2章5話:友情出演
「森に警備隊の人、まだいると思うけどいいの?」
「見つかりそうなら隠れればいいだろ」
いよいよ王都を出て、研究所に帰る時だ。
良いことも悪いこともあった王都だけど、帰るとなると物悲しい。
今度はネオンやリクと来たい。
「うげっ」
中継地点の町を通り、さっそく森への入り口まで来たが、リーゼが立ち止まる。
森を見据えた、誰かがいた。
その人を見るなりリーゼは苦い声を出す。
女性だ。
情熱を表した赤い髪は、潔白さを示すが如く毛先が白い。灰色のタレ目はおっとりした印象はなく、凛々しい表情を作り上げる一つだ。
その目の色と同じ色のリボンで髪を一本に結ってある。
白い制服のような物に身を包み、外観が限りなく黒に近い茶色のマントを付けた女性だ。
左手には刀を持っていて、華麗に振る様を想像できる。
なにせ、その彼女の横顔は、美しかったから。
「そこのお方」
「うげげ……」
こちらを向いて呼びかける声を聞いた瞬間、リーゼはフミーの後ろで身を屈めるが、頭一個分くらい身長差があるのに隠れ切れるはずがない。
「リーゼ、そうやって身を隠そうとするのは、後ろめたいことがあるからなのかしら」
フミーの後ろへ向かい、呼びかける女性。
「あのー!」
「申し遅れました。あーしは、ユスティーツ警備隊の隊長を務めさせていただいてる者です」
フミーが呼びかけると、こちらを向き、目が合う。
彩度を必要としない灰色の瞳は、天秤にかけ審議するようにフミーを見据える。
そうして女性は、己の立場を明かした。
ユスティーツ警備隊とは、森の近くの町へ拠点を構える警備隊であり、ネオンが昨日ドットルーパ一派を突き出したのもその警備隊だ。このファースト大陸で一番人がいる警備隊との話もある。
その隊長さんへフミーも自己紹介をしようと思ったが、怯んで口の開くことは叶わなかった。
そんなフミーに興味をなくしたのか、再びリーゼの方を向く。
「あなたのことは、生き残った悪運に免じて見逃しておくけれど、でもそれはあなたが悪に身を置かないに限りよ」
「だーっ!! わかってるっての!!」
顔を近づけ言い聞かせるように話され、飛び退いて距離を取るリーゼ。10メートルくらい離れた。その脚力にビックリだ。
そんなリーゼに対しジトっとした目を向ける隊長さん。
二人は旧知の仲のようだが、関係性は良好ではないことが見て取れた。
「白髪で紅色の瞳の君」
「……」
物理的な距離で交流を拒否するリーゼを見ているが、その声はフミーへ語りかけている。
「君から見てあやつはどうかしら」
「……。優しい、いい人」
「そう。よかったわね。そう思えるのは素敵なことよ」
「どういうこと?」
フミーの返答に平坦な口調で言葉を作る隊長さん。
否定の言葉ではないが、どこか冷めていて、間違っていると言われたようなそんな気分になり、ムッとしながら聞き返した。
「透明なガラス玉のような魂をしているから」
彼女の視線は、変わらずリーゼを捉えている。
「魂……?」
「あーしは、この目に映した人間の魂を感じ取ることができるんです」
魂がどんなものかは知らない。
色んな本、及び創作物で存在する概念だが、白い炎だとか、それぞれ違う色だとか、人の形だとか、喋れるだとか色々だ。
現実でどうかなど確認しようがない。
カザミショーヤと父様の魂が近いという話があるくらいだ。
だけど、この女性はそれがわかると口にし、リーゼの魂をガラス玉と表した。
「ガラスって吸水性がないでしょう。だから色を付けるとなると、アクリル絵の具とかで塗るわけだけれど、中は塗れない。透明なまま。」
「……」
「表面だけはどうとでもなるけれど、内側が色付くことはない。それが——」
「それが、リーゼだって言うの?」
「少なくともあーしにとってあの人の認識はそうよ」
