第13話 資材
肌寒い日が増えてきたが、トリシアの貸し部屋2号棟の進捗はイマイチだった。久しぶりに巣にやって来たスピンは少し痩せ、しおしおの顔つきになっている。ティアが出した温かいお茶を飲んでゆっくりと息をはいていた。
「エディンビア中が資材不足な上、人手も足りなくて」
スピンは最近、改築が進まないことをトリシアに頻繁に謝罪していた。トリシアは毎回気にしなくていいと伝えているが、スピンにしてみればいいお客でいてくれる彼女に報いることができないのが心苦しい。
「資材費も人件費も価格が上がってるって聞きましたけど」
トリシアはすでに予算が上がることを覚悟し始めていた。だが2号棟の家賃を上げることは考えてはいない。そうすると結局トリシアが稼いでどうにかするしかなかった。
「それもありますが……そもそもの資材がないとどうしようもないので、職人が資材集めに駆けまわっている状態なんです」
それにスピンも駆り出されており、どこの建物も進み具合のペースが落ちてしていた。職人ギルドはてんてこ舞いという話だ。
「冒険者ギルドにすら依頼が入ってたな」
ルークはチラりと見かけたギルドの依頼掲示板を思い起こしていた。資材の採取や簡単な作業をする人員に関する依頼があっちこっちに貼られていた。だが、冒険者からしてみると、今大いに話題になっている最深層の魔草の採取の方が美味しい思いを出来る可能性が高い。そうなると、そちらの依頼に流れる冒険者は僅かだ。
「人員に関しては最低月単位の雇用になるのも嫌がられる原因みたいです」
まあ、そうですよねぇ……と長らくこの街に住むスピンは呟いた。
「安定した収入に魅力を感じないなんて、流石冒険者ねぇ」
しみじみとトリシアが頷く。エディンビアのダンジョンに挑戦するレベルの冒険者だと、頑張り次第で収入はどんどん上がる。仕事にあぶれているならともかく、稼ぎ先が目の前にあればわざわざ選ばない。
「数年前から城壁も広げ始めてたし、どうしようもねぇよ。スピンが悪いわけじゃねぇんだからその辺気に病むなよな」
ルークはしかたがないことだと慰めた。スタンピード対策だけではなく、はぐれ魔物を簡単に侵入させない役割を持つ城壁は、街が大きくなるにつれどんどん広がっていた。同時に古く破損した城壁の修復も必要なので、それもこなすとなると、なにもかも不足していたのだ。
「職人達にヒール使って休まず働かせたらどうだ?」
「そんなことしてまで急がないよ!?」
トリシアがこれまでに聞いたことがない、ありえない! と批判めいた声を出したので、ルークは一瞬でしょんぼりと黙る。スピンは苦笑するしかないようだった。
(なんてブラックすぎる考え!)
この発想は貴族だからではなく、S級という彼の強さからきている。ルークにしてみるとその程度の時間休むことなく仕事を続けるのは当たり前だ。
「やあスピン、久しぶりだね! ずいぶんと疲れているじゃないか」
ちょうどリーベルトがダンジョンから帰ってきた。埃1つついていない。彼は今、冒険者として階級を上げようとあれこれ研究していた。エリザベートとパーティが組めるにはまだしばらく時間がかかりそうだ。
「こんにちはリーベルトさん! 調子はいかがですか?」
「今日もそれなりにいい素材が採れたよ。最近は魔物の解体方法を学んでいてね」
「それで少しも汚れていないんですか!? すごいなぁ~」
「はは! ちょっといい魔術を思いついてね! ほら、魔物の体液には毒の作用があるものもあるし……でも素材は鮮度が命、手早く解体できればより状態のいい素材を納品できるだろう?」
物知り顔で得意気に語っていた。そうして褒められてご機嫌なリーベルトがスピンの肩に触れると、こんどはあっという間にスピンの顔色がよくなった。トリシアのスキルは疲労を綺麗さっぱりなかったことはできるが、リーベルトの魔術のように、現状より元気にすることはできない。
(こういうところ気が利くのよね~)
根本的に優しい人間だ。他者からの望みと自分の希望と折り合いが付けられずに暴走した挙句に逃げてしまったが、今はだいぶ落ち着いて、エリザベートの友達には昇格できた。次に狙っているのは冒険者の相棒ポジションだ。
「よし。なんとかしよう!」
「ええ!?」
驚きと期待に満ちた目でスピンがリーベルトを見つめた。なんたって彼はこの国の王子、トップクラスの権力の持ち主だ。
「トリシアが!」
「えええ!!?」
次に驚いたのはもちろんトリシアだ。まさかその話がこちらに振られるなんてと、怪訝そうな顔でリーベルトを見つめた。ルークの方は、あの第二王子から、優しく聡明な彼から出た言葉だとは思えず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっている。
