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第22話 普通

「トリシアさんって意外とふつーですよね」


 引っ越し作業の二日後、巣の一階でアンドリューがダンが降りてくるのを待っている。今日はこれから冒険者ギルドでアタッカー(前衛)向け講習会があるのだ。

 好景気のエディンビアにやってくる冒険者が後を絶たない。同時に勝手がわからずダンジョン内で無駄死にをする冒険者が増えてきているので、ギルド側が対策を練り今回の講習が決まった。

 だが前に立つのはダンではない。ダンは所謂客寄せパンダ。こういうのを面倒がる冒険者にこそこの講習が必要だと、アッシュに頼まれ必要そうな冒険者達に声をかけてまわった。俺も行くから、と。今日はダンジョンで必要な装備とダンジョン内での過ごし方について話がある。ちなみに後日、現在の最深層に生息している魔草講座も開かれる予定になっており、こちらはすでに満席が決まっていた。


「ふつーだよ!? なに!? どういう意味で聞いてる!?」


 トリシアは一瞬、彼にもスキルがバレたのではないかと焦ってしまう。彼にバレると厄介だ。なんせおしゃべり大好きな冒険者。明日にはエディンビア中に秘密を知られてしまう。


「だってこんな立派な貸し部屋二棟経営してるんでしょ? どんな怖い女が家主かと思ったら、まだ若いし、なんかニコニコニヤニヤしてるし、S級の顔見ただけで真っ赤になるほどウブだし」

「ちょ、ちょっと! 最後のは忘れて……」

「ほら~ふつーっぽい!」


 ケラケラとご機嫌に笑っているアンドリューにジトっとした目を向けるが、とりあえず一番恐れていることではなかったと安堵した。


「……普通に計画たてて、それに向けて普通に貯金して、条件が整ったから実行しただけよ」


 貸し部屋にかんしてはそうだ。慎重に生きてきた。失敗しないように。そして一人で生きていけるように。


(ルークにかんしては……失敗が怖くって動けないのよね……)


 ぼんやりルークの顔を頭に浮かべるだけで幸せが湧いてくる。()()の人間である自分にはそれで充分だろうと言い聞かせ逃げ道にしていた。一人で生きていくつもりが、今ではもうルークがいない日常なんて考えるのが怖いくらいになってしまっている。


「ん~そう考えると普通って普通じゃないっスね~! つーか! 俺の方が普通って感じ!」


 ぼーっと考え事を始めたトリシアを無視して、アンドリューはハッと、とんでもないことに気が付いたと一人驚いている。


「俺の方がその他大勢じゃん! トリシアさんの方が珍しいじゃん!」

「珍しくはないよ。……通常は目立たないだけで」

「そうなんスか!? ……冒険者って目立ってなんぼだって思ってたけどそうじゃない!?」


 『失礼』が服を着て歩いていると言われるアンドリューだが、トリシアはどうにも素直で自分の感情すら隠すことのない彼が嫌いにはなれなかった。周囲も彼の言葉に嘘がないことを知っているので、ある意味信用できる男としても見られていた。そんなトリシアの視線には気付かず、アンドリューは話し続ける。


「やっぱ堅実に積み上げるのが間違いないっスね。こないだトリシアさんにアドバイス貰った通り、あらかじめ何を目的にするか決めてからダンジョンに潜ったらいい感じの収入になったんスよ」

「何事もバランスなんじゃない? 目立てば仕事に繋がるのは確かだし。ここぞという時にチャンスをつかめないってのもねぇ」


(って、自分で言ってりゃ世話ないわ!)


 リスクを負ってでも前に進むということがすっかりできなくなっている自分に向けてツッコミを入れる。他人に偉そうに講釈垂れている場合ではない。だがアンドリューはフムフムと真面目な顔をして頷いていた。


 彼はこれまで行き当たりばったりの冒険者だった。ダン曰く、アンドリューは冒険者としての腕は悪くない。槍を器用に操り、勘もセンスもいいので勢いだけでここまでやっていた。つまり調子に乗ってブイブイ言わせていたタイプ。だがエディンビアでも考えなしにダンジョンへ潜り、アッサリ死にかけていたところ、そこに通りかかったダンに助けられたのだ。鼻っ柱を折られ、他人の話を聞き入れるようになったと彼の仲間が教えてくれた。


「計画も衝動も必要ってことっスか?」

「そうねぇ~ダンジョンの中って予想外のことも頻繁に起こるから、それに対処もできないといけないし。まあどっちで動くとしても大前提として、事前準備と体調管理をしっかりね! ってことで、私の貸し部屋はうってつけってことよ!」


 ホホホとちょっと高飛車に笑っておどけてみせる。


「明後日の引っ越しが楽しみだな~! ここ(ダンさん)とも近くなるし!」

「家のある生活が肌に合うといいんだけど」

「あうあう! 俺、たまにずっとベッドでごろごろしたいなって思う日ありますもん!」

「じゃあ是非()()()()()を味わってちょうだい」


 階段の方から足音が聞こえる。ダンがピコをティアに預けて降りてきているようだ。アンドリューも気が付いて出かける身なりを整え始めた。


「普通も成功の秘訣かな~。いや、成功したからこそ普通でいられる……?」


 彼はまだトリシアの『普通』について考えていたようだ。だがそれもダンの登場によって一瞬でかき消える。


「待たせて悪かったな」

「ダンさーん! いやいやいやいや! 全然待ってないっスよ! ピコちゃんは大丈夫ですか!?」


 ティアに抱っこされたままムスっとした表情のピコを見て少々焦っている。


「ああ。お気に入りの小さな龍のぬいぐるみが汚れてたの洗ったら、それが気に入らねぇってひっくりかえっててな~」

「マジっすか!? 自分新しいの今から買ってきます!」

「いやいやいやいやいや……大丈夫だ。ありがとよ」


 トリシアにはアンドリューが尻尾を勢いよくブンブン振っている幻影がそこに見えた。懐かれている方のダンは最近若干諦め気味に付き合っている。


(アンドリューにとってはダンさんってヒーローなんだろうな~)