それがなんだと、切り捨ててしまいたい。
悪く言ってるつもりはないのかもしれない。
それでも、そんな悲しい風に言わないで欲しい。
痛ましげにリーゼを見ていて、哀れんでいる彼女に苛立ちを覚えた。
だって、フミーがリーゼと関わって得た温かさは本物だ。中に色がなかろうと、温度はある。
リーゼが優しいのも本当で、なら、別にいいではないか。
「その表面は、これまで何度も塗り変わってきているし、これからも塗り変わるでしょうね。あーしは、それが悪に塗り変わることだけは、許容できない」
彼女は瞳を細め、先ほどまでの哀れみの感情がそこから消え失せ、代わりに冷酷な視線をリーゼへ向ける。
事実として、リーゼは悪い組織にいた。
だが、今は喫茶店の店主だ。
再結成で誘われても、断った。
フミーは、それはリーゼが変わったからだと思う。でもそれは、ただ塗り変わっただけじゃない。気まぐれに色変したんじゃない。
過去のリーゼは知らないし、そう思いたいだけなのかもしれない。でも、リーゼと過ごした時間がそう思わせる。
チラッとリーゼの方を見る。こちらの会話が聞こえていない当の本人は首を傾げて様子を伺っていた。
隊長さんはフミーへ視線を移し、再び無彩色のその瞳で見つめる。
フミーの背筋がすっと伸びるが、もう怯まない。
言い返してやる。
「リーゼは——」
「だから、リーゼを頼むわ」
凛々しい表情のままで口調も平坦。ただ、その予想していなかったその言葉は熱かった。
その一言だけで、意味を受け止めるより先に、胸が震えるくらいに。
それくらい本気の言葉が、フミーへ投げられた。
「……隊長さん、あなたはリーゼのこと好き?」
リーゼへの言い草に文句を言うはずだったが、やめた。振り上げた拳を下げるが如く。
代わりに質問をした。
「あーし個人の感情としては、嫌い寄りになるわね」
質問に驚くことなく、すんなり答えた。
「それなのに、頼むの?」
「ええ、悪に堕ちないに越したことはないから」
憂に満ちた目に、風に揺れた赤髪が重なる。
フミーを向いているが、その目には別のものが映ってるのかもしれない。
悲しげだ。
「白髪で紅色の瞳の君。あなたの魂は雪のように白い。けれど、白は周りの影響を受けやすい色。自分をしっかり持って。自信のない顔はしなくていい」
一度目を瞑り、今度は明確にフミーを瞳に映す。
それから、憂慮からの言葉送る。
自信がない、そんな顔を彼女に晒していたのか。
無自覚ではあるけれど、今の自分に割り切れない心境が渦巻いているのは自覚するところであり、納得だ。
「ところ構わず白く染め上げるぐらいの強さがないと、あなたの色はすぐ濁ってしまう。だから、リーゼ程度二度と落ちないほど白く染色したらいいわ。そうすれば、あーしも安心できる」
そんな強さが、自分にあるとは思えないのが、今のフミーだ。
けど、
「じゃあ、その時は、リーゼのことを好きになって」
「……」
頑張る理由があるなら、そうあれるかな。
自分が好ましく思う相手が、誰かに嫌われているのは悲しい。
好きもあれば嫌いもあるのは当然だ。
けど、この人には好きになって欲しい。
「今初めて会ったけど、隊長さんともアタシは仲良くなりたい。だから、そんな隊長さんにもアタシが気に入ってるリーゼのことを、好きになって欲しい」
リーゼそっちのけで何を言っているのか、勝手じゃないか。思わなくはない。
だって、衝動が止まらないから、仕方ないじゃないか。
「あーしは正義しか愛せない。……でも、好きになるくらいなら、いいよ」
隊長さんは胸に手を当てて微笑み、凛々しい表情を崩した。
「誓うわ。あなたがリーゼを絆す努力をするなら、あーしもリーゼを好きなる努力をする」
「ありがとう」
その宣言に感謝の言葉で答えた。