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2章12話:ログライフ

 幽閉部屋から出て3日目からの日々は変わり映えがなくなっていた。


 ネオンとリクが頑張る中、フミーとリーゼは研究所内で発見したボードゲームやトランプを使いテーブルゲームでひたすら遊ぶ一日。

 リーゼは定期的に外へ出て警備隊の人たちを確認しに行くがまだいるらしい。


 せっかくつけ始めた日記も、テーブルゲーム勝敗記録と、雑談の内容くらいしか書くことがない。ちなみに、リーゼの方が勝率が高いが徐々にフミーも勝つようになってきていて、いずれは追い越す算段だ。



 そして現在、フミーの幽閉解除から数え15日目。



「リーゼ、テーブルゲーム楽しい?」


「あん? 何だお前、テーブルゲーム飽きてきたのか? じゃあ、縄跳びできそうな紐でも探してみっか」


「そうじゃないよ」


 変わり映えがしないが、こうした一日一日が新鮮で幸せなものだと感じる。

 だから、不満はない。フミーには。


「楽しいと幸せは同じじゃないけど、繋がってると思うんだよね」

 

「これまた急だな」


 トランプをシャッフルしながら耳を傾けるリーゼ。

 前ならリーゼはここで「急に哲学……?」と困惑していたところなのに、フミーのペースに慣れてきたのか最近はなくなってきた。

 そんな変化が嬉しいような、寂しいような。

 複雑な気持ちは押し込めるとして、話を再開だ。


「リーゼは楽しいと感じたこと、これまであったよね?」


「ああ。最近だとカジノは中々楽しかったな」


「じゃあ、ずっとカジノで遊べたら幸せ?」


「そんな生粋のギャンブラーじゃねぇよ!」


「だよね。アタシも本を読むのは好きだけど、読み続けたら目が疲れるし、ずっとはできない」


 リーゼを幸せにする目標、それをまだ、ネオンとリクに話せていない。父様を生き返らせるべくフミーのために頑張ってもらっている時に、さらにお願いするのは気が引けた。

 だから、今は一人で考えなければならない。

 幸せとは何か。他人を幸せにするにはどうすればいいのか。

 楽しい以外で幸せに繋がりそうなもの——。


「じゃあ、嬉しかったことは?」


「さっきフミーにリバーシで勝ったこと」


「……」


 先ほどやったリバーシはほとんど黒一色に染まり、白であったフミーの惨敗である。

 角四つを取られてそのまま逆転することなく終了した。カザミショーヤとやった時も負けたし、苦手なのかもしれない。


「よし、じゃあドラゴンソード&ナイツかブラックジャックでもやろう!」


「お前の得意なやつじゃねぇか……」



 ——と、そんな雑談をしていた時だ。



 端的に言えば、世界が揺れた。

 次元がずれたかのようにブレる視界。


「——っ」


 一瞬だった。

 フミーがふらついたのではない。

 明確に、この世界が揺らされた。

 空気が弾けたかのような衝撃が、刹那の時を駆けたのだ。


 何が起こったのが疑問に思う前に、その感覚は過ぎ去るが、その痕跡は体の痺れとして残っている。


「フミー」


「……」


 名前を呼ばれ、リーゼと顔を見合わせる。

 額に汗を浮かべながら、目を細め真剣な眼差しだ。

 その顔を見れば、フミーだけではなくリーゼも『それ』を味わったことがわかる。


「………な、なにぃ」


 なんだったんだ今のは。と、ようやく舌を動かし、戸惑いの言葉を紡ぐ。

 リーゼだって聞かれても答えようがないはずだが、何かを考えているようで、


「……。まさか——」


「フミー! リーゼ!」


