3日目:風見翔也
「そういえばカザミショーヤのことは私全然知らない!」
思い出したかのように唐突に吠えるのは、もちろんフミーだ。
雪のように白い髪を靡かせながら顔を近づけてくる。
出会って三日目だが、フミーのことは掴めてきていた。素直に感情を表し、素直に思いついた言葉を放ち、裏表がない。眩しいくらいに。
「アタシのことはたくさん話したし、今度はあなたのことを教えて欲しい!」
「って、言われてもな……」
頭をかきながら、視線を迷わせる。
自分のことを話すのは得意ではない。良く見られたいという欲求が暴走し、大袈裟に盛って話して大事故になったことが過去何度もある。完全に黒歴史。
だが、相手はフミーだ。そんな見栄を張ろうとしなくてもいい。
壁を背に座り、心臓の鼓動を感じながら、口を開いた。
「俺は16歳で……」
「おお!アタシのがすっごいお姉様!」
この世界のことは知らないが154年も生きてる人間、しかも見た目が美少女、を前の世界では知らない。
それほどまでに年上なのに、そんな気がしないのは見た目の問題ではなく、フミーの精神年齢が対応してないからだろう。そんな外と隔離された環境で育った相手よりは、自分の方が精神的に年上だ。
「ふふん」
だから、甘えてもいいんだよ、とでも言いたげにドヤ顔するフミーはスルーする。
「それで高校に……通信制の高校に通ってて……」
「ツウシンセイ?」
人が、他人がいるだけで落ち着かない。
人の目が気になる。どう思われているのか、見下されて憐れまれていないか、自意識過剰だろうと意識せずにはいられない。
だから、なるべく人と関わらないで済むよう通信制を選んだ。
その選んだ理由を、ずっと独りでいたフミーに言えやしないが。
「どうしたの、眠くなった?」
固まっていた風見翔也の顔を覗き込む。
フミーは、自分を孤独の底から救った風見翔也に、圧倒的な親しみを抱いている。到底揺らぎそうにない好感。
それが心地よくて、嬉しくてたまらない。
フミーの向ける瞳に心が安堵で満たされる。
だって、誰もそんな感情を俺に向けてくれなかったから。
通信制を選んだ時から、親ですら見限られ、いないものとして扱われた。
だから本当に、正の感情を向ける人間はいなかった。
「俺のことどう思う?」
「んー、救いの女神様?」
「男にそれはないだろ」
まさか、自分が崇拝されるようなことになるとは召喚前の俺はは思いもよらない。
そんな取るに足らない存在であった風見翔也に、フミーは存在理由をくれたのだ。
「フミー、ありがとな。俺を召喚してくれて」
「……」
フミーは目を見開いたまま、衝撃を受けたように固まっている。
それほど驚くようなことだろうか。
「どうしたんだ?」
「だって、嫌々だったんじゃって、思ってたから。自分勝手に召喚して、お礼言われるなんて……。そのツウシンセイってのにも通ってたのに……」
自分の白い髪を握りながら、たどたどしく胸の内を話す。
「嬉しいくらいだよ。前にいた所では、ある意味独りみたいなもんだったし」
精神的孤独であって、物理的にも精神的にも孤独だったフミーとは比べられないが、それでも自分達は似た物同士なのかもしれない。
人に飢え、求めていたのだ。フミーは寂しさを拭ってくれる誰かを、風見翔也は自分を求めてくれる誰かを。
需要と供給がバッチリ、完璧な組み合わせ。
ただ違うとすれば、今はもう風見翔也は満たされていることだろう。
寂しかったと泣きつかれ、燃えた時には死んじゃ嫌と水をかけられ、手を握り、一緒に朝食をとり、それだけで幸せな気持ちになった。魂の飢えが満たされた。
いつ死んでも良いというほどに。今は余生みたいなものだ。
対してフミーは——
「なら、ずっと一緒にいようね」
肩にもたれかかってくる。
