3章9話:雪降る夜に再会を
付与魔法。ざっくり説明すれば、物に魔法を付与し様々な効果を得られるものだ。
例えば、ピーマンが嫌いな子供へピーマンを美味しく感じる付与魔法魔法をかけて食べさせることが可能だ。実際にアヤートも使った手法である。
ピーマンを口に入れることを慣れさせた後、付与魔法をかけずに食べさせる。しかし、それに気づかずに子供は食べてくれる。苦手克服だ。
また、別の使い方として衣服など身につけるものへ付与魔法をかけるというものがある。常に清潔な状態を維持させたり、フローラルな匂いを付けたり——位置を把握できるようにしたり。
事前に話し合い、逸れた時のために全員へその付与魔法をアヤートはかけていた。
目を瞑めれば、アヤートは3人の位置がぼんやりとわかる。
「だから……落ち着け僕……」
頭が真っ白になり、そこへ思考の濁流が流れアヤートは平静さを吹き飛ばしていた。
爆発寸前の爆弾のような心臓の音、溢れ出す汗を振り払うべく、魔法で水を生み出し自身へ滝のように注いだ。
当然、全身はずぶ濡れになる。
「……」
冷たい水で思考が洗われ、冷静さを取り戻せてくるアヤート。
そうすれば、体が冷えて風邪を引くことや着替えのことも考えずに水を浴びたことに気づく。
「炎魔法で乾かしながら、フミーの元へ向かおう」
フミーの場所は既に確認済みだ。
アヤートはランタンを回収し、洞穴を後にした。
———
「おや……?」
この場に止まるべきか。闇雲に進むべきか。はたまた持ってきていた爆竹をならすべきか。
どうすればいいのかネオンが考えているうちに、周りの景色に変化が訪れた。
霧が、どんどん薄くなっていくのだ。
白く靄がかかっていた視界は本来あるべきハッキリとした景色に変わっていく。
そうして、霧が晴れた。少なくともネオンの視界に映る範囲は。
「ラッキー」
偶然が必然かは定かではないが、晴れた景色に気分が軽くなるネオン。
そんな気分に身を任せるまま、ネオンは足を進めていくのだった。
——これまでのネオンの様子は、アヤートがフミーと別れるより大分前の時系列である。
———
付与魔法による位置把握。それは、見えない糸が繋がっているかのようであり、目を閉じればその糸を強く感じられるようだった。
フミーへと続くその糸を手繰り寄せるが如くアヤートは足を進める。
しかし、一向にフミーへ近づく感覚が彼はしなかった。確かにそこへ向かっているはずなのに、全く別の方向へ進んでいるかのようで、自分がおかしくなったのではと錯覚しそうになるのだ。しかし、何よりも心配な自分の娘の元へ向かうことをやめる選択肢はない。
長い間一人になり、今も一人でいる少女、フミー。寂しがり屋な少女に孤独を強いた、なんと愚かな父親だろうか。
そう、アヤートはいつだって選択を間違えてきた。間違いを引いてきた。運良く幸せをもたらす選択を引いても、それを台無しにするほどに不正解を選ぶ。
「フミーッ……!」
走り息を切らしながら、アヤートはその名を呼ぶ。返事をする声など当然ない。
——深夜の時間帯へ突入しても、親子の再会は叶わなかった。
アヤートは、先にネオンやリーゼと合流することも考えた。だが、瞳を閉じて感じる距離はフミー以上に二人とも離れていることを彼は感知していてた。アヤートの居場所から1番近いのがフミーだ。それは確かだ。
しかし、事前に仕込んでいた付与魔法が意味をなさず、そのフミーにすら会えない。それには何か原因があるとアヤートは推理する。
「森林……霧……」
人を迷わせるようにこの森林地帯はできているのではないか。単純に考えればそうだろう。しかも、否定する材料もない。その考えが浮かんだ以上、アヤートは試すことにする。
「———」
アヤートが掌を掲げ、氷魔法を使って作り出したのは階段だ。冷たい冷気を漂わせたそれは、霧の先の夜の空へと続いている。
アヤートはその階段へ慎重に足をかけて上がっていく。
そうして上空50メートルの地点へ氷の足場によって足を着け、霧がかった森林を見下ろすことができる。
フミーがいる方向へ氷の道を作り、空から目指していくことをアヤートは決めたのだ。
