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2日目:ワクワク召喚術とフミーの父

 やけに体が痛いと思いながら目が覚める。


「んあ……?」


 絨毯の上、目を擦りながら記憶をたぐり寄せれば、昨日、妙なテンションになり激しく動き回ったことを思い出す。

 要するに筋肉痛だ。日頃の運動不足が祟った。


「いてて……」


 筋肉の炎症を感じつつ辺りを見渡すと、時計が目に入った。部屋の隅にあるガラクタの山の一部になっていて、午前七時をを示し一夜経ったことがわかる。

 召喚二日目に突入したわけだ。


「あっ、起きてる!」


「うぎゃわ!」


 ガラクタの山の中から飛び出すのはフミーだ。

 ガラクタの中を潜っているなど想定外で、変な悲鳴を上げたのは許してほしい。


「何やってんだよ……」


 髪についている埃を取ってやりながら、その奇行について聞いてみる。

 ガラクタの山は目測で10メートル近くあり天井に届きそうなほどで、ものすごい量だ。それに潜るなどシンプルに危ない。


「何って……朝食だよ?」


「は?」


「朝食! 昨日何も食べてないし、お腹減ってるでしょ?」


「それはそうだが……」


 可愛く首を傾げてられても意味がわからない。朝食とガラクタの山に何が関係あるだろうか。


「いやだから、食べ物を探してるの! ここら辺に仕舞っていたはず……」


「仕舞うな!」


 しかも場所わからなくなってるし。

 一体今までどんな生活をしていたんだ。


「食べ物の召喚って結構難しくて……。だから、調子が良い時にたくさん出して保管しておくの」


「だからってガラクタの山はな……」


「ガラクタじゃないもん!」


 とはいえ、ガラクタの中にあった食べ物など衛生的に不安だ。


「新しく食べ物召喚しようぜ。今日は調子良いかもしれないじゃん?」


「うーん。……うん。わかった。カザミショーヤが言うなら……」


 よほど難しいのか、渋々ながら承諾してくれる。


 今更ながら、風見翔也——カザミショーヤで繋がった一つの名前だと思っているようだが、訂正は別にいいか。


「ところで、召喚ってどうやるの? どんな感じ?」


 ファンタジー作品は好きなので、そこのところ興味がある。

 自分も使えるようになってたりしないだろうか。


「ふむ、じゃあ一緒にやってみよっか」


「そんなことできるのか!?」


 やばい。テンション上がってきた。


 風見翔也はかつて立派な厨二病患者であり、今でも完治していないと自覚がある。

 モンスターではなく、食べ物の召喚というのが惜しいところだが、贅沢は言えない。


「手、出して」


「う、うん!」


 言われた通り差し出すと、向かい合ったまま、フミーはその手を取る。小さくて暖かい。

 女の子に触れるなどいつぶりだろうか。


「何が食べたい?」


「え、そうだな……、味噌汁と海苔ふりかけご飯」


「初めて聞く食べ物ね。じゃあそれ、思い浮かべて。色、味、匂い、食感」


「えーと……」


 言われた通り思い出す。


 まずは味噌汁。茶色くて……いや黄色か?

うーん。薄い黄土色ってとこかな。味は美味しい。ほぼ毎日飲む。そしてしょっぱい。いや、意図的に濃くしてしょっぱくしてる。それがご飯と合うからだ。匂い……はとにかく美味しそうな感じ。食感は具による。豆腐、やわらかい。わかめ、やわらかい。大体柔らかいか……。


 続いて海苔ふりかけご飯。ご飯自体はもちろん白で海苔は黒。味は海苔がご飯の良いアクセントになっていて美味しい。匂いは……説明しずらいな。食感は米の品種によって違う。給食に出ていた白米と家の白米の食感が違って小学生の頃は頭を捻らせていた。


 こうしてみると今まで自分がどれだけ五感を使わずに食事をしてきたのかわかる。

 今度からはもっと味わって食べよう。


「想像できたみたいだね。——それじゃあ、いくよ」


 フミーの声のトーンが下がり、空気がピリピリと震える。


「——天地創造、この世の理、森羅万象の果てに」


 フミーが目を伏せ詠唱をすれば、繋いだ手が光を纏い、熱を持つ。

 耐えられないほどではなく、電球に触れた時のような熱さだ。


「——オファー・コネクタンス」


 視界全体が光に覆われ、目を開けていられない。

 同時に、世界が揺れているような——、否、揺れているのは自分の頭の中だけだ。思考を溶かされ、泡立てれるようにかき混ぜられ、揺れている。

 なのに不思議と気持ち悪くない。

 