 リーゼが口を開いたが、それは音として聞こえる前に足音にかき消される。

 ドタバタと慌てながらネオンが部屋へ入ってきた。遅れて顔色の悪いリクがやってくる。


「何も、なかった……!?」


「う、うん!」


 フミーの返答に胸を撫で下ろすネオン。

 この二人にも同じことが起きたのか。


「……」


「……」


「……?」


 ネオンはフミーの肩に手を置きながらリーゼをチラリと見たのをフミーは見逃さなかった。一瞬交わった二人の視線の意味はフミーにはわからない。


「ネオン。僕も……嫌な予感がするよ」


 青い顔をしたリクが息を乱しながら真剣な顔で言葉を紡ぐ。


「リク……大丈夫?」


 急いでやってきたからかと思っていたが、その範疇に収まらないほどの不調に見え、駆け寄る。


「ごめんね、心配かけて。でも、これくらい辛くないから大丈夫」


 フミーの目を見て笑ってそう言い切るリクに何も言えなくなり、口をつぐんでしまう。


「能力の使い過ぎです。こうならないように目を光らせていたんですけどね……」


 悲しい眼差しでリクを見つめるネオン。その手は震えていた。ネオンへ寄り添い、その手をフミーの手が包めば少し治る。


「リクはこのまま少し休むこと。反論はないですね」


「あるよ。嫌な予感がする。早く終わらせないと良くない気がする」


「予感がする、気がするだけでしょう」


「そうだよ。それじゃダメ?」


「ダメです。根拠を出してください。言っておくけどさっきのことだけなら根拠としては薄いです。あなたの能力は一歩間違えば死なんだからそんな軽はずみに——」


「信じて。僕のこと」


 その一言で、ネオンは黙った。唇を噛んで、恨めしそうにリクを睨みつける。

 論理的に話そうとしたネオンへ、それは何も意味を成さないとリクは切り捨てたのだ。

 そして、一方的に信頼を要求する。


「……ズルいですよ」


 フミーもそう思う。


 ネオンはリクから顔を背け、口を強く結ぶ。

 それは、これ以突っ込まない合図であり、決着だ。

 そうやってすぐ終わったが、こんな風に言い合いする二人を初めて見たため、少しハラハラした。


 二人には聞こえなかったようだが、言い合いの最中ボソッと「痴話喧嘩なら他所でやれよな〜」とリーゼが呟いていたのが印象的である。

 お互いそれぞれの想いが喧嘩にも満たない言い合いを引き起こしたと考えるが、そうまとめることもできるかもしれない。



———



 それ以降、ネオンとリクと顔を合わせる機会が減った。休憩時間を減らし、フミーの父様を生き返らせるための作業のペースを上げているからだ。

 たまに会うリクは病人のような顔色で心配になるが、ネオンがどれだけ言っても無理をしているようで案外強情だ。




 ——そんな調子で、18日目。

 

「……フミー、ここで待ってろ」


 すごろくの途中だというのにリーゼは立ち上がった。


「トイレ?」


「外の様子見てくる。——誰かいる」


 それだけ言い残して背中を向けるリーゼに着いていくか迷ったが、追わないことにする。

 フミーの性格をわかってきているリーゼはその選択を以外に思ったのか、チラッと振り返ってから部屋を出た。


「素直に待つわけじゃないんだけどね」


 自分しかいない部屋で独り言を響かせてから立ち上がり、伸びをして、歩き出す。

 向かう先は、ネオンとリクの元。

 3階の一番奥の部屋にいると聞かされてるが、様子を見に行ったことはない。

 その方がいい気がしたから。

 だが、今はそこへ向かう。

 階段を上がり、廊下を突き進み、3階の一番奥へ辿り着いた。

 コンコン、と手の甲でノックすれば、扉が開く。

 

