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番外編 不屈の迷惑テイカー

「トリシアの元の仲間、王都にはいなかったの……?」


 王都の観光中、細部まで細工が施された武器を眺めながら突然脈略もなくリリが尋ねた。ここは武器屋や防具店が多くある通りだが、エディンビアとは違って機能よりも見た目を重視したものが多い。

 ノノが横目で見ているのがわかり、双子なりにトリシアに気を使って質問しているのだと分かった。


「ああ、アネッタ? もう王都にはいないみたいね~リソネの街の運び屋に買われたって聞いたわ」

「……詳しいね」


(やっぱり調べてたのかって顔してる~)


 思わず苦笑しそうになる。別にアネッタに温情をかけようと思ったわけではない。ただイーグルのことを聞きたかったのだ。彼女と別れた時の彼の状況を知りたかった。ウェイバー家が気を利かせて調べてくれていたのを聞いただけで、別に積極的に知りに行ったわけじゃない、と自分に言い訳をする。


「アネッタ、あれだけ王都で暮らしたがってたのにあっという間に他所の街に移動させられちゃって残念がってるわねぇ」

「王都で……?」

「そう。都会が好きだったのよね~いつか王都で生活したいって言ってた。しょっちゅうね」


 トリシアがエディンビアのダンジョンに挑戦しようと提案しても、アネッタは王都に近い都市に行きたがった。そこの方が早く流行りモノが手に入るからだ。


「助けるために追いかけたりしないからダイジョーブ」


 アネッタの話を続けるトリシアの方に双子は心配そうな視線を送っていた。

 トリシアは双子にルークには言わないでね、と口止めもした。呆れられる人が増えるのも本意ではない。彼は今ウェイバー邸にて父親に手紙をしたためている。具体的にどんなことを書いているかは聞いていないが、手紙なのに緊張した面持ちで机に向かっていた。スピンは今日は別枠でウェイバー家と懇意にしているとある建築家に会いに行っている。こちらも緊張と興奮の表情を浮かべたまま出かけていった。


「……なんで?」

「ん?」

「なんでそんな人と……仲間になったの?」


 これは巣の全員が疑問に思っていたことだ。元々イーグルと2人のパーティだったのが、アネッタを加入させたことによって崩壊した。そんな人間をトリシアが受け入れていたことが意外だった。だが彼女が追い出された事実を知っているだけに、深く聞くのを避けていた。誰も傷口をえぐるようなことはしたくなかったのだ。


 3人は次の目的地に向かって歩き始める。今日はエディンビアに持って帰るお土産を探して回っていた。

 トリシアは双子の心配をよそに、いつもと変わらない表情で話を続ける。


「うんとね。C級に上がったあたりから魔術師職の新しい仲間を探し始めてたんだけど。ほら、ヒーラーの引退ってC級が多いからさ。イーグルを一人にしたくなくって」


 うんうん。と双子は同時に頭を動かす。こちらも表情はいつも通りだが、実は2人ともちょっとヤキモチを焼いていた。トリシアにそこまで考えて手を尽くそうと思われていた相手がかつていた事実に。


「けどC級でソロの魔術師ってなかなかいなくってさ~。だいたいどこかのパーティにすでに入ってるし」


 そしてC級でソロをしている冒険者は、そもそもソロが好きか、パーティが何かの理由で崩壊したかのどちらかだった。問題はその『何か』だが、たいていはいい理由ではない。


「パーティ組むのって難しいんだよね~お互いビジネスライクになれたら気が楽なのかもしれないけど、短期ならともかく、長い期間命を預ける運命共同体になるわけだし」

「……びじねすらいく」

「お金を稼ぐための事務的な関係って感じね」


 トリシアは長らくイーグルと合う相手を探していた。気の合うパーティがいても、そういうところは既に集団として完成されていてイーグルをねじ込む隙がなかったり、実力のあるソロの魔術師がいたと思えば、他人を顎でこき使った挙句、報酬配分を自分に有利にしようとしたりと問題があった。


「で、ポッと出てきたのがその時D級のアネッタだったんだけど」


 その時のことを思い出したようにトリシアは渋い顔をしていた。

 アネッタに会ったのはエディンビアほどではないが、フィンディというそれなりに大きな街を拠点にしている時だった。近くに小規模のダンジョンが2か所、中規模の魔の森が1か所あるため、賑わいもあり常に冒険者もたくさん逗留していた。

 

「イジワルなやつって……見抜けなかったの……?」

「そりゃー見抜けてたよ。女冒険者内ではすぐに噂が回ってきてたし」


 もちろん対面をして最終的な判断をくだしていた。『こいつはヤバイ』と。前世でアネッタと似たような人間にコミュニティを壊されたことを思い出したのと、トリシアにバレないようにこっそりイーグルに近づき、関係を深めようとしていたからだ。


(他のイーグル狙いの女冒険者へしっかり牽制もしてたのよね~……)


 彼女くらい上手く立ち回れていれば、今頃もう少しルークとの関係は進んでいただろうか、なんてどうしようもないことをトリシアは考える。


「噂?」

「そう。()()()()()ってね」


 上手く他人を利用して冒険者ギルドへ報告される功績の恩恵を受けていたり、他の冒険者から金品を貢がせていた話は、アネッタが同じくフィンディの街で活動し始めてそれほど時間を置かずに噂になった。


(女冒険者が注意すると、嫉妬だなんだって騒ぎになっちゃって……結局関わらないのが一番だって結論に落ち着いたけど)


