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第7話 愛しのあなた

 夕方、ダンジョンから戻ってきたエリザベートは本日昼間にあった出来事を聞いて流石に目を見開いて驚いた顔をした。


「私の言葉を真に受けるなんて……まったく……」


 巣の1階で住人が今日の第二王子襲来の件をどうしたものかと話し合っている中、エリザベートはただただ呆れた声を出したのだった。


「王族の責務を放棄するとは思えなかったのに」

「なによりお前と一緒にいたかったんだろ」


 ルークにはその気持ちがよくわかるのだろう。神妙な顔になっている。彼は領地の嫡子としての責務を投げ出して冒険者になったのだから。


「だいたいお前だって貴族の娘だろ。なのに……」

「私は冒険者として領地に貢献しています!」


 実際エリザベートの最近のライフワークは、ダンジョン内の新ルート開拓だった。

 既存のよく知られたルート以外を開拓し、ショートカットコースや浅層でもレアな魔物を発見したりと成果を上げている。有言実行。美しい顔も髪も服も泥だらけ埃まみれになりながらも、毎日充実した表情をして巣に戻ってきた。


「王族を抜けるってどうするんだろ? 家出ぐらいじゃ駄目でしょう?」


 犬猿の2人がまたバチバチ言い合いを始めそうだったので、トリシアは急いで舵を元に戻そうとする。

 トリシアの疑問通り、第二王子リカルドは王族を抜けられてはいなかった。勝手に王族を抜けると本人が言っているに過ぎない。


「抜けたくても抜けられねぇよ。周りが許すわけがねぇ」


 リカルドの境遇に同情しているのはルークだけだ。


「たでーま……あ~久しぶりに肝を冷やしたぞ~……まぁここよりさらに大変なのは王都だろうな……」


 入口が開き、はぁとため息をつきながらアッシュが帰ってきた。なかなか疲れた顔をしている。扉を開く直前まではキリリと張りつめた顔つきだったのだが、巣に帰ってきたと自覚した瞬間、シュルシュルと気が抜けてしまったのだ。結果、昼間はカッコいい頼れる上司が如く現れたが、今は疲れた勤め人のような姿だ。トリシアの前世で仕事の帰り際、こんな姿の男性をよく見かけたことを思い出す。


「アッシュさんお疲れ様です。エール冷やしてますよ!」


 トリシアにとって今日のアッシュはまさにヒーローのように現れ不安の種を連れ去ってくれた。感謝の気持ちを込めてちょっぴりよい酒を用意して帰りを待っていたのだ。


「トリシア~! わかってるな~! だけど! だけどしばらく呑めねぇんだ……!」


 悔しそうに言葉を絞り出した。


 王都から行方をくらませた第二王子がエディンビアにいた。しかも冒険者になりたいと言っている。そこのギルドマスターであるアッシュも関わらないわけにはいかなくなっていた。


「ルーク、悪いがこれから頼む」

「へーへー行ってくる」


 ルークは大人しく依頼を引き受けた。第二王子と積もる話もあるようだ。


「余計なこと言ってはダメよ」

「じゃあお前もこいよ」

 

 エリザベートの牽制など無視して、さっさと領城へと向かった。


「ああもう!」


 珍しく苛立ちながら、エリザベートもルークの後を追って出て行った。


「……王族でも冒険者ってなれるんですか?」


 当たり前だが、どんどん大事(おおごと)になっているのをトリシアは感じ、その渦中に自分とこの貸し部屋も巻き込まれているという事実を忘れたくてしかたがない。


「なれる。誰でもな。ギルドはそういう存在だ。上も下も身分は関係なし。殿下に本気で冒険者になりたいと言われたら、冒険者ギルドは拒否できない」

「あの王子様、本気なのかねぇ」


 ダンもこれが現実とは思えないような口ぶりだ。


「マジで王子様が冒険者になったら部屋貸すのか?」

「リカルド殿下に貸すのが嫌ってより、リカルド殿下に引っ付いてきそうな暗殺者が嫌なんですよ」


 トリシアは命を狙われるリカルドと一緒にいたことがある。命を狙われている本人は全く動揺も恐怖も感じておらず、その感覚は一般人であるトリシアとは相容れない。昼間だって護衛を付けずにのんきに立っていたので、トリシアが慌ててケルベロスを呼び寄せたのだ。彼らにはお礼にいいお肉を奢った。もちろん、一目散にアッシュを呼びに走ってくれたハービーにも。


(でもこれって逆差別……!?)