「トリシアどうだい? なにかないかな?」
「そんな無茶ぶり……!」
「君の考え方は面白い。この国の人間と少し違うじゃないか」
トリシアはすでに、リーベルトが自身のスキルについて知っていることをなんとなく察していた。だがもちろん前世の記憶まで話したわけではない。なのになぜかトリシアは、彼の目を見ると見透かされたような気になってしまうのだった。
「あの……一度持ち帰っても?」
根拠のない期待をされているのがわかり、トリシアは焦りながら答えを先に延ばそうとする。なんだかこの受け答えも前世で働いていた日々を思い出して居心地が悪い。
「そんな大袈裟に考えなくっていいさ。資材か人手、どちらかでも集まる方法があれば……まあそんな簡単な方法はないだろうけど、だからこそ気楽に、こうしたらああしたらってのをね!」
「いいですねぇ~なんだかパァッと楽しいことがしたい気分なのは確かです」
疲弊したスピン達職人が、前向きになれるようななにか。突飛なことでも現実的でないことでもかまわない。楽しい話をしよう。そういう風にトリシアは受け取った。
(なにか楽しいこと……)
気持ちが明るくなること。
「うーん……じゃあ、石を運ぶ競争なんてしてはどうですか?」
エディンビアは街からそれほど離れていない場所に採石場があった。だが前述のとおり、運び手が足りない状態が続いている。
「おお! それは面白そうだな!」
すぐにリーベルトは食いついてきた。
「賞金はリカルド殿下が出してくだされば箔も付くでしょう」
副賞もつけて。と呟いた。もちろん、トリシアは冗談で言ったのだ。楽しくなるような会話の一つとして口火を切ったに過ぎない。
「いいね! 王族の肩書を捨てないでよかったよ」
あっはっはと声を上げて笑った。
リーベルトは冒険者として巣で生活はしているが、王族を抜けたわけではない。そこまでは許可が下りなかった。その為、今後エディンビアに出来る予定の魔法薬の研究所をエディンビア家と共同で管理するということに表向きにはなっている。
「よし! それじゃあ早速領主に掛け合ってみるか!」
膝をうって立ち上がったリーベルトをみて、トリシアは焦る。
「え……えぇ!!? いや、私は冗談で……」
「冒険者は祭りが好きだからな」
「え!? ちょっと! ルーク!?」
ルークもこれはいい考えだと思ったようだ。トリシアが慌てふためいている姿をみて、ニヤニヤと笑っていた。
「殿下から名誉ある賞をいただけるなら、冒険者の参加は大いに期待できますねぇ」
スピンもこれが現実になりそうだと期待していた。
「えぇ~! そんな簡単に話を進めちゃっていいんですか!? もうちょっと色々と会議とか開いて……よ、予算とかもあるだろうし……」
「こういうのはキッカケと勢いが大事だよ」
「実際職人ギルドは行き詰っていますから、資材人材不足を大っぴらにして、気分転換も兼ねてパァッとやるのも悪くないと思います」
リーベルトとスピンは2人そろってワクワクしている。
(行き詰り過ぎてヤケクソになってるんじゃないよね!?)
トリシアが心配そうな表情を浮かべているからか、ルークが肩に手を置いて、
「権力者がいいと言えばいいんだよ」
「そ、そう言われると……」
身もふたもないことをいってトリシアの不安を鎮めた。
その後はああしようこうしようと、リーベルト達は盛り上がっている。特にリーベルトはこれまで小難しい計画こそしてきたが、楽しむことに重点を置いた計画は初めて考えているからだろう。
そんな彼らを見て、トリシアは頬をついて様子を見ている。
(まあいっか……)
と、小さく微笑むのだった。
「あら、何か面白いことでもあったの?」
扉が開いて、今度はエリザベートがダンジョンから戻ってきた。今日も泥だらけだ。最近、新しいルートになりそうな場所を見つけ、そこを中心に探索を進めており、どうやらそこは大変汚れやすいらしい。
「エリザベート! 後で一緒に領城に行ってくれないかい! 君の兄上にいい提案をしたいんだ」
「かまいませんが。お風呂に入ってからでもよろしいですか」
「もちろんだとも!」
最近はリーベルトへのアタリも優しくなった。少し前まではツンツンと怒りが続いていたようだが、街に馴染み、エリザベートへの執着が落ち着いたせいか、彼女も少し安心してリーベルトと関わることができていた。
トリシアの案は領城であっさりと受け入れられ、領主と各ギルドを巻き込んで、猛スピードで計画は進んでいくのだった。