「あの時期はフィンディの冒険者界隈がギスギスしちゃって……居心地悪かったな」

「……?」


 双子にはその雰囲気が想像できない。長らく住んでいた魔の森はいつも緊張感が漂っていたし、今暮らしているエディンビアの巣はいつも穏やかな空気に包まれていた。


 アネッタは誰かを味方につけるのが上手かった。アチコチの人間関係をひっかきまわしていたが、いつも誰か強い味方がいたのだ。自分を可愛がってくれる人に取り入るのが上手かった。そして具体的な()()相手には決して無謀な高望みをせず、いつも現実的なラインに手を出していたのだ。

 運悪く、ちょうどその時期ターゲットになったのが、A級やB級の高位冒険者ではなく、C級の出世株であるイーグルだった。

 

「ある時ついにアネッタが他の冒険者たちに詰められちゃっててさ。それをイーグルが助けて……金銭トラブルまで被っちゃっても~~~お人好しもいいとこよ……」


 はぁ。とその時の事を思い出すだけで大きくため息が出てしまっていた。


「全力で反対したわよ!? どう考えてもトラブルの元だしね」


 でもねぇ……と続ける。


『一方からの話だけで信じるなっていつもトリシアが言ってるじゃないか!』


 そう言われて詰まってしまったのだ。


(場合による……って言っとくべきだったわ)


 そうしてイーグルはアネッタにまんまと付け込まれ、パーティへ受け入れた。この時彼は、トリシアに対して多少の反抗心もあったのだ。なにもかもトリシアにお膳立てしてもらう必要はないと。だからトリシアの方も反省したのだ。タイミング悪く。


(イーグルにだって子供じゃないのに、あれこれ煩かったかな)


 それにアネッタのいい面を見れば、イーグルが他人(アネッタ以外)に搾取されることはないだろうと捉えることもできた。イーグルの優しさが、トリシアには心配の種だったのだ。


 もちろん()()()()に備えて、パーティ預金に関する魔法契約を結ぶなど牽制はしていた。残念なことに、その牽制はなんの役にも立たなかったが。

 アネッタは計算高いわりにしっかりした金銭感覚が備わっておらず、『パーティ預金』がどうなっているか計算できていなかった。だからトリシアを追い出せば目先の報酬分配金が増えると、それだけを意識していた。


「まぁ……私がいなくなった後は二人になるわけだから、私が決めるよりイーグルが決めた方がいいだろうってその時は納得したけど……今となってはあの判断がよかったかどうか」


 トリシアは追放され、アネッタは借金奴隷となり、イーグルは行方知れず。


(ひ、悲惨だ……)


 思わず顔がヒクつく。だが、トリシアは今幸せだ。大好きな人と大好きな場所で楽しく日々の暮らしを送っている。これ以上は望みすぎだというくらい。


(でもでも! 2号棟計画は絶対に達成してみせる!)


 なによりこの計画は楽しい。追放されてよかったと思えるほどに。


 双子がじっと自分を見つめていることに気が付いた。


「吐き出させてくれてありがと! 皆気を使って聞いてくれないんだよね~」


 つれないな~! とおどけて見せる。


「さ! お土産お土産! まずは酒ね! 酒なら間違いないわ!」


 双子の背を押して、王都の街を思いっきり楽しんだ。


◇◇◇


(なんで!? どこで間違えたの!!?)


 アネッタはダンジョンの奥深くでイライラしながら冒険者に付き従って重い荷物を運んでいる。


「ねぇ! 早くしてよ!!!」


 同じくイライラとした女冒険者の声が聞こえる。返事はせず、ただ付いていく。彼女達が狩った魔物を解体しそれを持ち帰るのが今のアネッタの仕事だ。彼女は魔術師なので他の運び屋よりも人気があったので常に予約満載だった。


あの女(トリシア)のことを王都で吹聴したから?)


 まさかトリシアがこの国の第二王子の命の恩人になるなんて思いもしなかった。それで稼ぎのいくらかマシな王都の娼館から再度奴隷として売りに出され、地方の小さなダンジョン近くに店を構える運び屋に買われたのだ。


(イーグルを選んだから?)


 剣の腕も顔も性格もいい男だったが、お人好しなところがあった。散々けしかけてやっとトリシアを追い出したことだけはよかったが、イマイチ強引さの足りない男だったと思い出しては苛立つ。


(違うわ……そもそも他人を頼ろうとしたことが間違いだったのよ!)


 信じるのは1人だけ。自分だけ。その他の人間は利用するためだけに存在する。自分が幸せになるために存在する。ずっとその方針でやってきていたのに、あまりにも人のいいイーグルという男に絆されて、ついつい2人でやっていけばいいなんて思ったのが間違いだったのだ、と今度は自分に苛立つ。


 ボロボロの格好でも、ボロボロの容姿になっても、どれだけ下に落ちてもアネッタは諦めなかった。トリシアはアネッタのこの秘めたる闘志を感じ取っていたので、彼女については心配していなかった。必ず生き抜くだろうと。


(絶対諦めたりしないんだから……! 次に王都に行くときは奴隷でもなく大金を持って豪遊するのよ!!!)


 アネッタは目標に向かって暗いダンジョンの中を今日も歩き続けた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 心配性で口うるさい姉に反抗したくなったお人好しの弟が、質の悪い女性に引っ掛かったあるあるですね() イーグルにはトリシアに対する甘えもあっただろうし、痛い目あって成長しただろうから無事でいて…
[一言] アネッタはどこか()の貴族か王族が貴族的作法の気を利かせて、それ以降アネッタを見たものは誰もいなかった…エンドになるかと思ってました。 トリシアの前に現れませんよーに!
[一言] >あまりにも人のいいイーグルという男に絆されて、ついつい2人でやっていけばいいなんて思ったのが間違いだったのだ、と今度は自分に苛立つ。 トリシアの貢献と恩恵に気づいていなかったオツムでこう…
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