 危険な魔物であるケルベロスも受け入れているのに、本人は無害……であるはずのこの国の王子を拒絶することは矛盾しているのではないかとトリシアは自問自答を始める。


「……王子様ってそんなに偉い人?」

「何をしている人……?」


 双子は疑問に思ったことをそのまま口に出した。だが答えられる人間(大人)は皆黙り込んでしまっている。何と答えるのが正解かわからないのだ。


「え、偉い人なのは確かです! こここの国の代表で……国の中がバラバラになって大昔のように戦をしたりしないよう、と、取りまとめてくださっています!」


 不甲斐ない年長者達に代わって、ハービーが精一杯の知識で双子に説明をした。ハービーは昼間出会った第二王子から、とても丁寧な対応をされたことをいたく感動していた。彼のような身分の者にも、なんの分け隔てもなく言葉を交わしてくれたからだ。


「……なるほど。それは大事な仕事だ……」

「戦争はしんどいって……父さんも言ってた……」


(そういえば2人のお父さんも謎よね)


 魔の森に隠れるほどの、よっぽどの理由があったはずだ。戦争のことを話していたなら、国境近くが本来の双子の出身地なのかもしれないとトリシア達は現実逃避をするかのように彼らの身の上を想像したのだった。


◇◇◇


 領城では珍しくエリザベートが感情的になっていた。


「どうしてです殿下! あの時わかってくださったのでは!?」

「ああ。あの時は諦めるしかないって思ってんだけど……どうして私が諦めなきゃならないんだ? って思いなおしてさ」


 エディンビアで観劇中に命を狙われたあの晩。エリザベートはハッキリとリカルドの気持ちを拒絶した。リカルドも王族を抜けるなど出来るわけがないと思ったからこそ、その時は諦めようとした。


「私の次の婚約者候補を知っているかい? まだ8歳の小さくて可愛らしい女の子だ」

「その程度の年の差、問題にはなりません。どの道ご結婚は花嫁の成人後になります」


 責め立てるような厳しい口調だ。あきらかに怒っている。


「調べさせたらその子は私の婚約者候補というだけで、謎の魔物に襲われて殺されそうになっているし、その家は小さな令嬢の初恋の彼を追い出してまで私と婚約させたがっていてね。ほとほと呆れて嫌になってしまったんだ」

「それでも……!」

「君のその強さが私は大好きだ」

  

 リカルドは穏やかな表情のままだ。


(おかしい……何かおかしいわ……)


 違和感は覚える。だが違和感の正体がわからない。周りをみても、そう思っている人間はいなさそうだ。困った顔している兄達も、ルークですらなにも疑問に思っていない表情だ。


「君への想いを貫くことにしたんだエリザベート。王族だからって我慢する道理なんてないはずだ。この国は孤児だって自由に生きてるんだから」


 優しくエリザベートに笑いかける。


「君の望み通り、私は冒険者になる。それで一緒にいてくれるだろう? そういう話だったはずだ」


 そっと彼女の手を取った。


「貴方……どなたかしら」


 ギュッとリカルドの手を握り返したエリザベートだったが、それは彼の想いを受け入れたからではない。彼を絶対にこの場から逃がさないためだ。

 何度も愛の言葉を囁かれたエリザベートだからこそわかる違和感だった。


(さっきから薄っぺらい言葉ばかり!)


「おい! なにしてんだ!?」

「やめないか!!!」

「離すんだエリザベート!!!」

「お断りします」


 怒鳴り声などに怯む彼女ではない。ギリギリと力を入れてリカルドにプレッシャーをかける。

 

「いててて……ああ、流石エリザベートだなぁ」


 強い痛みがあるはずなのに、リカルドはうっとりした表情をしていた。それを見て、周囲はゾクッとした感覚が全身に流れる。ついにルークやエリザベートの兄達が彼女の言う通り、リカルドの様子がおかしいことに気が付いた。


「チェイスから……冒険者仲間から聞きました。今、想いを高める薬が王都で流行っていると」


 所謂、惚れ薬だった。だが全く感情がない状態では効果がない。想い人のことをさらに愛しく思う薬なのだ。恋の増強剤と言ってもいい。だから、相手を想っていなければ何の効果もない。

 自分を想ってくれる人が自分の元から去って行かないようにと、愛しい人に勝手に飲ませたり、お互いに飲んだり……娼館だけではなく、こっそり広く流行り始めている。


「……効果はたいして続かないはずだ」

「あらルーク。貴方も知っていたのね」


 握った手を放さず、エリザベートは皮肉を込めて少しだけ笑った。


「では誰かが殿下に飲ませたのか!?」

「王都から追い出そうとする勢力……第一王子側か?」


 護衛達がざわざわと騒ぎ始めた。だが、エリザベートもリカルドも表情は変わらない。


「ご自分で調合なさったのね」

「ああ、やっぱりエリザベートは私の事がなんでもわかるんだね」


 リカルドは心底嬉しそうな顔をして、エリザベートを見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 想いが強くなって、言葉が薄っぺらくなるとは なんたる皮肉… その想いそのものが薄っぺらくないですか?
[一言] これはキモイ……感想欄見たら同じ人がいてホッとしました(汗) そろそろ退場してほしいですね。
[一言] 男の自分から見てもキモいと思ってしまった…。自分のケツを自分で拭けないで方々に迷惑かけてるうちはエリザベート靡かないでしょ…。
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