3章8話:不明瞭な道
これは、一同が分断された直後のことだ。
「リーゼ! 聞こえますか!」
「おう! 聞こえるぞ!」
霧で姿が見えないだけで、同じ方向に退けたリーゼは近くにいるはずと思いネオンは呼びかける。案の定、リーゼの声は返ってきた。
「今そっち行くわ!」
「いえ! 来ないで!」
声が聞こえてきた方向を頼りにリーゼが合流しようとするも、それは拒否される。
「あなたは、ここを離れた方がいいです!」
ネオンがそう叫ぶのも当然、彼女の目の前には能面がいるからだ。
正面に佇むは女の能面。フミーとアヤートと分断された要因のものだ。ネオンがぶつけた石による傷もある。
そして、——能面は一つではなかった。
ネオンを取り囲むように浮遊し、彼女を見つめる能面は二十、三十はある。
女の面だけではなく、男の面、老人の面、鬼の面など様々な品揃えだ。火の玉を従えた能面もいれば水の玉を従えた能面もいる。また、自身が燃えている面もある。本当に多種多様だった。
「おいネオン! どういうことだよ!」
「能面がいっぱいです! いいから逃げてください!」
「……っ! わかったよ!」
困惑する気持ちがあってもこういう時は大人しく言うことを聞くのがリーゼであった。
「さて、どうしましょうかね」
ネオンを中心とした円を作るような陣形の能面を眺める。いくらネオンであれど、不気味なことこの上ない。
「あなたたち、ただ見ているだけ? 何もしてこないんです?」
問いかけても能面は返事をしない。身振りで示すこともしない。
「……コミュニケーションは大事ですよ」
そうボソリと呟いて、正面の女の面へ足を一歩進めた時だ。
——一斉に能面が襲いかかってきた。
「——っ!!」
氷魔法、水魔法、炎魔法——。
魔法で対処しようとするも、相手には効かない。砂埃が舞うだけだった。攻撃をもろともしない能面はネオンを襲い続ける。
「なら……」
殴る蹴る等の物理攻撃にネオンは出てみる。
ネオンは一つの能面を手に掴み、自身の膝へ叩きつけた。
そうすれば、手応えがある。能面にヒビが入ったのだ。
さらに追撃すれば音を立ててバラバラに砕け散る。
「よしっ!」
内心でネオンがガッツポーズを決めた時だ。
「んがっ!!」
ネオンの視界は黒く覆われる。能面がネオンの顔へ張り付いたのだ。
「何……これっ! 離れない……っ」
剥がそうと引っ張るも固定されたかのようにびくともしない。
「ぬぅ……っ!!」
ネオンは自分の腕力が中々なものだと自負している。そういう風に設計されているのだから。だが、そんなネオンの力を持ってしても離れない。
仕方ないのでネオンはそのままの能面を割る方向にシフトする。
「……!」
丁度よく、足先に石が当たった。拾い上げ、それで自身顔を塞ぐ能面を叩き始めたのだ。
それを阻止しようと群がる能面たちの気配を察知しかわすネオン。
ガンッ、ガンッ。能面たちが攻撃を仕掛けていることは肌で感じ避けながら、ネオンは自分の視界を塞ぐものを砕こうとする。
「——くぁっ!」
腹部に衝撃が生じ、ネオンの軽い身体は曲線を描くように飛んでいく。能面がぶつかってきたのだ。ただの人間であれば、骨の5、6本は折れてるほどの勢いで。
ネオンは咄嗟に身をよじり衝撃を殺し、背中を地面へ着かせることはしなかったが、白いニーソックスは土で擦れ汚れてしまった。
視界が使えない状態では避け切るのに限界があったのだ。
だが再び、能面が突っ込んでくる気配をネオンは感じる。飛び退けようと足に力を込めるが一歩を動けない状態であることに気づく。
能面たちがネオンの足に絡みつき、地面へ固定させてるのだ。
「んぐっ……!!」
舌は噛まぬよう歯を噛み締めながら、その衝撃を迎える。
