3章5話:霧の壁
生暖かい空気と共に緊張が蔓延る中、ネオンが振り返り、フミーを真っ直ぐ見た。
ランタンに照らされ、はっきりとその表情が見える。それは期待の眼差しだ。
「フミー、光魔法の修行の成果を見せる時です。ここら一帯……いえ、30メートル先まで照らせれば十分ですね。お願いします」
「……どれくらいの時間?」
「10秒だけでいいですよ」
「それなら……うん。できる」
ネオンから出された指示へ引き締まった顔を作り、フミーは頷く。そうすれば、ネオンは満足そうに微笑んだ。
その微笑みが、バクバクと鳴る心臓も浅くなった呼吸も手の震えも治してくれるのだから不思議なものだった。
「じゃあ、フミーが照らしてくれた間に僕たちが頑張ればいいのかな」
「そうですね。魔物は魔法耐性を持つ者も多いので両側から物理攻撃する感じで」
父様とネオンは短い作戦会議をする。
「ウチは見てるだけでいいんだな」
「ええ。でも警戒は怠らないでくださいよ」
「へーい」
確認するリーゼへネオンは釘を刺す。頭をかきながら返事をするリーゼに緊張感はない。
「カウントします。フミー頼みますよ」
「うん」
「3……2……1——」
「えいっ!」
ネオンのカウントに合わせてフミーは大量の光を放出させた。ランタンとの光とは比べ物にならないほどの範囲を照らすが、眩しくて見えなくなるほどの強い光ではない。
そうやって先が照らされることによって、30メートルくらい先に見えた姿があった。
「グオォォォ……!!」
「……っ」
悪寒を感じるその風貌に唾を飲む。
全長3メートルはある一頭身の異形な生物だ。泥のような色をした体中にはびっしりと目玉が埋め込めれていてその目はどぎつく毒々しい色をしながら血走っている。
口は見当たらないが、威嚇するような低い音を上げていた。
「これが……魔物……」
嫌悪を湧き立たせるその存在を凝視しながら呟く。
一人でいたら、フミーはきっと尻餅をついて号泣していたことだろう。
だが、生憎一人ではない。
その化け物へ駆けていき、あっという間に距離を詰める二人の姿があった。
「はぁ——っ!!」
フミーから見て左側から勢いよく飛び蹴りをその魔物へ喰らわせたのはネオンだ。
腐った木の幹が折れるような鈍い音が鳴り響く。
「はっ——!!」
ネオンが喰らわせた方向の反対側、フミーから見て右には父様が飛躍した姿がある。そのまま空中を分断するかのような軌道で踵落としを与えた。
振動が離れたフミーまで伝わってくる。
二人がかりの攻撃でダメージを負った魔物は、フラフラと揺れてから倒れて土煙を上げる。全身にある目は全て閉じていて完全にノックダウンだ。
「すごーい!!」
「おお……」
ものの数秒で自分よりも図体の大きな相手を倒したその華麗なる動きにフミーが目を輝かせる一方、リーゼは畏怖を感じたのか苦笑いだった。
———
それからも、何度も休憩しつつ長い道を進む。時計は持ってきているものの、外の景色が見えず昼かか夜かの実感も得ずらく時間感覚が狂いそうになる。
あれ以来、魔物には何度か遭遇した。いずれも最初の時と同じ要領でネオンとアヤートがすぐに対処し、被害が出ることはない。
もっとも、この世の者とは思えない歪な外見に遭遇するたびフミーは内心恐怖していたが。
そんな中、計3時間ほど歩いただろうか。
「あっ!」
フミーは思わず声を出した。小さな光が見えたから。
「外からの光かな。だとしたら出口だ」
変わり映えのない景色の終わりを告げるそれに、父様もホッと息を吐く。
「気を緩めるのは早いですよ。むしろここからが本番なんですから」
「……」
ネオンの言う通りだった。アルウェイル森林地帯へまだ入ってもいない。
緩みかけていた意識を首をブンブン振って薙ぎ払う。