「あっ、ネオン! リーゼが誰かいるって言って外に——」


「私も、外に誰かいるのは感じてました」


 ネオンに促されるまま部屋の中へ入る。

 その部屋で目を引くのは、中央にある台だ。上に布をかけられた何かが乗っている。全長180センチくらいだ。

 そこから視線を外せば、横にリクが座っていて、苦しみに喘いでいた。


「リク……っ!」


 前よりも顔色が悪くなっている。病人を通り越して死人のようだ。一体どれだけの無理をしたのか。

 外に気配を感じても、この状態のリクを置いてネオンはこの場を離れられなかったことは察せられた。


「フミー、大丈夫だよ。……もうすぐ、あと一日もあれば、君のお父さんとは再会できるよ」


 あと一日という吉報をリクに報じられても、喜びきれない。

 この期に及んで、笑みを取り繕うリクに胸が痛むからだ。

 フミーよりも長い時を一緒にいるネオンは一体どんな気持ちだというのか。


「そんなに急ぐ必要は——」


 ボロボロのリクを窘めようとした次の瞬間——殴りつけるような轟音が鳴り渡った。

 振動が身体を駆け抜け、脳まで震える。


 だが、それだけでは終わらない。


 二発、三発、四発。

 続けて放たれ、巨人が平手打ちをしているかのように衝撃が染みる。


 そして、漂う苛烈な魔法の気配。


 研究所を誰かが攻撃していることを示していた。この建物には魔法耐性があると聞かされているが、それでも崩れるんじゃないかと不安になるほどだ。


「——っ」


「フミーはリクを見てて」


 リクをフミーへ託し、部屋を飛び出したネオン。

 が、すぐ「わっ!」と驚きの声が聞こえて、戻ってきた。

 ——リーゼと共に。


「……フミー、ここにいたのか」


「———」


 リーゼが部屋に入り漂うのは血の匂いだ。

 全身から流れ出ている血はポタポタと床に滴り、その存在を主張する。

 右脚は焼け爛れ赤く捲れ上がり、炎に打ち付けられたようだった。

 ネオンの肩を借りながら、やっとの状態で立っているように見える。

 

「フミー、そこの棚に医療セットあるから取ってきてください」


「……ぁ。う、うん」


 そのボロボロで悲惨な状態に何も言えなかったフミーへ、ネオンは指示を出す。

 その通りに医療セットと書かれた袋を取り出しネオンに渡そうとするが、受け取られない。

 