 命を助けられた。それもカッコよく。それはこれまでおごり高ぶっていた彼にとってなかなかの衝撃だったようだ。


「じゃあ行ってきまーす!」


 ご機嫌なアンドリューとやれやれと半笑いなダンに、ピコは手を一生懸命振って送り出した。


「ダッダ!」

「ダンさん行っちゃったねぇ」

「ですが今日は早く帰ってきますよ」


 ピコはダンのことを『パパ』でも『お父さん』でも『おやじ』でもなく、『ダッダ』もしくは『ダダ』と呼んでいた。おそらく巣の住人が彼を『ダン』と呼んでいるからだが、それを気にしたトリシアが、


『ピコの前ではパパって呼びましょうか……』


 と呟くと、ダンはブルっと身震いをして、


『な、なんか違うな……俺がパパっていうのは……』


 親という認識はされている。ならば呼び名はそれほど重要ではないと彼は思ったようだ。


「ご主人様もそろそろお時間では?」

「そうだそうだ。じゃあちょっと行ってくるね」


 今日は二号棟改修の最終確認の日。王都から遅れて届いた魔道具が設置され、これにて正式に入居が可能となる。 


(あれ!? もう荷馬車が来てる!)


 門の中には馬が二頭のんびりと休憩していた。

 

「いかがでしょう?」


 スピンがニコニコと大きな玄関を開けてトリシアを待っている。


「わー! もう設置出来てる!」


 遅れてすみません、と言いながら設置された魔道具を眺めた。なかなかいい感じだと満足気な表情になる。


「いえいえ! たまたま僕、早くついちゃったので。位置はまだ変更できますがどうしますか?」

「これでいいと思います!」


 大きな玄関ホールの側には入居者用のロッカーが設置されていた。今回は各部屋それほど広さがないので、冒険者道具等、希望者はここにしまうことができる。床の大理石にもあうような光沢のある木製のロッカーは、龍の巣にあるコインロッカーとはまた違った雰囲気を出していた。


「これで無事明日を迎えられますね!」


 明日は貸し部屋二号棟のお披露目会だ。いつもお世話になっているメンバーと、龍の巣の時と同じように近隣住人を招いて。とはいっても今回はすでにパラパラと皆屋敷の中は覗いているが。


「はぁ~~~二度目でも感慨深いですね」

「ええきっと何度やっても」


 スピンと二人で中を見てまわる。


「ルークさんこれなくて残念でしたね」

「明日は時間作って来てくれるそうです」


 スピンはルークがいち早くトリシアの功績を確認して、彼女とこの建物を褒めたかったに違いないことを知っている。同時にそんな気持ちが空回りし過ぎないよう、彼女に気持ちを一方的にぶつけないよう自制していることにも気づいているので、少々じれったくも感じていた。

 

「ここの管理人さんもいい人が来てくれてよかった。ティアさんだけだと二棟管理は大変だったでしょうし」

「ですよね! ティア、真面目だから毎日キッチリやりそうだし」


 そんな話をしながら次は庭をまわり、追加工事の確認も。案の定ここまでは手が回っていなかった。とはいえ、前の家主の時のまま庭は綺麗な状態なので、ほんの少し手を加えてお終いの予定になっている。


「トリシアさん。あらためて、僕にこんな素晴らしい仕事をくださってありがとうございました」

「そんな! 私こそ二度も夢を叶えてもらってありがとうございます!」

「僕のやりたいことでもあったんです。トリシアさんが来てから、毎日とっても楽しくって……ルークさんにも感謝しなきゃ」


 トリシアは最初、エディンビア以外の街で暮らすことを想定していた。ルークが誘ってくれたから今がある。そしてスピンはそんな街で初めてできた友人だった。

 イーグルに裏切られたばかりのトリシアが、信用できる相手にこんなすぐに出会えたのは本当に幸運なことだ。彼との出会いがなければ、彼女は今毎日笑ってはいなかったかもしれない。


「スピンさんの努力と実力と人柄で手に入れた仕事ですよ!」

「ハハ! ありがとうございます! 今後とも御贔屓に」

「もちろん!」


 二人でペコペコと頭を下げあう。ここにルークがいれば、またなーにやってんだ……と、ちょっと呆れたように笑いながら止めてくれただろう。


(そういえば……やりたいことやらずに前世は死んじゃったんだよな……)


 今はやりたいことをやって生きている。計画をたて、実行している。前世は頭の中で空想し計画をたてても、できない言い訳を探し並べ立てていた。いつか、いつかやろう、そう思って生きていた。


あの時(前世)も失敗するのが怖かったんだよね)


 失敗を極端に怖がる性格が幸いし今世で生き残れたのは間違いないが、そこから一歩踏み出したからこそ貸し部屋を作ることができ、結果たくさんの人と縁を持つことができた。


(ルークのことも……失敗が怖いからってこのままでいいのかな……)


 今世一番の正念場がまさか恋愛関係だとは。二度目の人生でも、この一歩がこんなに難しいと感じたことはないとトリシアは二号棟を見上げた。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋愛がこの世で一番難しいですからねー 簡単に乗り越えて行く人もいますが
[一言] 祝: 家出していた恋愛タグさん、見つかる
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