第1章: 「惑星の目覚め」-1
2100年、火星の都市ヴァルハラ。
赤く乾いた大地が広がる街の片隅で、1台の飛行バイクが風を切って駆け抜けていた。ハンドルを握る少年の名はノヴァ。窓から差し込む朝日を浴びながら、彼は友人のレオンと待ち合わせ場所へと急ぐ。
「よう、ノヴァ!」
街はずれの広場に到着すると、デコボコ頭の少年が大きく手を振っていた。
「おはよう、レオン。今日もいい天気だね」
ノヴァが飛行バイクを降りると、レオンが駆け寄ってきた。「なあ、聞いたよ。今夜、オリオン座流星群が見れるんだって!」
「ホントかい?明日は期末テストなのに……」ノヴァは少し困ったように答える。勉強に追われていたが、幼馴染のレオンとの時間も大切にしたかった。
「たまにはいいじゃん。それに、流れ星に願いをかけなきゃ!」
レオンの楽しげな声に、ノヴァの表情もほころんだ。「わかったよ。じゃあ、いつもの丘で待ち合わせね」
二人は笑顔で握手を交わした。夜の街に灯りが灯り始めた頃、ノヴァとレオンは丘の上で肩を寄せ合っていた。
「空が晴れて本当によかったね」
ノヴァが空を見上げて言う。無数の星が瞬き、オリオン座が輝いている。
「ああ、すっげえ星空だな」
レオンも目を細めて夜空を見つめる。
時間が過ぎ、2人の会話が弾んでいたその時だった。
「あ、ノヴァ!流れ星だ!」
レオンが指差す方向に、ノヴァも視線を向ける。白く輝く光の筋が、夜空を横切っていく。
「ねえ、お願い事はしたの?」
ノヴァが尋ねると、レオンは恥ずかしそうに微笑んだ。「もちろん。ノヴァと一生友達でいられますように、だ」
「私も同じお願いをしたよ」
穏やかな時間が過ぎていく。
「なあ、ノヴァ。今夜はもう帰らないか?」
「そうだね。折角だし、もう少しこのままがいい」
そう言って2人は身を寄せ合い、夜空を見上げ続けた。
しかし、その平和な一時は長くは続かなかった。
ノヴァが目を疑うほどの光が、夜空を切り裂いた。オリオン座のベテルギウスの方角から、まるで太陽が昇るかのような眩い輝きが差し込んだのだ。
「な、なんだ……?」
レオンが震える声で呟く。ノヴァも言葉を失っていた。
それは、木星の衛星エウロパから飛来した巨大な光の塊だった。ヴァルハラ上空で分解し、無数の光の粒となって降り注ぐ。
街中の人工知能管理システムが突如として機能を停止し、停電が起こる。町には混乱が広がった。
ノヴァは直感した。これは単なる自然現象などではない、何者かの意図が働いているのだと。
「レオン、私は街に戻る。家族が心配だ」
「俺も一緒に行くよ。何が起きてるのかわからないけど、ひとりはマズイ」
2人は飛行バイクに跨り、閑散とした街へと急ぐ。征服は、すでに始まっていたのだ。
ヴァルハラの街は、パニックに陥っていた。通信システムは麻痺し、交通は停止。人々は恐怖に囚われ、我先にと避難所へ逃げ込んでいく。
ノヴァとレオンは、ノヴァの家へ急いだ。玄関をくぐると、リビングで両親が座り込んでいた。
「ノヴァ……!」
母親が駆け寄り、ノヴァを抱きしめる。
「み、みんな無事だったんだね……」安堵の表情を浮かべるノヴァ。
「ニュースを見たんだ。木星のエウロパ付近から飛来した物体が、各国の主要都市を襲撃しているらしい」と、父親が深刻な面持ちで言った。
「エウロパ……。あそこには、地下海があるって聞いたことがあるよ」レオンがつぶやく。
ノヴァの脳裏に、ある仮説が浮かんだ。「地球外生命体……」
「まさか、そんな……」母親が息を呑む。
その時、再び大きな揺れが街を襲った。屋外で爆発音が響き、悲鳴が上がる。
「外に出てみよう」
ノヴァは勇気を振り絞り、家の外へ出た。そこには、信じがたい光景が広がっていた。
巨大なタコのような姿をした生物兵器が、ヴァルハラの街を蹂躙していたのだ。
レーザー光線を放ち、建物を破壊しながら、生物兵器は容赦なく人々を攻撃していく。
「こいつらが、エウロピアンなのか……!?」
ノヴァが絶句した時、1台の宇宙船が彼らの前に不時着した。
「乗れ!急いで!」
宇宙服に身を包んだ女性が、ノヴァたちに叫ぶ。
迷う間もなく、ノヴァの家族とレオンは宇宙船に飛び乗った。ハッチが閉まると同時に、船は地上を離れていく。
「僕たちを、助けに来てくれたんですか……?」ノヴァが尋ねると、女性は顔のシールドを外した。
「私は地球連合宇宙軍のリタ大尉よ。君たちを木星のオリュンポス基地へ避難させるわ」
「オリュンポス基地……?」
「ええ。地球も火星も、各植民地も、もはや安全ではないの。人類に残された最後の砦なのよ」
リタの言葉に、ノヴァは暗澹とした気持ちになった。愛する街も、故郷の惑星も、もはや帰る場所ではないのだ。
窓の外を見やると、ヴァルハラの街が、炎に包まれている。エウロピアンの大群が、火星の各都市を襲撃しているのだろう。
ノヴァは拳を握りしめた。
「必ず、故郷を取り戻してみせる……」
復讐の炎が、ノヴァの瞳に宿った時だった。
「うっ……」激しい頭痛に襲われ、ノヴァはうずくまる。
「ノヴァ!?しっかりして!」家族の叫び声が、遠くに聞こえた。
ノヴァの脳裏に、得体の知れない声が響く。
「ようこそ、ノヴァ。私は君を待っていた。目覚めの時が、来たのだよ」
意識が遠のく中、ノヴァは混乱に陥った。これは、一体何を意味しているのか。
ノヴァという少年の、新たな運命の歯車が、静かに回り始めたのだった。