「私は、リーゼをこんな様にした奴の相手をしてきます。フミーはリーゼとリクを」


 闘志を宿した強い眼差しで、思わず怯んでしまうほどだ。

 そんなフミーの答えを聞かぬままネオンがドアノブに手をかけた時、床へ座り込んだリーゼが口を開いた。


「あいつらは……研究所を、狙ってる。取り戻す気だ」


「そんなこと、絶対にさせません」


 振り返ることなく低い声で宣言し、ネオンは部屋を出る。

 扉の閉まる音がやけに重たく感じた。


「……。あ、とにかく手当てしなきゃ! 手当てしなきゃ!」


「これぐらいじゃ死なねぇし、そんな慌てんな。あいつに殺されかけた時の方が酷い」


「えーと、まず包帯? いやガーゼかな。止血よりも火傷を冷やすのが先……!?」


 こんな時の応急処置の方法を本で見たような気がするが、動揺しているフミーにその記憶を丁寧に引っ張り出す余裕なかった。


「はい、水。これで数十分火傷を冷やして」


 後ろから声がかかり、振り返るとバケツを持ったリクがいた。

 いつの間に用意したのか、そのバケツいっぱいに水が汲まれてある。


「うん……! ありがとう」


 体調が悪いはずなのにフォローしてくれた彼に感謝し、バケツの水を手で掬い患部へかければ、リーゼは痛みに小さく跳ねる。

 染みるだろうが我慢してもらい、言われた通り数十分続ける。

 それと同時にリクは他の部位の怪我を対応し、応急手当てが完了だ。


 その間、フミーも冷静さを取り戻しており、改めてリーゼに向き合う。


「リーゼ、何があったの?」


「銀黒の魔女とドットルーパと組織『テーキット』のボス——ログライフがいた」


「——!」


 リーゼが教えてくれた三人はフミーが知る名前だ。

 その中の二人は直接会っている。


 銀黒の魔女は置いておき、投獄されていたドットルーパに関しては脱獄として片付けるにしても、ログライフはどうだ。

 ドットルーパ同様、不老不死の吸血鬼の彼女は死刑ができない代わりに、二度と解く気がないくらい何重にも封印用の付与魔法がかかり、凍結され封印されていると聞く。


「封印が解かれた……」


「だろうな」


 重々しく呟いたリクに、リーゼは同意した。

 何はともあれ、


「3対1でネオンは戦ってるの……?」


 変なことをしてくる銀黒の魔女に不老不死の吸血鬼が二人。いくらネオンが強くても不利だ。


「行かなきゃ……っ」


「待て!!」


 外へ行こうとしたフミーの手首をリーゼが掴む。

 ボロボロの状態のはずなのにその力は強く、簡単には解けそうもない。


「魔法はどれくらい使える? 体術は? お前が行って状況を変えられるか?」


「……」


 リーゼの言葉がフミーを突き刺さす。

 それら全部の問いに、堂々と答えることはできない。

 前はドットルーパへ流れる水を召喚し対処したが、また同じ手が通用するとは考えづらいし、銀黒の魔女にまたあの世界へ意識を飛ばされれば平然を保てる自信はない。ログライフは完全なる未知数。

 おまけにフミーは戦闘経験など碌にない。


「確信がないなら、行ってもしょうがねぇよ」


 でも、それでも。


「あいつは素で強いし丈夫だし、四肢が千切れようがなんとかなるくらい——」


「バカ!」


「———」

 

「違うよ。そうじゃない。……そうじゃないの……っ!」


 反射的で具体的なことは何も言葉にせず、駄々をこねる子供のようで、甘えのようだ。

 

「だって、ネオンは今ひとりで戦ってるんでしょ! そんなのダメだよ、そんなことっ!」


 ——孤独で戦う辛さは、アタシが誰よりも知っている。


『お前は、勝ったんだ』


『その……孤独との闘いに』


 ——それを壊す相手に、『勝ち』もたらす相手に、どれほど救われるのかも。


「足手纏いになるとしてもか」


「勝ちにするから、ならない! ネオンの勝ちをもたらす存在に、アタシはなるから!」


「その自信はどっから湧いてんだ」


 ため息を吐かれ、いよいよ呆れられてしまう。

 それでも、フミーの手首を掴むは少し緩んだ分いいだろうか。


「リーゼ、フミーは召喚術が使えるんだよ。だから全く無力なわけじゃない」


 フミーを不憫に思ったのか、リクから援護が飛んでくる。

 その第三者の後押しのおかげか、フミーを引き止めるリーゼの手は完全に離れた。


「ごめんね」


 自分の考えを曲げるつもりはないが、リーゼの考えを無下にした以上、謝るべきだと思った。

 それに対して全く気にしていないかのように「かっ」と笑い飛ばすリーゼ。


「今みたいなやり取り、なんか新鮮だったわ。——行ってこい、フミー」


「——! またね、リーゼ!」


 リーゼとリクに手を振ってその場を後にした。

 


———



「ネオン!!」


 三人の人物と対峙しているネオンへ呼びかければ振り返り、驚きに表情が崩れるのがわかった。

 フミーはまず、そのネオンに目立った外傷がないことに安堵する。

 もっとも、対峙する三人の人物も外傷はない。


 銀黒の魔女は魔女らしく帽子を被り、箒に乗り宙を浮いていた。

 ドットルーパは他二人よりも一歩下がった位置で腕を組んでいる。


 そして最後の一人、ネオンの正面に聳え立つ女は明らかに異質な存在だ。


 白色に黒い瞳孔が浮かぶ瞳はコントラストが強く無条件で惹きつけられる。髪は臀部まで伸ばされ鮮やかな黄緑で、親子らしくドットルーパと同じ色だ。


 指先から前腕部分までは手袋により露出されておらず、脚はタイツにより覆われ、隠されたものを暴きたくなるような倒錯的な感情を抱かせかねない一方、丈の短いシンプルなベアトップドレスは彼女の美しい肉体を強調する。

 それら身に付けた色は情熱的な赤で統一されており、彼女自身を表しているようだ。唯一、両耳のピアスは黒であるが静かな存在感である。

 

「お嬢さんは初めましてかしら。——ワタクシはログライフ」

 

 威圧感のある瞳でフミーを射抜きながら、自己紹介をする。


「不老不死の吸血鬼で、愛する人ともう一度会いたいだけの女よ」


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