとは、フミーの母様の名前である。
母様の訃報をお祖母様は知らなかったようだ。悲しそうに目を伏せるお祖母様を見ていると、母様の死に悲しんだ当時の幼少期の自分を思い出して落ち着かなくなってくるから困ったものだ。
「てか、アヤートの奴、ちゃんと父親やってるんだな」
「そう、とっても素敵な父様だよ」
続いて、フミーの幽閉について話してみる。どんな反応をされるのか、ちょっと想像がつかない。
ただ、父様は悪くないということを強調しながら語った。
「アホだな、アヤートの奴」
「……!!」
カザミショーヤに出会う直前までの話を聞いて、お祖母様は淡々とそう言った。
どうしてそんな感想になったのだろう。おかしい。
父様は聡明でカッコいいはずなのに、アホだなんて。
「今ここにフミーがいる以上、なんとかなったのだろうが、そんな状態にしてまで生かすよりだったら心中した方がマシだろう」
「…………たしかに、あの部屋での生活は辛かった。——でも」
「でも?」
「それで手に入れたものがあるんだよ」
いよいよ、カザミショーヤとの七日間を話していく。
運命的に出会って、救われて、惹かれて、フミーの何もかもを塗り替えた少年。
クールに見えるけど、お茶目なところもあって、フミーのことを考えてくれて、その上で自分の意思を突き通すような、そんな人。
それを、語る。
父様に話した時は全然だったのに、なんだか少し照れ臭い。
「へー、そんなに好きなんだな、そいつのこと」
フミーの頭にポンと手を置きながら、温かい目を向けるお祖母様。
そんなお祖母様に恐る恐る、聞いてみる。
「……カザミショーヤのこともアホだと思う?」
その質問にキョトンとした顔をしてから口を開き、
「まっ、そうだな。生き返れるのか不確かなのに死ぬ選択を取るとかわけわからんし。そのまま死んでもいいって気持ちだったのかもしれないけどさ」
あっさりと肯定された。
だが、わけわからんというのはフミーも同意見である。それによりフミーは外へ出て、出会えた人たちや得られた経験があるので複雑だが。
「いつの世も男の子ってのは勝手なものよな」
お祖母様は自分の左手を取り出し、薬指に付けた指輪を撫でたのだった。