「あっつ……」
炎を纏った能面が今度は突撃したのだ。服が燃えた焦げ臭い匂いにネオンもそれを悟る。
そしてまた、能面がネオンへ風を切る音と共に突撃を——
「おりゃあぁっ……!!」
このままリンチにされて溜まるものか。その一心で突撃してきた能面を手で受け止めた。
その能面は燃えているため、今すぐ手を離したいほどの熱を持っている。だが、水魔法を発動してそれを消化するより先に、その能面を自身の顔へ打ち付ける。
カンッ。と乾いた高い音がなり、それと共にネオンの視界を覆っていたものは崩壊した。また、打ち付けた能面も同様である。
バラバラになったその破片が土へ降り注ぎ、山を成している。そのままそすぐ近くの自分の足に視線を移すも、足に絡んでいた能面はいなくなっていた。
ネオンが辺りを見渡してもその姿はどこにもなく、その場にはネオン一人しか残されていない。それに息をつく。
「さて、どうしましょうかね」
能面を取り払うことには成功したが、前後左右似たような景色しかないこの森林をどう進むべきか、どうリーゼたちと合流するべきか、ネオンは頭を悩ませるのだった。
———
「はぁ……どうすっかな……」
狂った方位磁針を持ちながら、リーゼはため息を吐く。風車のようにグルグルと回る針は有するべき役割を放棄している。
迷子になった時の対処は事前に話し合われていた。アヤートお得意の付与魔法をフミー、リーゼ、ネオンの服にかけており、全員の位置をアヤートは確かめることができる。迷子になっても彼が見つけてくれることが可能だ。
次に、爆竹の使用だ。音を鳴らして居場所を知らせるための爆竹を全員が所持することになった。だが、魔物や野生生物を呼び寄せてしまう場合もあるため気軽には使用できない。耳栓をする、そして安全そうな場所に隠れる。それがリーゼの場合必須条件の代物だ。無論、リーゼは耳栓は所持している。よって求めるべきは魔物が現れてもやり過ごせそうな洞穴や岩陰。だがそれも、この辺りには見当たらない。
「あの仮面も魔物に分類されっかなー」
魔物と言えばでリーゼがどうしても過ぎるのは先ほどの仮面である。
「能面か……」
それほどよく見るアイテムではない。
リーゼが目にした機会など、組織『テーキット』で働いていた際にそれを着けていた人物を見たことあるくらいだ。
「…………ん?」
思考を巡らせる最中、辺りの異変をリーゼは感じ取る。
——霧が、濃くなり始めていた。
「おい、おいおい……!」
焦るのも意味はなく、濃度は高まっていく。
四方八方が白い霧の壁。そんな状態に再びリーゼは放り込まれていた。今度は一人である。
「……まぁ、晴れるまで待つか」
足を着ける地面すら不明瞭に曇って、先へ進むことが困難。やはり、それしか選択肢はない。下手に動いて大惨事な出来事になることは避けたいのがリーゼだった。
四つん這いのような体制で、確かに地面を確認しながらも霧の中から木を見つけ、それを背にリーゼは座り込む。
霧で辺りは辺りは見えないが、自然に囲まれた空間はリーゼは嫌いではない。故に、こうして待つこともリーゼは楽しめるのだ。
土の匂いが、葉の擦れる音が、鳥の鳴き声が、風に触れられる感覚が、リーゼは嫌いではない。例え近くに魔物がいようと危険があろうとそれは同じである。本能的にそうなっているかのように。
一人でいることにも拒否感はない。最近は誰かと共にいることが多くなったリーゼだが、一人になっても変わらず自分があるだけで、それへ何かを感じはしない。
同行メンバーとは離れてしまったが、フミーはアヤートと共にいて、ネオンはネオンである。身を案じる必要もないだろう。
——憂も心配も不安もなくリーゼはただ霧に隠れて不確かな空を見上げていた。




