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第3話「秘密学級! 特務科の四人」

 午後の授業が始まり、アネトは自分の教室に戻った。

 そこは日当たりも悪く、以前は物置小屋として使われていた別棟、というよりは小屋だ。中に入れば、アネトのものも含めて机は四つ。

 そして、個性的なクラスメイトが出迎えてくれた。


「よう、アネト! 遅刻ギリギリだぜ? まあ、先生が一番の遅刻だけどよ」


 眼鏡を上下させながら、二枚目半を自称するややイケメンが白い歯をこぼす。名は、アゼル・バートリー。さる名門貴族が愛人との間に作った私生児らしく、体質もあってこの特別学級……特務科の一員にならざるをえなかった人物である。

 アネトとは気もあったし、気兼ねなく付き合える親友といったところだった。

 当然のように机に座るアネトを、隣の席で頬杖ついて覗き込んでくる。


「今日も勝ったろ? 紅蓮の魔女さんはよ。俺が集めた情報、どうだった?」

「そう呼ばれるの、リゼねえは嫌がってるよ。でも、凄く役に立つ情報だった。助かったよ」

「お前、女子のことに関しては本当に無知だからな。そこんとこいくと俺はまあ、四捨五入して二枚目のイケメンだ。こんな辺鄙(へんぴ)な学級じゃなきゃ、今頃生徒会役員だぜ」


 二枚目半(2.5まいめ)なら、四捨五入すると三枚目では?

 そう思ったが、あえてアネトは黙った。そして実際、彼は学術院中の女子に関する情報通である。義姉のリーゼロッテが、あまりの強さゆえに紅蓮の魔女と恐れられているのも、彼からのリークである。

 そうこうしていると、逆の隣から尖らせた声が突き刺さった。


「あの女、勝つのは当然として……アタシもちらっと見てたけど、なに? 魔女のくせにキューピット気取りなのかしら?」


 長い銀髪に褐色の肌、刺しこむ日差しに小さな美貌が輝いていた。

 彼女の名は、ギレッタ・ギル・ギルレル。北方の辺境蛮族の姫君である。もちろん、アネトやアゼル同様、極めて特殊な体質ゆえにこの場にいる少女だ。

 勝気な瞳を大きく輝かせる双眸は、北部の冷たい氷雪を思わせるアイスブルー。

 彼女は、ちょっと常人ならば遠近感を疑う大きさの弁当箱を三つ、鞄にしまいながら話を続ける。


「アネト、アンタね……養われてる身だからって、そんなに律儀に付き合うことないわよ。魔女の考えてること、帝国貴族の思惑なんて、誰にもわからないんだから」

「いや、僕にはわりとわかるよ。リゼねえのことは」

「っ! あっ、そう! まあ、別にいいけど? せっかくいい生活できてるんだし、せいぜい魔女の元で強くなりなさいよね。アタシの部族じゃ、弱い男に価値なんてないんだから」


 その時だった。

 不意に背後で、抑揚に欠く声が静かに響く。

 まるで感情のない、ともすれば人間ですらないような冷たい声。


「エノア教諭、入室を確認。全員、起立」


 見れば、酷く小さな姿が白衣をずるずる引きずり現れた。彼女が教壇に向かうのを見ながら、アネトたちは立ち上がって身を正す。

 担任教師のエノア・エンドルアだ。

 ひどく女臭くて年寄りじみているのに、その容姿は十代前半の年下に見える。

 よじ登るようにして彼女は教壇の上に立った。土足ではしたないが、そういうことを気にする人間ではない。秘密学級にふさわしい、極めて特殊な人格と精神の持ち主、それがエノアという女教師だった。


「貴様ら、揃っているな! 午後の授業を開始する! まずは魔法文明の体系化された魔法に関するおさらいだ。……貴様らには生死にかかわる基礎中の基礎だ、頭に叩き込め!」


 年増幼女とでもいうべきエノアが、手に持つ教科書を開く。

 アネトたちも、またこの話かと思いつつ、再三再四教えられたページをめくった。

 そう、確かにエノアの言う通りなのだ。

 この場の秘密学級の四人にとって、魔法のなんたるかは命に係わる問題である。


「よし、四十六ページからだ。サーティン、読め!」

「……はい」


 アネトの背後で、すっと少女が立ち上がった。

 先程号令をかけたクラス委員、このたった四人の秘密学級の中でもとりわけ謎に包まれた存在だった。サーティンというファミリーネームのない呼び名も、本名とはとても思えない。

 白い肌に伸び放題の翠髪。

 おおよそ身だしなみという概念からは程遠い、むき出しの原石みたいな美少女だった。

 そのサーティンが、姿勢を正して教科書を両手で構える。

 そう、まるで武具を構えるような緊張感があって、発する声も切れ味を感じた。


「この世の魔法は魔王討伐の暗黒時代で体系化され、大きく四つにカテゴライズされました。誰でも使える基礎魔法、精霊の力を借りる精霊魔法、教会が奉ずる主の奇蹟を借りる法術……そして、古代言語での詠唱で励起する神代魔法」


 あまりにも平坦な、おおよそ人間味を感じない声。

 だが、それがクラス委員のサーティンという少女だった。

 彼女の朗読は、そのままフラットに続いてゆく。


「基礎魔法は詠唱を必要とせず、一般市民の生活まで浸透した魔法文明の根幹をなす存在。対して、主に戦闘を主眼に置いた精霊魔法は、精霊との交信のために呪文の詠唱を必要とします。強力な魔法ほど長い呪文を必要とし、その詠唱中は術者は無防備になります」

「よし、そこまでだ!」


 エノアはバタン! と教科書を閉じる。

 そして、なんだか薄暗い情念の燃える瞳で生徒たちを見まわした。

 特に、アネトを見詰めてニヤリと口元を釣り上げる。


「この世界の摂理は魔法、騎士であれ戦士であれ、魔法という最強の暴力からは逃れられん!」


 その通りだ。定期的に軍事的な衝突、時には紛争とはいいがたい戦争も起こるが、決め手は全て魔法である。そして、周辺諸国に魔法に習熟した冒険者として人材を派遣しているオーレリア帝国にとって、それは無視できない現実だった。

 とある戦場では、敵味方双方がオーレリア帝国の人間を雇ったため、オーレリア人同士の殺し合いもあったという。それが戦乱のさなかでギリギリのバランスを保つこの世界の縮図でもあった。


「いいか、貴様ら……貴様らは、そうした魔法が全ての世界に生まれ落ちたイレギュラー! 常識の範疇を超えた特異な存在なのだ! 秘密学級に追放されたなどと思うな。貴様らが必ず戦争やダンジョン攻略、伝説級のモンスター討伐の切り札になるっ!」


 それだけ言って、自分でも興奮に酔っていたエノアは平らな胸を押さえる。

 だが、アネトは知っていた。

 自分もそうだし、この特務科に集まった四人は魔法の支配から逸脱している。それを知るからこそ、アネトもまたこの小さな学級で毎日の研鑽を欠かさないのだった。

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