ここまでは前奏でプロローグで導入でしかないのだ。
「何が起こるかわからない……アルウェイル森林地帯……」
自分にしか聞こえない声量で呟く。何がそこに待ち受けているのか。
見えていた小さな光へ近づくと、父様の言っていた通りそれは外からの光だった。
生い茂る草木の匂いも香ってくる。
「これって……」
フミーは思わず声が漏れ出す。
洞窟を出て外に出るも、そこはあまりよくない状況であることに気づく。
「あー、マジかよ」
後ろにいたリーゼも声を出す。
洞窟を出た先、そこは霧がかっていた。
同時に感じるのは洞窟のもやっとした空気とは一変、ひんやりとした冷たい空気だ。まるで霧が冷気かのようで、それが肌を撫でる。
霧がかることがあるという情報は聞いていた。だが、フミーは戸惑う。他のみんなもそうだろう。
これは想像以上に、
「濃い霧……ですね……」
ネオンがポツリと問題点を口にした。
そう、濃いのだ。濃すぎる。
白い霧が壁となり洞窟の中並みに先が見えない。暗闇は目が慣れることが可能なのに対し、霧はそうでもない。
霧によって隠された景色は目を凝らしても、見えてこない。
故に、一同は洞窟の出口で立ち止まり、霧が薄くなるのを待つしかなかった。
———
「霧払いできる魔法とかねぇの?」
「風を起こして霧を吹き飛ばすことはできますが、まだ先も長いでしょうしそれで進んでいくには消耗が激しすぎますね。最終手段です」
リーゼのぼやきにネオンが答えていた。今回の旅でこの二人の距離は少し縮まった気がして嬉しいかぎり。リーゼからの呼び方も変わっていたし。
だが、状況は悪いままだ。フミーたちは、霧が晴れるのをひたすらに待っているもその時は訪れない。いや、晴れるまでいかなくても数歩先が見えるくらい薄くなってくれれば再び歩みを始められる。
しかし、丸一日経っても一向に霧は変わらず濃いままだった。
本で調べた情報によれば、霧が必ず出るわけでもないようで、霧の消失もあり得るはずだ。ならば、この状況は運が悪かったということか。
その分、時間をかけて霧を睨みつけ機を伺うべきだが、食料の問題もあり無制限に待ち続けるわけにはいかない。
せいぜいあと5日が限度だ。
それ以上となると成功が不安定である食べ物の召喚に頼ることになる。それよりだったら、来た道を戻って食料調達をし戻ってくるという選択の方がマシかもしれない。
何にせよ、霧により作り上げられた白い空間を進むことは危険だった。
「……」
静寂の中に鳥の鳴き声だけが響いている。
みんなとポツポツと雑談はしていたはずだが、会話は徐々に減っていき、口を開くことも少なくなっている。ただひたすら待つ時間によって集中力も体力も精神力も削られていくもので、それも当然だった。
ネオン以外の3人は交代で睡眠を得ることはしていたものの、こんな状況下で質の良い睡眠が取れたとは言い難い。みんな疲労は蓄積されたままだろう。
そんな中、
数時間経ち、さらに疲労が溜まった頃に変化は訪れた。
「——! 霧が薄く……」
最初に言葉にしたのはネオンだった。その言葉の通り、白い壁のように視界を塞いでいた霧は近くにあった木々の姿を確認できるほどに薄くなっている。
「やった! チャンスだよ父様!」
「しかし、またいつ霧が濃くなるか……」
フミーが喜びで父様の袖を引くも、硬い顔をしている。
「その時はまた立ち止まって待てばいいですよ」
「……それもそうだね。少し悲観的になりすぎていたかもしれない」
「こんな状況だし、しょうがないですよ」
進む気満々なネオンの発言を呑み込む父様。
はぐれないようになるべく密集しながら、フミーたち四人はアルウェイル森林地帯へ一歩一歩確かに踏みしめて進んでいくのだった。




