第21話 募集
トリシアの貸し部屋二号棟の募集は、わずか一日で埋まった。冒険者ギルドの掲示板を見た冒険者達は待ってましたとばかりに、龍の巣へ簡単な手続きをしにやってきた。
今回はソロよりもパーティでそれぞれ部屋を借りたがる冒険者が多い。できるだけ一緒に行動はしたいが、同時にたまにはプライベートな空間を求めて……だったり、ゆっくり眠れる環境だと聞いてそれをなにより楽しみにしていたり……。
「よしよし! いい出だし」
「お断りするのが心苦しいくらいですね」
「そうなのよねぇ~……」
ティアが入居予定者達の名前が書かれた書類と部屋の図面を綺麗にまとめてトリシアに手渡した。締め切った後も五件ほど断り、同じく入居募集を手伝ってくれていたレックスが、夕日の中入居者募集の張り紙を取り下げるために冒険者ギルドへ走っている。
「引っ越し作業のための人員も確保できたし、来るべき日を待つだけ!」
こちらも冒険者ギルドに依頼を出していた。以前のように貸し部屋に大きな家具や魔道具等入れ込むために冒険者の力を借りるのだ。家具や魔道具はすでに十分すぎるほど揃っている。また調子に乗ってアレコレと買い込んだのだ。
(ああよかった……ちゃんと使うことができて……)
と、内心ホッとしているくらいには量が揃っている。
今回は部屋自体は狭いが部屋数が多い。一日がかりの引っ越し作業になるだろう。
引っ越し当日の朝、巣の住人達は出かける前に次々にトリシアの所へやってきた。
「……手伝えなくてごめん」
まずは双子がしょんぼりと謝った。
「そんな! 皆忙しいし気にしないで!?」
彼ら以外にも今回の引っ越し作業を手伝えないメンバーは口々にトリシアに謝罪の言葉を口にしたのだ。そもそもトリシアは人数勘定に彼らを入れていない。今回はルークにティアにスピン、そしてダンとハービーとレックスにお願いしている。さらに冒険者も雇っているので人手は足りていた。ダイナも鼻息荒くこればかりは手伝うと言い張ったが、丁重に断った。
「入居が始まったらレックスと二人で対応をお願いしますね」
「いやでも!」
「あ、ダイナさんももうすぐアッチに引っ越しなんですから、荷物まとめててくださいよ!」
「……本当にわるいね。ありがとう」
ダイナが小さな息子と寝泊まりしているゲストルームはアチコチに荷物が積まれていた。
「生まれて初めてこんなに貢がれちゃったよ。こんなに自分のものがあるなんて初めてさ。ま、ほとんどイーズにだけど!」
嬉しそうに笑いながら息子の頬を撫でた。
(やれやれ、そろいもそろって人がいいんだから)
などとトリシアは一人ほっこりとしていたところ、この国の王子の肩書を持つリーベルトにまで、
「今日は時間が取れずすまない。もし重さのあるものが運べなければ、夜にでもやっておくよ」
などと言われたときは思わず、うそっ!? と声を出してしまった。
「皆トリシアの役に立ちたいんだよ。それくらい日々感謝してるってことさ」
「そんな! 私が感謝したいくらいなのに」
リーベルトはこの領地で立ち上げたばかりの魔法薬の研究所の仕事をこなし、同時に冒険者業もやっていた。朝から晩まで休みなく働いており、トリシアは心配したが、彼は毎日とても充実しているのだと話してくれた。これくらいの業務、王子一本でやっていた時とそう変わらないと。
「いいバランスで成り立ってるんだね。僕達の関係」
ニコリと自然な王子様スマイルを向けるリーベルトから、彼の女性人気の理由の一つを垣間見た。もちろんトリシアに効果はないが。
「あんまりそういうことポロッと言わない方がいいですよ……」
リーベルトは呆れ口調でトリシアに苦言を呈されるのを待っていたようにニヤリと笑う。
「ふふっ! 王子様っぽいだろ? エリザベートにはなかなか通用しないんだけど」
あの手この手でエリザベートの気を引こうと日々頑張ってもいた。これも彼が忙しい理由の一つである。
「トリシア~! 荷馬車借りてきたぞ~!!!」
外からダンの声が聞こえた。パラパラと人が集まる声や足音も。そろそろ集合時間だ。
「まあ彼がいれば僕の魔術も霞んじゃうかな」
「ダンさんのあの新人冒険者人気はいったいなんなんですかねぇ?」
雇ってもいない冒険者が数名、ダンの仕事を手伝うと勝手にやって来ていた。あっちはあっちで日頃の礼をしたかったのだ。
「急に開花したスキルだったりして」
意味深に笑ってリーベルトは出かけて行った。
「さて! 私も頑張りましょ!」
