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第2話 邸宅①

 その屋敷はトリシアの現在の住まいからさらに5分ほど奥に歩いた所にあった。とは言ってもこの辺りは地元民の住宅が多くとても入り組んでいる。ご近所だというのに()()()()一度も近くを歩いたことがない。おそらく、というのはトリシアがスピンから建物を購入した後、意気揚々と1人で近隣散策をした際、迷いに迷って帰り着くのに数時間を要したことがあり、その時にもしかしたらその通りを歩いたことがあるかもしれないからだ。


(あの時は焦ったわ……巣は見えるのに全然辿りつかないんだもん)


 まだまだ知らない場所がこの街にはたくさんある。

 

 石畳の路地を進み、噴水と植え込みがあるだけの小さな小さな憩い場を通り抜け、さらに曲がりくねった脇道をいくと、急に開けた道に出る。そしてそこに今回紹介された屋敷があった。明らかにこの家だけ周囲と大きさが違う。


(え!? ここ……部屋から見えてたところだ……!)


 1号棟である巣の方が高い位置にあるため、毎日視界には入っていた。このエリアにしては珍しく大きくて綺麗なお屋敷があるな、くらいの認識ではあったが。


 今日はスピンと2人だ。どうやらスピンはその建物に心当たりがあるようだが、少し渋い顔をしていたのがトリシアは気になっていた。


(というか、小さなお屋敷だって言ってたけど、広さは十分なんじゃない!?)


「お久しぶりです。タンジェさん」

「スピン! 久しぶりだな! すっかり大人になっちゃって……」


(この人って……)


 屋敷の目の前で男性がメルチェ夫人と一緒に立っていた。


「本日はありがとうございます! あの私……」

「どうもトリシアさん! もちろん覚えていますとも!」


 彼はトリシアが初めてエディンビアにやって来た時、護衛依頼を受けた大商会の代表、エリック・タンジェだった。


「商隊の皆さんはお元気ですか?」

「ああ、おかげ様でね。今もまたドレマイアに行ってもらってるんだ」

「ずいぶん遠くまで行かれるんですね」

「それがうちの強みだからね! 本当は私自身が行きたいんだが、なかなか長期間ここを離れるのも難しくって」


 タンジェ商会は高級品の扱いがメインなので、トリシアにはあまり縁がないが、以前ルークや双子が倒したSクラスの魔物の素材はこの商会が取り扱ったと聞いている。


「半年前に母が亡くなってね。今更使う人もいないし……もし気に入ってくれたら嬉しいよ」 


 門を大きな鍵を使って開ける。


(あれ、でも……)


 事前に聞いていた名前と違う。メルチェ夫人からはミール家の屋敷だと聞いていた。 


「私はタンジェ家の婿養子なんだ。父は早くに亡くなって、必死に私を育ててくれた母に少しでも恩返しがしたくって金を稼ぐことに精を出したけど、寂しい思いさせちゃってね……」

 

 この綺麗な屋敷はエリックが建てたものだったのだ。


「まあ! ミールさんは貴方のこといつも自慢してましたよ。安心なさい!」


 メルチェ夫人は良き隣人として、老いた彼女のために家事や買い物を手伝っていた。息子が雇った使用人がいたにもかかわらず、エリックの母親はメルチェ夫人やその他の近隣住人との交流を楽しんだ。その際よく息子自慢を聞いていたのだ。だから彼女が亡くなってから気を落としっぱなしのエリックを励ますようにハッキリと大きな声を出した。


 綺麗に整えられた庭を通り、大きな玄関を開けると、ホールと大階段があり、1階には厨房、食堂、それから使用人部屋、倉庫に応接室、さらに温室まであった。


「わあ! お風呂広い!」


 まだ新しい風呂とトイレまで。


「母は公衆浴場の方が好きだったみたいであまり使っていないんだよ」


 アハハと笑えるのがすごい。この豪華な装飾がついた風呂(魔道具)ならかなり高額になるのは今のトリシアにはよくわかる。


「浴場は社交場にもなってるからしかたないわ。仲のいいお友達もだいたいそこにいるしね」


(もったいない!!!)


 トリシアはそう声を上げるのをぐっとこらえた。そして急に不安になる。


(この屋敷の価格、大丈夫!?!?)


 事前に大まかな予算はメルチェ夫人には伝えてある。その時の、


『たぶん大丈夫じゃないかしら?』


 を、信じて今日を迎えたのだ。けどこの風呂の価格が乗っかることを考えるとどうしても大丈夫とは思えない。ちらっとスピンを見ると、彼も同じことを考えていそうな顔をしていた。笑顔だが、額に汗をかいている。これがスピンが渋い顔をしていた理由だったのだ。この建物があの予算で買えるわけがない。


 2階には書斎に寝室、客室があった。どの部屋も広くとられている。調度品はどれも派手ではないが品がよく、綺麗に磨き上げられていた。家主が亡くなった後も頻繁に掃除をされていたのがよくわかる。


(この屋敷、とっても大切にされていたのね)


 トリシアは迷っていた。希望は龍の巣よりも大通りに近い場所、尚且つ龍の巣から近ければ管理が楽だ。ここは巣からは近いが、大通りからはさらに5分は離れた距離になる。


(なーんて考えてるからいつまでたっても建物に出会えなかったんだけど)


 それにこの屋敷もとても大事にされている。スピンからあの建物を買った時はボロボロであったにもかかわらず、作り変えてしまうことに罪悪感が湧いてしまった。今回はとても綺麗な状態だ。トリシアの今の計画だとこの屋敷はかなり作り変えることになってしまう。正直、やり辛い。

 そして何より価格だ。予想していた何倍も綺麗で素晴らしい建物だった。前世で見た、憧れの邸宅のような装いだ。どう考えを巡らせても予算内には収まらない。しかも交渉相手は商人だ。


「どうでした?」


 再び庭に出た後エリックから尋ねられ、トリシアは恐る恐る、今一番の懸念事項を確認することにした。


「あの、こちらの予算はご存知でしょうか? 改修前提で探していたので古くても相場より少し安い予算で考えていたのですが」

「あれ!? メルチェ夫人から聞いてなかったかい? そちらのいい値で結構ですよ」


 とんでもない言葉が飛び出した。


「ええ!?」

「えええ!!?」


 これにはトリシアと一緒にスピンも声に出して驚く。そして2人して夫人の方へ振り返った。


「まあ! お金の話を私がしていいわけないじゃないの! 貴方、ちゃんと自分で説明なさい! 天下の大商会の人間なんだから!」


 と、当たり前のようにエリックは叱られていた。


「あ、ええっとだね。家具はこちらで引き取るが、建物自体はいい値でかまわない。改修費もあるだろうから、聞いていた予算より下げてもらったってかまわないんだ」

「なななななんで!?」


 思わず雑な言葉遣いになるほど、トリシアは動揺した。そんなことをしてもらう理由がわからない。むしろ怖い。それでホイホイ購入して、後でなにか恐ろしい仕事をさせられたらどうしようと妄想は進んだ。


「そりゃあ私も母もそれを望んでいるからだよ」


(だからなんで!?)


 今度は口には出さなかった。



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