2章16話:フミーとアヤート
研究所内へ戻り、疲労もあってゆっくり足を進めようとしたが激しい魔法音が聞こえた瞬間走り出した。
魔法と魔法がぶつかる音。一方が連打する魔法を一方が弾いて防いでいるようなそんな音だ。
気持ちがざわめく中、3階一番奥の部屋へ足を早める。そこへいるリーゼとリクが無事であることを願って。
近づけば近づくほどにひしめき合う戦闘の匂いが香る。
同時に、頭の片隅が反応する。
何かを感じ取って、懐かしい感情を呼び起こそうとしてくる。
その正体がわからないまま突き進めば、目標の部屋へと辿り着いた。
扉は木っ端微塵になくなっていて風通しがよくなっている。
心臓を鳴らしながらひっそり覗き込めば、銀黒の魔女が魔法を打つのが見えた。そして、それと相対しているのは薄緑の被験者用の服を着た中年の男だ。
雪のように白い髪を靡かせた男、だ。
その人から、目が釘付けになって離れない。
「とお、さま」
はち切れそうなほどに心臓が早まった。
———
フミーが3歳の時、母様は誘拐され二度と帰ってくることはなかった。
その時、父様はフミーを抱きしめて、ひたすら謝っていた。
鼻を啜りながら震えた声を出していて、表情が見えなくても泣いていることがわかる。
『ごめん。ごめん。僕が至らなくて、力が足りなくて、辛い思いをさせる。リンネのことが守りきれなかった僕だけど、せめてフミーのことだけは守るから、絶対。リンネが命をかけて守ろうとしたんだから、僕は何をしてでも……』
『母様は、父様のことも守ろうとしてたって思うよ。だって、母様はアタシのことも好きだけど、父様のことも好きだから』
『フミー……』
母様の死の詳細は知らず、ただ帰ってこないということを突きつけられた。悲しくて悔しかったが、でもそんなことは父様が一番感じていることを幼心ながらわかっていた。
今なら、母様が死んだ理由もなんとなくわかる。この時の自分が言ったことは間違ってない。
それなのに、父様はフミーだけをあの部屋へ残し行ってしまった。二人で安全な場所に閉じこもってしまえばよかったのに、フミーだけを閉じ込めた。
自分が泣き喚いて手を引いて暴れて、離れたくないと懇願すればよかったのか。幽閉されていた時、何度もそう思った。
だが、いずれ出られると、危険は父様が遠ざけてくれると、それを信じていたのだからそれは後出しジャンケンでしかない。
———
誕生日にはいつもぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
最後に祝ってもらった5歳の誕生日、聞いたことがある。
『どうしていつもぬいぐるみなの?』
『……ああ、ごめんね。フミーももう5歳だしぬいぐるみを卒業したいか。それとも、他に欲しい物があるのかい?』
『違うよ。理由、きいてるの!』
くまのぬいぐるみを抱きながら早とちりする父様へ抗議する。
そうすれば、寂しそうな顔をパッと明るくして理由を話してくれた。
『リンネが最初にフミーへプレゼントしたのは名前だったけど、僕がフミーへ最初にプレゼントしたのはぬいぐるみだったから。まだ赤ん坊だったのにすごい力でそのぬいぐるみを掴んで離さなかったんだ。それが、嬉しかったからかな』
目尻を下げ優しい表情の父様に胸が温かくなるのを感じた。
母様がフミーの名付けたのも初耳だった。その時、初めて自分の名前が特別な物に思えて愛おしくなった。
「……」
手に持ったくまのぬいぐるみを見つめる。
ぬいぐるみももっと大切にしようと思った。
———
『と、とおさま……ご……ごめんなさっ……ひっぐ……』
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、謝罪の言葉を口にする。
手には壊れた時計を持ちながら。
それは、父様が母様にもらった大切な時計だった。
家の居間に飾られたそれは、まるで母様に見守られているような安心感を与えてくれる。
だがそれをフミーは壊してしまった。
外が雨で、退屈で、父様は忙しく構ってもらえない。だから、その居間でボール遊びをしてしまった。
気をつけて遊ぶし、柔らかいゴム製のボールだがらもし何かに当たっても平気だろうと子供らしい未熟な考えだった。
新婚の頃、母様が父様にしたプレゼントであることを前に聞いている。その時から大切にしているのだ。酷く怒られると思った。もう口を聞いてもらえないんじゃないかとも思った。
『フミー』
名前を呼ぶ声に肩が跳ねるが、その声は存外優しいものだった。
『正直に言ってくれてありがとう。もし隠されたりしていたら悲しいところだった。フミーのそんな素直なところが僕は好きだよ。だから、そのままでいてね』
そう言って、フミーの頭を撫でるのだ。
酷いことをしたのに、悲しませたはずなのに、それを許した。
その掌の感触を、フミーは永遠に忘れないだろう。
———
『どうして勝手に森へ入ったりしたんだ!!』
父様の憤怒の声が森を揺らすように響く。
普段は聞かない強い声。それを浴びせられ、それだけでフミーは泣いてしまう。
口酸っぱく言いつけられていた。森は広いし迷子になるかもしれない。危ない生き物かいるかもしれない。誘拐されるかもしれない。
それを忘れたわけではない。そんなのは少し入るくらいなら関係ないと、平気だと勝手に無視をした。
少し入ってなんてことないと思ったフミーはもっともっとと少しどころではなくなっていき、仕舞いには迷子になった。
そして、父様へ心配をかけこうして叱られている。
『何かあってからじゃ遅いんだ。何かあってからじゃ、僕は……守れない。頼むから、今回のようなことはしないでくれ』
フミーの両肩を力強く掴んでいて少し痛かったが、その痛みは軽率な行動をした自分に相応しいものなようで何も言わなかった。
そんな痛みよりも、胸の方がズキズキと痛んで苦しかった。
珍しくも感情的に叱ったこの時の父様の顔は忘れられない。
———
その姿を見た時に溢れ出したのはそんな無数の記憶だ。
決して忘れたくなかったから、お気に入りの本のページを捲るように何度も追想した。
時に支えに、時に苦しさを与えるそれは大切なもので。
それでも、あの部屋を出てからはそれもなくなった。捲らないように、触れないようにしたのだ。
父親を生き返らせることはフミーにとって通過点だ。一番の目標ではない。一番に考えていない。
一番叶えたいことは違うものだ。
決して一番好きじゃなくなったわけではない。父様も母様もカザミショーヤも、一番好きだ。そこに格差をつけたくはない。
ただ、優先させたい相手が彼になってしまった。
そうなってしまったのがたまらなく申し訳なくて、その罪悪感から思い出に蓋をしていた。
それが今、溢れ出した。
「父様……」
記憶の中と変わらない姿に思わず飛びつきそうになるが、首を振ってそれは抑える。
まず、落ち着いて状況の確認だ。
部屋の隅で身を小さくするリーゼとリク。無事でよかった。
攻める銀黒の魔女と防ぐ父様。魔女をどうにかしたい。
「フミー!」
その声はネオンだ。遅れてやってきたようである。
「……っ。銀黒の魔女、ここにテレポートしてたの。というか相手しているのって……。リーゼとリクが無理をしたんですね、全く……」
ネオンもすぐさま状況を把握する。そうして彼女は激しい攻防に入る隙を窺った。
手っ取り早いのはすぐさま銀黒の魔女を行動不能にすることだろうか。
——それなら、考えがある。
「ネオン、協力して!」
親子の再会を早く堪能したいのだ。これ以上邪魔はさせて堪まるものか。
煮えたぎる感情を燻らせながらネオンへ声をかけるのだった。