甘い香りに嗅覚が刺激されながらも、ある思考が頭を渦巻いている。
——フミーは159歳だ。あと何年生きるのか。
「なぁ、フミー」
「なぁに?」
聞くべきだ。目を逸らして良い物ではないと、いろんな物から目を逸らしてきた自分の直感が働いている。
けれど、フミーの情熱的な紅色の瞳を見れば、口を開けなくなる。
それは、酷な質問ではないか。
今、気にする必要はないんじゃないか。
通信制の高校へ行きたいと、両親に打ち明けた時に似ている。
良い顔をされないとわかっていて、でも必要性があるから、恐れながらも話さなければならない。
結果として両親には失望されたが、フミーはどうだ。
——しない。まだ付き合いは三日目だが、わかる。
なら、聞けるな、俺。
「フミーは、何でそんなに長生きなんだ?この世界の住民はみんなそうなのか?」
恐れが残り、少し遠回りな聞き方になってしまった。
「いいや、アタシが特別なの。……いや、アタシというか、そういう血筋みたい」
「みたいって……」
「本に書いてあった」
指を指した先、ガラクタの山とは離れた場所に本が積まれている。
茶色に装丁のそこそこ厚い本が数冊。
「あれは?」
「チョジュラス家にまつわる本」
「チョジュりゃ……チョジュラス家?」
「フミー・チョジュラス。私のフルネームね。自分の家のことを知ろうと召喚したんだけど、すぐ読まなくなっちゃった」
顔に影を落とし、本から目を背けている。
「長命の家系ってのはわかったけど、そこから先は読めなかった。怖くて……」
それは、奇しくも聞きたかったことの答えだ。
フミーは、自分がどれほど長生きするのか、知らない。
俺の元いた世界なら、人間は80年くらい生きる。そんなおおよその目安すら知らないのだ。
フミーにとっての寿命、それは孤独に苛まれるかもしれない年月と同義だった。それを知ってしまうことが怖いのは理解できる。
「もしかしたら、もうすぐ死ぬのかもしれない。そう思えたら、今日を生きられたから」
いつまで一縷の希望にしがみつけばいいのかもわからずに、明日終わりかもしれない、今日死ぬかもしれない、死ねるかもしれない、死の解放の可能性を糧に生きるのをやめない。
そんな歪んだ在り方で、フミーはここまで生きてきたというなら——、
「頑張ったな」
フミーの頭を、髪の毛の流れに沿って撫でる。
「カザミショーヤ……」
耐えに耐えて、風見翔也とこうして出会った彼女を労わずにできようか。
「お前は、勝ったんだ」
「勝った……?」
「その……孤独との闘いに」
言葉にすると厨二臭いが、それは凄いことだ。自分なら到底できない。尊敬する。
「じゃあ、カザミショーヤもアタシと出会えて勝ちだよね」
「……俺は、違うよ。召喚されて、フミーと出会えたのは本当に良かったけどさ、そんなの運が良かっただけで闘ってなんてないし」
人を避けて通信制の高校に入ったし、なるべく人と関わらないようにした。
そうやって自分から選んでおきながら、そんな自分が惨めで、何度も後悔して、人に飢えて、でもこれでよかったと言い聞かせて、そんなみっともない負け犬が風見翔也だ。
「俺の闘いは……両親に失望されてまで望んで手に入れて、結果後悔しか残らずって感じだ。だから負け」
「むぅ……」
頬を膨らませ、いかにも不服そうだが、そんな顔をされても困る。
「だからさ、勝ったフミーは凄い」
「んん……」
目を瞑り唸っていて、自分ばかり褒められるのが解せないとでも言いたげである。
そんなフミーを他所目に本へ視線を移す。
フミーはきっと、俺が思うよりずっと強い。
俺よりも強い。だからそんな俺の尺度で考えるべきではないのかもしれない。
「なぁ、フミー」
「うん?」
「本の続き、見ないか?……その、俺と一緒に」
——残り四日。