「カザミショーヤ!」


「———!」


 その声にハッとすると、自分が膝をつき、体中に汗をかいていることに気づく。


「なんか、凄く疲れたな……」


「慣れると平気になるよ、それにほら!」


 フミーの視線の先を見るとそこには味噌汁と海苔ふりかけがかかったあった。それぞれお椀とお茶碗に入って二人分ある。


「一発で成功なんてあんまりないのに、すごい! 流石カザミショーヤ!」


「いやぁ……」


 ただ手を繋いで味噌汁と海苔ふりかけご飯を想像していただけなのに褒められた。


 召喚——ということは、この味噌汁と海苔ふりかけご飯は元いた現代日本から召喚されたのだろうか。いや、この世界の文化によってはこの二品も存在している可能性はある。どちらにせよ召喚と銘打っているのだから、誰かが食べようとしていたものを強奪したことになるのではと思ったが、考察は不要と切り捨てることにする。


「とりあえず食べようか」


「うん!」


「……テーブルとかないか?床に置いてたら流石に食べずらい。あと、はし……とは言わなくてもスプーンとかも欲しい」


「わかった!取ってくる!」


 そう言ってフミーはガラクタの山へ駆けて行った。


「まぁ、拭けばなんとか使えるか」


 そんなこんなで、フミーに味噌汁と海苔ふりかけご飯は中々に好評であり、異世界召喚初の朝食は幕を閉じる。



———



「フミーは魔法って使えるか?」


 異世界でお馴染みの魔法。召喚があるくらいだし、当然、魔法もあるだろうことを前提とした質問である。

 奥底に眠る厨二病因子が疼く以上、聞かずにはいられない。


「魔法か……私は召喚術しか使えないんだ。けどけど!父様はすっごく得意だったからいつか使えるはず!」


 フミーの父、それはフミーをここへ閉じ込めた人物だ。危険から守るためとはいえ、自分をそんな目に合わせた父親を恨んで良いと思うが、口ぶりを見るに好意的なようである。


「例えばどんな魔法を?」


「中でも得意だったのは『付与魔法』だよ」


 ニヤリ、と自慢するように髪をかきあげながら言った。


「付与魔法ってのは?」


「魔法を物に付与すること……今日になって気づいたけど、カザミキョーヤが扉を開けようとして燃えたのも、その父様の付与魔法だと思う」


「マジかよ」


 扉が燃えたわけでもなく、自身だけが火だるまになり、それなのに気づけば痛みはなくなり、火傷もなく、火は消えていたのだから不思議だった。その仕掛けが付与魔法ということか。


 フミーの幽閉は危険から守るためということで、術者のフミーの父親以外が扉を開けようとすると発火し、ドアノブから手を離せば元通り。そういったと仕組みと推測。

 扉がトラウマになるほどに地獄の苦しみだったが、即死トラップにしないだけ温情と言うべきか。


「即死なら、俺もう死んでるしな……」


 そう思うと、怪談を聞かされた後のようなゾッとした感覚がする。

 なんだかんだ、命が一番だ。


「あとこの部屋、常に空気が澄んでるし温度も一定に保たれてるんだけど、それも多分そう」


「窓もない密閉空間だもんな。それないと死ぬな……。てか、付与魔法便利すぎる」


「ここまで使いこなせる父様がすごいんだよ」


 フミーの召喚術との合わせ技で154年も生きれる環境だったということである。


 いくら環境が整っていても、ネットもアニメも漫画もゲームない場、一人で生きていくなど自分なら考えられないが。


「ねぇ、父様の話、もっと聞いてくれる?」


「あぁ」


 5歳の時までの5年間。父親と過ごしたわずかな時間。

 それを目一杯語ってくれた。


 母親はフミーが3歳の時に亡くなり、男手ひとつで育ててくれたこと。

 誕生日にはいつもぬいぐるみをプレゼントしてくれたこと。

 父親の大事な時計を壊してしまい、泣きながら謝った時、許してくれたこと。

 勝手に森に入って心配かけた自分を、叱ってくれたこと。

 仕事が忙しくて構ってくれないことに拗ねた自分に、何度も謝ってくれたこと。

 誘拐されそうになった時、死にものぐるいで助けてくれたこと。

 母親のことを語る時、凄く愛おしそうに、寂しそうに語ること。

 召喚術について、いざとなった時のために教えてくれたこと。


 自分の父親が、かっこよくて、強くて、優しくて、家族思いで、自分を愛していたことを、同時に自分がどれだけ父親が好きなのか言葉を紡ぐ。


 風見翔也がフミーの父親に対し、少なからず不信感を抱いていたことを、見抜かれていたのかもしれない。それを拭うようだった。


 本当に見抜かれていて、自分の父親を悪く思われたくなくて話しているとしたら、そんなことをさせたのが申し訳なくて、恥ずかしくて、少しだけ俯いた。


「カザミショーヤ」


 肩をツンツンと指で突いている。

 少しだけ俯いた顔を上げた。


「アタシの目の色は母様譲りだけど、髪の色は父様譲り!」


 眩しいほどの満面の笑みを浮かべて、フミーは話を締めくくる。

 

 自分は両親から何を受け継いだだろうか。

 風見翔也自身も両親のことを思い出し、胸が抉られそうになったが、そんなことはどこかに飛ばす。

 二日目はこうして過ぎてゆく。




——残り五日。

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