正規ルートとは言い難い道だが、これならば、森林の地形を無視して進むことができる。森林や霧に人を迷わせる効果があるならば、これで迷うことはない。
「怖いな」
アヤートが下を向けば思わずその光景に身震いする。
手すりを作るリソースは惜しく、足を滑らせれば簡単に地面へ真っ逆さまな作りの階段になっている。しかも氷で作られていて滑りやすい。だが、アヤートが付与魔法の次に得意とする魔法が氷魔法である故に仕方なかった。
足を滑らせたとて、墜落死を免れることがアヤートは容易であるが、それでもその恐怖を完全に取り払えはしない。
そんな中——
「グアアアアアッ!!」
思わず耳を塞ぎたくなるようながなった鳴き声が聞こえてきた。それも束の間、アヤートの頭上へ影がかかり、彼が足を着けた階段には黒い羽が舞い落ちる。
「……」
アヤートが振り返って夜空を見上げれば、月明かりで縁取られた黒い鳥が羽を広げていた。
その姿に彼は見覚えがある。
魔物の一種である怪鳥『カラシャラス』。カラスをより大きく、凶暴にしたような存在。具体的にはカラスの10倍の大きさで、人間と目が合うなり襲いかかってくるほどの凶暴性だ。
だが、通常であればアヤートがものともしない程度の強さの魔物である。
では、今はどうだろうか。
横幅50センチにも満たない細い階段に足を着け、上空50メートルの地点にいる。空のフィールドだ。
いくら魔法に卓越していようが生身の人間が空を飛ぶなど不可能であり、実に不利なことこの上ない。
宙に階段を作って森林地帯の上を渡るなど、こういうことがあるのを予感して使ってこなかった手段だ。それを今使っている以上、覚悟はしていた。
「グアアアアオオオオオオッ……!!」
雄叫びを上げ、鋭い嘴を突き出し、カラシャラスはアヤートを貫こうと突っ込んでくる。
「っ……!」
足場を宙へ生成し逃げるのでは、間に合わない。階段を下るのも間に合わない。
一瞬で倒すしか対処のしようはないとアヤートは判断する。
「グラセ・サボー・ペリエンス!」
当然、自分の身を守るべく詠唱付きの魔法を発動した。人の腕くらいの大きさである氷のフォークが一瞬で生み出され、それは怪鳥へ突き刺さり悲鳴を鳴らさせる。
刺さった部位は凍り始め、身動きを封じていく。凍る部位は拡大していき、次第に全身を凍らせ怪鳥の氷像となり、バラバラに砕け散った。
キラキラと砕けた氷は月に照らされる。
「……やりすぎたかな」
こういった焦った場面、集中が乱れた場面、普段は調整できている魔法の加減を間違えてしまう。
「……」
舞い落ちる冷たく白い粒へ触れる。それはカラシャラスだったものだ。
触れた粒は夜空へ引き寄せられるように浮かぶ。
氷の破片となったカラシャラスは天へ昇り、雪雲へと変化する。そうして雪を降らせた。それにより周囲の温度は次第に下がり、吐いた息は白くなる。
強力な魔法であるがための代償のようなものだった。
今の魔法でアヤートはかなり体力を消耗してしまったが、それでもフミーの元へ進まなければと足を動かす。
「見つけたぜ」
その声を聞いた時、アヤートは空耳かと思っていた。上空50メートルに人がいるはずない、というものではなく、その声の人物にここで出会えるなど想定していなかったからだ。
「わかりやすいところにいてくれて助かった助かった! でもこの場所で勝手に天候変えるとか、良くない顔する奴らもいるから気をつけることなのだ——って聞いてるのか?」
幼く甘ったるい声で軽快に長文を喋られ、いよいよ空耳でないことがアヤートに突きつけられる。
ゆっくりと、聞こえてきた背後を振り返った。
アヤートと同じ雪のように白い髪を低い位置で二つ結びにした幼い少女のような外見。背が低く、目を合わせるためには首を傾けてやらなればならない。
和を思わせる装いをした彼女は月明かりが灯る雪降る夜空がとても似合っている。
「聞こえてますよ——母さん」
彼女の名はルルーミャ・チョジュラス。
アヤートの意図していない形ではあるが、『親子』の再会は果たされた。