ルークとハービー、それにスピンは二号棟の方で待機している。場所は龍の巣から歩いて五分程度。ただこれは人だけが通れるような細い裏道を使った場合だ。大きな道を使う場合、十分はかかってしまう。
(それでも近いわよね~)
なのに人手を集めたのはそれなりの理由があった。
「うわっ! なんだこの量!?」
地下の倉庫の扉を開け、思わず叫んだのはダンの舎弟を勝手に名乗っているD級冒険者アンドリュー。彼は二号棟への入居を一番乗りで申し込んだ。思ったことをそのまま口に出す、おしゃべり好きの若者である。
「き、綺麗に整理されてますね……! こう……部屋の中を隙間なくうまく詰め込まれてます!」
気を遣ったコメントをしたのはレックスだ。雇い主の機嫌を損ねないためか、そもそもそういう気質の持ち主なのか。
(その両方ね)
トリシアは薄ら笑いを浮かべ、それ以上この件に反応するつもりはありませんよと場を濁した。散財した自覚はもちろんある。なんとも楽しい時間だった。ちなみに巣の住人達からは、購入物をこの地下に搬入のたびに生暖かい目を向けられている。
「女ってのはドレスや宝石や靴なんかを買い込むんだろ~?」
「ここにあるのは、じ、実用的なものばかりですね! あ、でもとってもオシャレでセンスのいいものばかりだ……!」
またもやアンドリューとレックスがトリシアのことを下げては上げた。
「別の倉庫にゃ魔道具もあるからな。さっさと運ぶぞ」
ダンが抑揚もなく事実を告げると、集まった冒険者たちはこの人数が雇われた理由を理解できたかのように周りを見渡していた。
彼らは荷物のある巣と二号棟とで二手に分かれて作業を進める。搬出組と搬入組だ。
「うわ! マジでS級が引っ越し手伝ってる!」
二号棟担当になったアンドリューの怖いもの知らずの発言に、雇われた冒険者達はヒヤヒヤしていた。案の定、冷たい瞳が彼を貫く。
「いいから手を動かせ。ダンに恥をかかせんなよ」
「はっ……そうっスね! 頑張ります!」
以前のルークならそんな声かけすらせず無視を決め込んだだろう。だが今の彼は他人と関わるという選択をするようになっていた。面倒だと思いつつ、オモシロイと思うようにもなっている。
冒険者の憧れであるS級に認知されて嬉しかったのか、アンドリューはめげずにルークに話しかける。
「やっぱトリシアさんがS級の女って噂は本当だったんスね!」
「……は?」
「おっといけねぇ! すんません! トリシアさんをモノみてぇに言うなってダンさんに怒られたんだった」
一瞬、ルークの反応をみてまた失言したのだとアンドリューは焦ったが、それは違うのだとすぐに判明する。
「なに……まだそんな噂出回ってんのか?」
興味なさそうなフリをしてルークが情報収集を始めたのだ。世間の認識を知って彼の口元が緩んでいる。スピンとハービーはチラリとそれをみて、隠れてこっそり笑っていた。
「D級あたりでもそんな噂するんだな」
「低階級の方が憧れが強い分、こういう話題は多いんじゃないっスかねー? だから絶対トリシアさんに手を出すんじゃねぇって情報共有されてるし」
アンドリューのおしゃべりは止まらない。
「でも実際お二人見た感じ、男と女っつーか……それ以上の信頼を感じましたね」
「ふ、ふーん……」
「なんだっけ? あ! 魂の伴侶だ!」
難しい言葉知ってるでしょ? と、ドヤっているアンドリューの横で、ルークは一人感動してジーンと胸を押さえていた。
その後ルークはダンをわざわざつかまえて、
『アンドリューは見る目がある。冒険者としても見込みがある!』
謎に褒めちぎり、彼を困惑させていた。
「あー! 早く入居したい!」
夕方、各部屋の収まるべきところに全て家具と魔道具が設置された。巣の方では引っ越しお疲れ様会が開かれている。食欲全開の若い冒険者達は片っ端から口の中に食べ物を放り込んでいた。
「あと少し共有スペースの大型魔道具の調整させてね」
待ち望んでいるのはアンドリューだけではない。間も無く正式に二号棟を稼働させられる。
「新しいスタートって楽しみだけどドキドキするわねぇ」
「良いもん出来てるから安心しろよ」
なぜか今日は四六時中機嫌がいい彼の表情にトリシアは見惚れそうになる。楽しそうで嬉しそうで、そして優しい、ほんのりとした笑顔だ。
「ハァ〜〜〜イケメンって男から見てもやっぱりイケメンっスねぇ」
アンドリューの声に自分がルークを見つめすぎていたことに気がつき、顔を赤くしたままティアの方へと逃げていった。
そしてトリシアのその表情に気がついたルークは同じく顔を真っ赤にしてかたまるのだった。