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1日目:出られない、出ない

 少女が落ち着き、互いに自己紹介を交わすことになった。


「アタシはフミーって言うの」


「俺は風見翔也だ」


 部屋の中央、二人は正座で向かい合っていた。

 天井は非常に高く広々とした部屋であり、体育館レベルだ。床には赤い絨毯が敷き詰められ部屋の隅には、傘、長靴、シャベル、ジョウロ等、様々なガラクタが積まれている。少し離れたところには数えきれないほどを本がジャングルを作っていて、とにかく物の多い部屋だ。

 部屋の観察はそれくらいにし、目を泣き腫らした少女に向き直る。そうすれば、少女は口を開く。


「カザミショーヤ、アタシのお話を聞いて」


 緊張しつつそれに頷くと、少女——フミーは語り出す。

 話が右往左往しわかりずらかったが、要約するとこうだ。


 154年と38日、フミーはここにいる。

 外観は少女だが、長命な家系で実年齢は159歳であり、5歳の頃、幽閉された。


 幽閉された理由は危険から守るための一時的なものらしい。

 誰がそんなことを、と尋ねれば父親によるものだと言う。

 また会おうと約束したが、154年経った今でも再会は叶わず。

 危険は遠のいていないのか、それとも父親は会える状態ではないのか。

 100年経ったあたりから、考えるのはやめたそうだ。

 その間、召喚術で物を取り寄せ過ごしていたが、独りで、人形だけが話し相手で、独りで、ボードゲームも自分と闘い、独りで、独りで、独りだった。


「初めてなの。人間が召喚できたことなんて。私以外の誰かと話すのも154年と38日ぶり」


「……」


 召喚とはなんだ。アニメの話か。異世界召喚ものでも見たのか。

 154年?159歳?やっぱりアニメの話か?

 危険って何だ。


 湧き出る疑問は尽きない。飲み込み難いことだらけ。

 しかし、フミーを否定する気は起きない。

 彼女の涙を、感激に震えた声を、嘘だと思いたくない。

 

「うーん……」


 今一度部屋をぐるりと見渡せば、窓はなく茶色い扉が一つあるのみ。部屋を出る手段はこれしかないようだ。

 立ち上がって近づいてみるも、いたって普通の扉である。


「これ、開かないの?」

 

「そうだよ」


 ドアノブに手をかけても、言われた通り開かない。引いても押しても叩いても。


「アタシも最初は部屋を出ようと画策してたんだけどね。諦めちゃった」


「諦めた、か……」


「色々やっても傷一つも付かないんだもん。お手上げってやつよ」


 本当に出られず、帰れず、となればこちらも困る。もう一度挑戦してみる。

 困ると言っても、好きなマイナー作品がアニメ化されるまでは追い続けたいだとか、お気に入りの絵師が炎上してて心配だなとか、そんな陳腐な未練だらけで、元いた場所に大した執着はない。


 趣味がある分マシだろ、と誰にでもなく言い訳しながら、腰を入れ、体重をかけ、全力でドアを押す。俺のお気に入り絵師を難癖付けて燃やした奴への怒りでも込めながら。


「うおおお!!」


 すると、雄叫びに共鳴するように、ドアが動いた音がした。

 直後——


「ぐ、あぁああああっ!!」


 全身から炎が溢れ出し、この身を焦がし始めた。


「えっ! なんでっ……!!」


 慌てた声が耳に入ってくるが、そんなものを気にする余裕はない。


 視界が赤白に点滅し、平衡感覚を失う。

 熱に溺れ、絡み取られ、どうにか消そうと肉体を床に打ち、もがくしかない。

 普段は信じないくせに神に祈り、焼く系の食べ物全般に謝り、わけがわからくなりながらも逃れようと必死になる。


 消えろ。消えろ。楽にしてくれ。


 肉体以前に精神が消失しそうになる感覚を味わいながら、そうやって転げ回り、いつのまにかその炎が本当に消えていることに気づく。


「あ、れ?」


 切なる願いが通じたのだろうか。だとしたら神も捨てたもんじゃない。


「——死んじゃいやぁ!!!」


 ほっとしたのも束の間。

 突如、滝のように上から水が降り注ぐ。


「あぼぼぼぼぼばば!!!」


「ひとりはもうやだよぉ!! だめぇ……」


「……ぷはっ、生きてるから!!」


 焼死するかと思えば次は溺死。

 16年間してこなかった死の覚悟を短時間で二回するとは。


「てか! この水、何!?」


「水を召喚したの。……良かった、生きてる」


 フミーは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でほっとしながら、子犬のような目でこちらを見つめている。

