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第15話 白昼堂々

(……!)


 ノノが気配を感じた瞬間、彼が見張っていた部屋の扉がノックもなく勢いよく開いた。


「ヴァリアス! 早くして!」

「これは奥様。無茶を仰る。ご子息が優秀すぎてそう簡単にはいかんのですよ」

「……なにを慌てているんですか母上」

「なんでもないわ!!!」


 ルークの母親は先ほどの騒ぎの詳細を聞いて焦っていた。報告を受けた女の容姿がトリシアそのものだったからだ。


 一刻も早くルークを領地に連れ帰りたい。予定ではルークと再会したその日にでも王都を発つもりだった。領地にはすでに監禁部屋を準備している。幼い頃のように従順になるよう、あらゆる手を尽くすつもりだ。


(こんな(ヴァリアス)の助言なんか聞かずに早く領地に戻っていればよかったわ!)


 夫人の顔は焦りと苛立ちで歪んでいる。彼女はヴァリアスの二度目のスキルが成功した時、すぐにでも領地に戻りたかったが、ヴァリアスにそれはやめた方がいいと言われて諦めたのだ。


『ご子息と一緒にあれこれ集中の切れる馬車旅じゃ~途中で逃げられるのがオチですぜ』


(実際、なんのストレスもないこの部屋でも怪しいもんな~安請け合いしなくてヨカッタヨカッタ)


 そうして逃げられてしまえば彼女の計画はもうお終いだ。ルークは今後永遠に警戒し、母親に近づくわけがない。二度目のチャンスはないのだ。

 ヴァリアスの方はそもそも乗り気のしない依頼だった。もちろんかなりの金貨を積まれたので引き受けたのだが、その時も成功確約はしなかった。まさかこんなに拗れた親子関係とは思っておらず、正直なところうんざりしている。


(領地の跡取り問題が大変なのに強情息子が帰ってこないから、致し方なく強硬手段をって……言い方ひとつだよな~それに騙された俺も俺だけど……貴族ってわからねぇ~!)


 流石にヴァリアスも、ウィンボルト侯爵夫人の闇の深い執念と執着には気付いている。


 そんな母親とヴァリアスの表情を見ていたルークはこの屋敷にきて一番のいい顔をしていた。


「ああ。来たんですね」

「違うわよ!!!」


 ルークは勝ち誇るような表情だった。トリシアの想いに対しては弱気なくせに、トリシアのことは強く信頼していた。彼女が帰らない自分をそのままにしておくわけがない。母親の挙動を見てすぐにわかったのだ。トリシアが自分を迎えに来たのだと。


「え!? なに!? 例の彼女が来たんですか? 自分の男を取り戻しに来るなんてやるなぁ~」

「ヴァリアス! なんてことを言うのですか!!!」

  

 夫人が大声でS級冒険者を怒鳴りつけたその瞬間、室内にいる全員がビクリと体を振るわせた。天井が大音量で崩れ、一瞬でルークの体が繋がれていた椅子から離れた。そして床に倒れ込む前にノノに抱きかかえられている。

 ヴァリアスはルークへの警戒を解いてはいないが、依頼主であるルークの母親が怪我をしないよう、しっかり守っていた。


「わりーけどなんもできねぇぞ」

「……わかった」


 ノノの奇襲だ。上手くいった。ルークの母親が入ってきたことで、ヴァリアスの意識がルークからさらに分散されたのだ。

 ルークはノノに担がれたままだ。まだスキルは解けずに動けない。だが、ヴァリアスの短剣がノノに向かって勢いよく飛んできた。


「……ッ!?」


 上手くかわしたつもりが、魔法でコントロールされた短剣はノノの腕をかすめる。しかし表情一つ変えず、躊躇いすらなく、大きなガラス窓を破壊し、外へと飛び出そうとしていた。


「やめなさい! ルークに当たったらどうするの!?」

「えええ! 逃げられちゃいますって!」


 背後にいる依頼主に止められてヴァリアスは情けない声を上げる。


「早くあの男にスキルを……!」

「え!? あれが例の彼女じゃなくて……? 綺麗な顔してるからてっきり!」

「ごちゃごちゃ言わず早く!!!」

「残念ながら今スキル使ったらルークの分が解けちゃいまさぁ!」

「役立たず!!!」

「ハッキリ言うなぁ~」


 この会話が終わる頃にはヴァリアスはルークの奪還を阻止することは諦めていた。綺麗な顔の男もなかなかのやり手だとこの一瞬で分かった。ルークに集中し、夫人を守り、尚且つやり手の顔が綺麗な男の相手をするのは報酬の割に合わない。


 こうして白昼堂々、ルークは実家の屋敷の窓から逃げ出した。いや、奪還された。


「ルーク!」


 待ち構えていたかのようにトリシアが大声上げた。


「トリシア! 1週間だ!!!」


 双子はなんのことかわからなかったが、トリシアはすぐに理解できた。着地と同時にルークを抱きしめる。


(んんん!?)