 なお、絨毯はびしゃびしゃである。

 

「水の召喚は置いておくとして……無理矢理扉を開けようとするとああなるのか」


「あんなの知らなかった……アタシじゃびくともしなかったし……」


 視線を移すと、扉はガラス一枚挟めるくらい僅かに開いていた。

 もっと頑張れば出られるかもしれない。


 しかし、さっきのことを思い出すと壊れたおもちゃのごとく震え、嫌だやめろと魂が拒絶する。

 ここで一生過ごしても良いと思えるほどに、恐怖が根を張った。扉すら二度と見たくない。


「カザミショーヤ……」


 名前を呼ぶ声に肩が跳ね、その思考が一瞬で洗われる。


「カザミショーヤ」


 もう一度、名前を呼ばれる。

 眉を下げ、懇願するかのような目をしている。力強い紅色をしているのに反して、潤み、弱々しい。


 フミーはここに154年もいたのだ。最初は信じ難かったが、きっとそうなのだ。

 出たくてたまらないだろう。


 ——彼女のために、立たなくては。

 この扉を開かなくては。


「ま、待ってろ。開けてみせるから!ほら、少し開いて——」


 手は震えていて格好がつかないが、それでもドアノブに触れようとする。

 だがそれは、横から手を握られ止められた。


「アタシは、あなたといられればそれでいい」


 フミーの暖かい手が、俺の手へ温度を宿させる。


 それは、孤独の中で過ごしていたフミーの切実な願いだ。


 自分以外の誰かを必要としていて、この場合、相手は誰でもいいんだろう。

 しかし、何の因果か召喚されたのは風見翔也であり、俺だ。俺なのだ。

 その俺を必要としている。


「それ以外は、何もいらない」


 危険を犯してまで外に出ることはない。そんなことではなく、俺といられればいいと願われている。


 風見翔也という少年にそんなことを望んだ人間など今までいなかった。

 実の両親には、むしろいなくなることを望まれていたと思う。

 両親の顔と共にこれまでの人生を振り返って瞼を閉じる。

 時間にして数秒、


「……わかった」


 ——決意する。

 

「俺、ここで一生過ごすよ」


 扉を開ける恐怖からの逃避ではない。例え、普通に扉が開こうが、現代へ帰れようが、選んでなどやるものか。こっちから願い下げだ。

 そもそも、扉を開ける必要なんかなかった。

 誰にも必要とされてないような少年を、少女が必要としているから。


 それだけで十分ではないか。


「ふふっ、やったー!」


「おわっ!」

 

 満面の笑みのフミーに手を引っ張られ、竜巻かのごとく一緒にクルクル回ったり、腕がもげそうな勢いで万歳したり、羽ばたくかのように跳ねたり。

 広い部屋の中を踊るように動き転がった。

 フミーの白い髪が靡き、紅色のワンピースが翻る。

 握られた手を握り返し、なすがままに身を任せる。


「ははっ!」


 新たなる人生が幕を開けたようで、可笑しくて可笑しくて笑うしかない。


 互いに疲れて寝てしまうまで、そうやって感情表現をしたのがその日の終わりだった。




 ——異世界召喚先は密室?いいじゃないか、素晴らしい。周りの目がない!


 ——少女と二人っきり?さらに素晴らしい。孤独じゃない!


 前の世界に全く未練がないと言えば嘘になる。けれどこれは、前の世界では絶対に得られなかったものだ。




——残り六日。

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