 ヴァリアスは自分のスキルがスッと解けさったことがわかった。それはルーク本人の力でも、もちろんヴァリアスの意思でそうなったわけではない。それが一瞬で()()()()()()にされた。


「こりゃ無理だな」


 ヴァリアスが割れた窓から下を見下ろすと、不敵に笑いながらこちらに視線を送るルークがいた。武器を持っていなくても負ける気はしないという表情だ。


(あ~あの子か~可愛いねぇ~それに幸運だ)


 ルークの隣にいるトリシアを見てヴァリアスは微笑む。


(奥様の言ってた通りこりゃスキルだな。しかもヒールなんかの類じゃねぇ……状態異常を一瞬で治す優れものかぁ)


 スキルの練度が高いヴァリアスの【不動】すらもなんなく解いてしまう力がある。


(いや、もっと何かあるかもしんねぇな)


 だがこの事をヴァリアスは他言することができない。ルークの母親と、契約中に見聞きし、知り得たこと全てにおいて秘密にするという強力な契約魔法をかけていたのだ。そしてそれはヴァリアスも同じだった。自分のスキルの詳細をベラベラと他人に話されたくはない。結果的に2人の魔法契約によってトリシアの秘密は守られることになった。彼女のあずかり知らないところで。


(奥様の方も社交界であの子のスキルを話すなんてこたぁしねーだろうな)


 あれだけルークを脅していたが、侯爵夫人にとって困るのはトリシアが特別なナニカになることだ。ルークの相手として認める要素など1つだって存在してほしくはない。社交界で話題の人物になんて、そんなチャンスを夫人が用意するはずはないのだ。


「げっ!? なにあの人!?」


 ヴァリアスはトリシアと目が合った瞬間ウィンクした。そして瞬時にルークの風刃の魔法がヴァリアスの頬に傷をつける。


「おーこわっ! 退散退散……」


 ヒラヒラと手を振ってどこかへと消えていった。


 形勢逆転だ。ぞろぞろと兵士達がトリシア達を取り囲もうと集まってくるが、トリシア側は誰1人焦ってはいない。どれだけ人数がいても負けるとは微塵も思っていないのだ。


「……どうする?」

「……全員倒してしまってもいい?」

「うーん。あんまり派手に負かすと侯爵家が大恥かいちゃうしねぇ」

「んな遠慮いるかよ」


 リリがルークに短剣を軽く投げて渡した。トリシアはノノの腕に触れ、一瞬で先ほどつけられた傷を癒す。


「うおりゃぁぁあ!」


 威勢のいい兵が数人剣を抜き威勢よく向かってくるが、その刃はトリシア達の前方で光るなにかに当たったかと思うと砕け散った。ルークが人差し指をくるくると回している。ヒュンヒュンと光の矢が飛び回り、兵士達はアワアワと後ずさった。あの魔法の矢に当たればその体も粉々になるとわかったからだ。


「流石S級! 魔法も超一流ねー!」

「あたりめーだ!」


 得意気な顔でトリシアを見返す。指一本の魔法でこの数の兵士を圧倒した。


「ルーク! いい加減にしなさい!!!」


 真打登場とばかりに、屋敷の外に集まってきている兵士の海を割って現れたのは、ウィンボルト侯爵夫人だ。

 

(でたー!!! こっわぁ!!!)


 侯爵夫人が怒りに震えている。そして激しくトリシアを睨みつけた。すぐにルークと双子がトリシアを庇うように前に立ったのが夫人をさらに不愉快にさせる。


「ほらっ! さっさとルークを捕まえなさい!!! あとの3人は死んだってかまわないんだから!!!」


 兵士達は雇い主の手前、冷や汗をかきながらもじりじりと4人に詰め寄った。


「今のお言葉は聞き捨てなりませんね」

「なっ!」

 

 侯爵夫人は目を見開いていた。その視線の先をトリシアも確認すると、少し離れた所から王都の憲兵の一団が続々と向かってきていた。


「侯爵家で騒ぎがおきていると言われて来てみたら……凶悪犯でも捕まえるかのような様子ですな」


(は、伯爵!?)


 夫人の前に出てきたのは、王都についてすぐに治療したアントン・エーベル伯爵だった。まだ体は痩せてはいるが、キリっとした凛々しく威厳のある態度をとっている。


「ご心配には及びませんわ。憲兵長自らいらっしゃるようなものではございません。ただの親子喧嘩ですの」


 夫人も落ち着いて堂々と答える。伊達に生まれてからずっと貴族という身分で過ごしているわけではない。


「残りはコソ泥です。こちらで処罰を下します」

「ここで貴女にその権限はない。屋敷内ならともかく、ここは王都。私の管轄ですよ」


 どんどん空気が張り詰めてきていた。


「君達、武器をしまって屋敷に戻りなさい。すぐにだ」


 これ以上侯爵夫人と話していても仕方ないと、伯爵はすぐに会話を切り上げた。この一言の後、伯爵に付き従っていた他の憲兵達が動き始めたので、夫人に雇われた兵士達は自分が捕まってはたまらないと急いで屋敷へと帰って行く。


「……この役立たずどもっ……」


 流石に分が悪いことはわかっているのか、悔しそうに顔をしかめる。


「これ以上大事になれば困るのは侯爵夫人、貴女では?」

「余計なお世話です!」


 苛立っている夫人の声を聞いたルーク達は思わずニヤリと頬を上げた。


「貴女……二度とウィンボルトの地は踏めないと思いなさい」


 なぜかトリシアにだけそう捨て台詞をはいて、夫人も屋敷へと戻っていった。ルークも夫人も、目を合わせることはなかった。


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皆様の感想にいいねができないのが残念です 電子書籍で気になり先のお話も読みたくて探しました 毒母は離縁のち生涯幽閉されそうな存在ですね 縁続きだとルークのお父様にとっても害にしかならなそうです 面…
[一言] 別にトリシア、今世の故郷には特に思い入れも無ければ孤児故にそれこそ柵も無く、大事な人間関係は一部除いて全部冒険者になってから築き上げた物なのでウィンボルトに帰れなくとも何の問題もないですよね…
[気になる点] 伯爵はトリシアに影でも付けていたんでしょうか?あまりにタイミング良い登場ですね? [一言] 大枚叩いて息子ちゃん()をゲット出来なかった自己中オバチャンの行く末は!?
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